第二章『パーティ結成』

第13話 再び迷宮へ

『ギィぃああえっ!?』

『ぎいぃいいい!?』

『ギホぉぉぉ!?』



 三体のゴブリンが断末魔を上げながら粒子となって消えていく。

 しかし、レベルは上がらない。


 経験値は微々たるもの。この調子だと、あと五〇体は倒さないとレベルが上がらない。

 


「ちくしょう!」



 俺は四つん這いになって唇を噛む。

 


「どぉぉしてだよぉぉぉっ!!」

「お兄ちゃん……あきらめたほうがいいよ」


『諦めてベロチュー』

『彼女いないんでしょ? なら妹としなきゃ』

『レベル上げて世界を救うんだろ?』

『まあ風俗でもアリっちゃアリだが』

『それはそれでつまらん』

『はやく妹とやれよ、レベル上げ』


「大義の前なら、妹とやらしいことしても問題ないよ」

「そっち側に立つのやめて」



 俺の情けない姿をカメラに収めているウララを下から睨みつける。

 ウララは、今にもよだれを垂れ流しそうな、恍惚とした笑みを浮かべて言った。



「お兄ちゃんのその顔、ゾクゾクする……っ」

「足でも舐めてやろうか?」

「いやらしい音を立てながらね!」


『この兄妹ノリノリで草』


『洒落にならない女剣士:¥500

 靴舐めて。検証。できたら5000払う』


『洒落剣キチガ○すぎんかwww』

『よくやったwww』



 俺はスマホをぶち壊してやりたい気持ちを抑えて、ウララが差し出してきた靴に顔を近づけた。

 


「な、舐めたら5000……頂けるんですね……っ?」


『洒落にならない女剣士:うん』


「くそ……っ」

「お兄ちゃん、素足でもいいよ?」

「靴を……舐めさせていただきます」


『洒落にならない女剣士:イヤらしい音もしっかりね』



 俺は投げ銭の恐怖を、舌を通して味わった。



「——よし、探索一時間で5500円稼いだ。この調子で行こう」


「……お兄ちゃん。わたしはうれしいよ」



 ウララは目元に涙を溜めて言った。



「お兄ちゃんがしっかり働いてる……っ」

「………」



 ブラック企業に勤めていた時よりかはマシだが、これはこれで相当キツイぞ。


 おまえは得しかないだろうけどな!


 ハンカチで舌を拭き終えた俺は、お口直しになるものを探すためにアイテムボックスを開いた。



「なんか飲み物で美味しいヤツないかな……」



 今朝ダウンロードしたアプリ『ようこそ! 探索者ギルドへ』——以降『ギルド』で統一——で受け取った様々な報酬のおかげでボックス内は潤っていた。


 装備もランダムボックスから手に入れた『大胸筋矯正サポーター:DEF+50』を着けているし、武器も『プロテインシェイカー:LUC+100』を腰にいている。


 以前にも増して俺は強くなっていた。と、思いたい。

 ていうかどこいった、俺の幸運。まともな武具がねえぞ。

 


「お兄ちゃん、どうしたのそんな表情して。ポーション飲まないの?」

「いや……」



 気を取り直して、俺はボックス内からポーションを選ぶ。



「こんなことなら飲み物ぐらい持参しとけばよかったぜ」

「あとお弁当もね!」

「後でスーパー行くか」

「えー、そこのコンビニにしようよー。スーパーとーおーい」

「うるせえ、コンビニは高えんだよ」

「今朝のウーバーのほうが何倍も高いけどねっ!」

「………」



 俺はそれ以上、なにも言わずにボックス内をスクロールした。



「HPポーションは苦いし、MPポーションはなんか勿体無い気がするし……てかMPっていつ消費されんだ?」


「アクティブスキルの時だよ」

「アクティブスキル?」


「うん。ってか、ある程度ゲームやってたらわかるでしょ、アクティブスキルの意味」


「まあ……」



 能動的なのはアクティブで、自動で発動されるのはパッシブスキルだろ、多分。

 


「お兄ちゃんのスキル、専用スキルばっかだからわたしも使い方知らないしなー。……あ、『鎧冑がいちゅうの如く』あるじゃん。それならわかるよ。息を吐いて全身に力を込める感じ。達人が言ってたけど三戦サンチンの姿勢だとスキル発動しやすいらしいよ?」


「あのさ」


「スキルの解説動画も結構アップされてるから、見といた方がいいんよ。って、なあにお兄ちゃん?」


「どうして俺のステータス見られるん?」

「え?」

 


 ウララが眉を上げる。俺はステータス画面を開いてないのに、ウララはなぜかそこにあるかのように俺のステータスを覗いているようだった。

 


「あー、わたし『鑑定かんてい』持ってるからさ。『隠蔽いんぺい』持ってない人のステータスを丸裸にできるんだよ」


「なにそれズルい、俺も欲しい!」

「誰でも取れるけど、誰でも習得できるわけじゃないよ?」

「どういう意味だよ」

「ギルド開いてみて。あ、その前にゴブリン」

「おう」

『ギイィッ!?』

 


 俺は尻ポケットからスマホを取り出してアプリを開いた。



『ノールックでゴブリンをワンパン……ふっ。強くなったな』

『ゴブリンと死闘してたあの頃が嘘みたいな成長率で草』

『それだけ妹とえちえちをしてきたってことさ』



 ちょっとウララのスマホがうるさいんだが。

 


『おかえりなさいませ、探索士さま。一階層だからと言って、あまりなめちゃいけませんよ?』


「舐めるのはマウリたんの鎖骨だけにしときますね」


『もう、探索士さまは本当に冥界に送られたいんですね!』


「それはちょっとすみません」

 


 挨拶代わりのパイタッチならぬ、鎖骨タッチでまたマウリちゃんに脅迫される俺。

 この次はないかもしれない、というゾクゾクがやめられない。



「ギルドにショップってあるでしょ? そこのスキル一覧ってとこからスキル買えるんだけど」


「あ、ホントだ。他にも色々売ってんじゃん。……あー、結構いい値段するのね」


「安くても一万だからね。しかもFランクで。まあそこは仕方ないけど、手っ取り早く高ランクのスキルほしいならお金を積むしかないよ。それが嫌ならコツコツと熟練度上げだね」



 俺はスキル『鑑定《F》』をタッチする。ウララの言う通り、Fランクは一万だが、その上のEランクは五万に跳ね上がった。最高レベルのSは百万を超えている。



「それで、これ買えば俺も鑑定使えんの?」

「んー、適正ってのがあってね」

「適正?」

「右下に適正チェックってあるでしょ? それ押してみて」

「おう」


 

 言われて、タッチ。瞬時に画面が切り替わり、



『ぶぶー! 残念ながら探索士さまにはこのスキルの習得適正がありません!』

「なんでや!」

『頭が悪いからみたいです!』

「理不尽!?」

「的な感じ。だから欲しいスキルでも、偶然手に入れたスキルでも適正がなかったらダメなんだよ」



 そうなのか……。

 俺が肩を落とす。

 鑑定といえば、ネット小説的なアレではチート性能を誇るマストスキルだろ。

 それを手に入れられないなんて……。



「そんなに落ち込まなくても、お兄ちゃんは別格EXスキルを持ってるでしょ」


「……罪色欲之王アスモデウスは……」

「適正があったみたいだねっ!」


『性欲なら俺も強いで』

『安心せい。儂もじゃ』

『ワテも性欲の化身や』


「おまえらの慰みなんていらねえよ……」

「お兄ちゃん。視聴者には媚び売らないと」


『妹ちゃん、今夜のおかずください』


「しね」

「おい」



 ともかく、鑑定スキルは買ったところで意味がないようなので、他のスキルを探してみる。

 


「買わなくても努力で手に入れられるスキルもあるから、そこはしっかり考えて取ったほうがいいよ?」


「ああ、『剣術』みたいなあれか」


「うん。……ってかさ、思ったんだけどお兄ちゃん。どこで取ってきたの、そのスキル。棒でも振り回してたの?」


「あ、ああ……まあな!」

「ふぅん」



 ウララの刺すような視線から目を背けながら、画面をスクロールする。

 あの侍少女のことを話すと危ない気がした。俺の直感が言っている。

 


「お、このスキル……」



 なんとなく目に止まったそのスキルを、俺はタッチした。

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