六 潜入!オリンポス

 よろけた光がなんとか踏みとどまった時、地面の感触が固くなったのを感じた。

 転移の時の眩い光に目がくらんで、瞬かせても周りの様子がわからなかった。

 しばらくして目も落ち着いた頃、光は物に紛れて自分が祭壇のような場所に立っていることに気づいた。

 建物の構造はだいぶ異なるが、雰囲気はどことなく高天原と似ているような気がした。

 さて、これからどうするべきかと考えていると誰かが近づいてくる音がした。


『さあ、運び出すぞ! お?』


 いかにも古代ギリシャといった見た目の服装をした男が二人、祭壇へとやってきた。

 片方は右肩を露出させている。


『珍しいな、人が献納されてるぞ』

『本当だ。やあ、こんにちは』


 挨拶を返そうとした所で、話しかけてきた男が小突かれてるのが見えた。


『来たばかりだ、言葉が通じる訳ないだろ? アレサに伝えてこい』

『そうか、わかった』


(あっぶねえ……!)


 返事をせず、すんでのところで留まり助かった。

 どうやら、言葉が通じないのが普通であるらしい。

 光は、自身に流れる月讀の血を通じて相手の言語を理解することができた。

 言語の理解は神々の基本スキルである。

 神社仏閣に訪れた外国人が母国語でお参りしようが、海外の教会や寺院で日本人が日本語で祈ろうが、それらは神々に届くのだ。

 その一端が言語のスキルである。

 神々は、言語の異なる人間に対してもテレパシーのように言葉を伝える事ができる。

 半神となるとテレパシーのようなものは難しくなるが相手の言うことは理解できる。

 相互に神の血を引く者であれば、言語は違っても会話は成り立つのだ。

 光は、一応半神ということで今回、男の言葉が理解出来てしまった。


『ちょっと待っててくれよ? って言ってもわかんねえよな』


 首をかしげることで返答とする。

 しばらく待つと伝令に行った男が戻ってきた。


『連れてこいってさ』

『わかった、行くぞ。お前はこれらの荷物運んどいてくれ』

『おい、一人でかよ』

『頼んだぞ』


 光は先ほどから指示を出すリーダー格の男に手招きされたことで、ようやく後を着いていった。


 着いていった先は神殿の一室だった。

 扉を開けるとソファに座っていた女性もこちらに気づき立ち上がった。

 男は一言、二言、何かを話したかと思えば部屋を出ていった。

 部屋には、こちらも古い衣装を着た女性と二人きり。

 しかし、部屋の装飾・蝋燭台や天秤といったアンティークを見るに、浮いているのはTシャツにジーンズの光の方であった。

 手でローテーブルを挟んで反対側のソファを勧められたので、そちらに座った。

 女性は一言も話さずにジッと見つめてくるので些か居心地が悪い。


「あの……」

「ああ、日本人ですね」


 沈黙に耐えきれず、声をかけたら日本語が返ってきた。


「わかるんですか?」

「ええ、世界中で信仰される神々の国ですもの。どの地域から、貴女のような子が来ても対応できるように世界中の言葉がわかります。『あの』は声をかける日本語ですね」


 どうやら、光が言葉を発するのを待っていたようであった。


「さて、祭壇にいたとのことで、どなたかに献納されてここに来たのだと思いますが……」

「ここで働かせてください」

「ふむ、無理やりということは無さそうですね」


 女性は何やら手元の紙に書き込んだ。


「ああ、自己紹介がまだでした。私はアレサ。女官として働く人間達をまとめる立場にあります。ここで働きたいとのことですけれど、いくつか伺ってもよろしくて?」

「はい」


 了承したが、面接があるとは思っていなかったので、人生初の就職面接に光の鼓動が早まった。


「では、まず貴女の名前は?」

「光です」

「ファーストネームが光と。ファミリーネームは?」


 下の名前だけで済めばと思ったが、そうはいかなかった。

 さて、ここで迷う。

 オリンポスには、月讀の息子・天之光について知っている者もいるという話であった。

 いくら性別も違うとはいえ、天之を名乗って良いものか。


「伊集院です」


 怪しまれない程度に僅かな時間考えたあと、光は旧姓、実父母の名字を名乗った。間違ったことは言っていない。

 真実を取捨選択し話すことで、嘘つきの負い目なく胸を張って面接を乗り切ることにした。


「伊集院ですね。では、貴女をオリンポスに捧げたのはどなたですか?」

「兄です」

「お兄様はどうして、日本の神々ではなくオリンポスに献納されたのでしょうか」


 さて、馬鹿正直に答える訳にはいかない質問がきた。ゆっくりと考えながら話し出す。


「ええと、それが養父ちちの言葉だからです。実父ちちは亡くなりましたが、船に乗っていたそうです。夜空を飾る星々の物語に助けられたそうで、ギリシャの神々に感謝していました。オリンポスに行って奉公してきてくれないかとの養父ちちの言葉を、兄が実行した次第です」


 実父は光が産まれる前に亡くなっており、話したことはない。

 しかし、実父も鹿児島の人間であり船くらい乗ったことがあるだろうし、星座を見て心打たれることもあっただろう。

 日本語の同じ読みを利用して、後ろめたさを抑えてみたが顔には出なかっただろうか。アレサの返答を待つ。


「なるほど……良いでしょう。貴女を受け入れます」

「ありがとうございます!」


 ホッとして、笑みを浮かべながら頭を下げた。


「しかし、今のまま神々の前に出てもらう訳にはいきません。雑務をこなしながらマナーを覚えていただきます」

「はい、頑張ります!」


 こうして、光のオリンポス潜入の第一歩は成功に終わった。



 ……。


「ま、嘘は無いようですね。長く保ってくれると良いですが」 


 アレサは、静かに揺れる天秤を見てそう呟いた。

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