第12話 あんぐりー
「でもなんか、ほんとソシャゲみたいだな。ガチャもあるし」
そういえば、ダンジョンで戦っていた探索士はみんな武器を持っていた。ドンキでは買えないようなしっかりとしたヤツだ。
もしかしたらこのガチャで手に入れたのかもしれない。
俺は慎重に『ガチャ』をタッチした。
『こちらはガチャです。『武器』と『使い魔』を選べます』
「……使い魔?」
マウリちゃんがガチャのチュートリアルをはじめた。
ガチャ画面には、単発五千万、十連で五十億ととんでもない数字の使い魔ガチャが表示されていた。
ピックアップされているのは、十字架に鎖で巻きつけられた聖女っぽい少女テレサ☆3。
サポートが得意らしい。さらに高貴そうな女騎士や屈強で暑苦しそうなおっさんもちらほらいる。
「使い魔って、このホームのキャラをマウリちゃん以外に変更できるってことか? それともアプリ内で魔物と戦うって感じ?」
「どうだろう。ネタでやるにしては五千万は高過ぎるし、もし暑苦しいおっさん当たったら死ねるし。多分、まだ誰もそっちのガチャは引いてないと思うな。ミニゲーム的なものもそのアプリに入ってないし」
それもそうか。配信でめちゃくちゃに稼げるようになったとはいえ、こんな世界だ。不確定要素に大金を払うより、確実に強くなる方法に投資するのが賢明だろう。
『こちらは武器ガチャです。強力な武器を現実世界でブンブン振り回すことができます!』
「……へえ」
『一回千円! 十連で一万です!」
マウリちゃんが釘バッド☆1をブンブン振り回しながら言った。
「なあ。武器ガチャで出た武器って現実世界でも使えんだろ?」
俺は今朝出会った侍少女——結局、互いに名乗ることはなかった——が手にしていた美しい剣を思い出しながら訊いた。
「なら使い魔ガチャもそうなんじゃないのか?」
「じゃあお兄ちゃんがお金貯めて単発でも引いてみればいいじゃん」
「いや……でもさ、配信のネタとしては結構いいと思うんだけど」
「そう五千万をバーンって稼げる配信者は多くないよ。大体が月に五十とか、多くても一千万。配信者の年齢層なんてウララみたいに若い子たちばかりだから、貯金したら負けみたいとこあるし」
「負けではないだろう。負けでは」
「ほら、深江市をまわさなくちゃいけないのはウララ達だから」
お金はまわってるんだろうけど、頭はあまりまわってなさそうだった。
「細かいとこまで説明しきれないよ。めんどくさいし。お兄ちゃんが二年前から戦ってたら、今頃テレサちゃんとイチャコラできてたかもねー」
「なあ」
「なーに、お兄ちゃん」
先ほどから一度もこちらに顔を向けず、キッチンで鍋を掻き混ぜているウララに疑問をぶつけた。
「なんか、怒ってる?」
「怒ってないよ」
いや絶対怒ってるもん。
「お兄ちゃん。おトイレ行ってくるから、鍋みててよ」
「お、おう」
ウララは軽快な足取りでトイレへ向かう。視線は俺に合わない。
……なんなんだ、あいつ。
俺、何かしたっけ?
「………」
少し考えて、まあ十中八九、先ほどのアレだろう。
俺がウララから逃げたから。
それしかない。
「それか、ウララの金で新スマホを買ったからかな。一括で」
異世界ネットショップ『大黒店』は、注文した翌日の午前中に商品が届く深江市限定アプリだ。
しかも送料無料。
どういう原理かは知らないが、このアプリのおかげで外部とシャットアウトされていても物を得られるし食材も届く。
明らかに地球の科学技術じゃない気がするが、商品が早く手元に届くならなんだってよかった。
しかもツケ払いが実装されている。かなり良心的だ。
「流石にまだ一銭も稼いでないのに十五万を一括はまずかったか」
外に出るようになったとはいえ、俺はまだニートだ。
一円でも金を稼げるようになるまでは、まだウララのヒモ。
あ、でも投げ銭で稼いでたっけ?
さっきもお小遣いで三万もらったし、なんか依頼一括達成でさらに五万くらい所持金増えてるし。
配信も合わせてやってけば確かに、サラリーマンの月収なんて一週間もしないで越えられるだろう。
「いや……それだと遅い」
早く、はやく稼がなくては。
いつまでもウララに依存していてはダメだ。
その逆も。
あいつには未来を視ていてほしいから。
「……そういえば、鍋」
俺はキッチンに移動した。
「ん……?」
俺の鼻が悪いからだろうか。なんの匂いもしない。
鍋の火はすでに止まっていた。
ながしには鍋の中身を掻き混ぜていたおたまが転がっている。
「………」
あいつ、なに作ってたんだ?
鍋を使うっていったらカレーか。シチューか。あるいはハヤシライス? まあ肉じゃがの線もあるな。
でも、どれもそんな匂いはしない。
無味無臭。
なら味噌汁か。スープか。いやでも、何かを切ったりしている音は聞こえなかった。そもそも、匂いがしないなんてありえない。
「………」
俺は、恐るおそる鍋の蓋に手を伸ばした。
ひんやりとした鉄の感触。
温められた気配がない。
……ゴクリ。
生唾を飲んで、俺は鍋の蓋を開けた。
中身は、カラだった。
「——お兄ちゃん」
突然、背後からウララの気配を感じて俺は完全に硬直した。
鍋の蓋を持ち上げたまま、動けない。
冷たい視線だった。
冷たい、気配だった。
「ごめんね」
ゆっくりと近づいてくるウララの足取り。気配。
なんで、このタイミングで……?
俺は硬直したまま、正面の壁に備え付けられたステンレス製の引き戸に反射したウララを見遣る。
ウララは、俺の背中にスライムのようにべったりと張り付いた。
「気付かなかった」
「な……に、が」
「どうして言ってくれないの」
ウララの手が、それをゆっくりと持ち上げ、俺の視界におさめる。
それは。
それ……は。
「な、ぜ……それを……っ」
「探してたんだ。どこ行ったんだろうって」
ふふ。耳元でウララが笑った。
「お兄ちゃんのシーツの中から、出てきちゃった」
とても嬉しそうに、ウララは湿った声で言った。
「ウララの、パンツ」
「———」
俺はその場で土下座した。言い訳を百個くらい並べながら。
ウララは、なぜか機嫌が良くなっていた。
てかおまえ、トイレ行ったんじゃねえのかよ。
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