十 決意
光は幼馴染みの三人を自身の部屋に呼んだ。
「だから、君たちもレーテの水の影響を受けてるみたいで、昨日の通り魔に関する記憶を消されてるんだ」
昨夜、国道十号線・城山入口交差点に出没した通り魔、ユニコーンについて説明するが、彩音も、啓介もぴんときていない。将史は思うところがあるようだったが、思い出せてはいないようだ。
「頼むよ。何とか思い出してくれないかな。知ってるのと知らないのじゃ、危機意識も違うし。何より僕がちょっと辛いよ」
少しばかり、記憶を呼び覚まそうと揺さぶってみるも、三人は困った顔をする。
ついには、
「ええと、ごめん光。僕、そろそろ家の犬に餌をあげないと」
「え」
「私も、猫にご飯あげなきゃだから」
「そんな」
「俺も鳩に餌あげなきゃ」
「それはやめた方がいいんじゃないか?」
用事があると言い残し三人は帰ってしまった。
───
「お前さんが光か?」
秘密を共有した友人達から記憶が消され、失意の内に外をとぼとぼと歩いていると声をかけてくる者があった。
「何です?」
「いやあ、お前さんが天之光だろ? 元は伊集院家の」
どう返事をしていいか光は迷った。自分はこの相手を知らない。身なりは、ややだらしない感じもするが普通。しかし、短い無精ひげと薄ら笑いがどうも胡散臭く感じた。
しらばっくれようかとも思ったが元の名字まで把握している相手にそれも難しいかと思い直す。
「ええ、どちら様で?」
「そう警戒しなさんな。いわば、お前さんのおじだよ。天之の方の」
そう聞くと、ドキリとした。天之の方の親類縁者となれば相手は神様ということになる。
「ああ、それは失礼しました。えっと、おじというのは」
「俺は、お前の親父のお兄ちゃん。お前にとっちゃ伯父さんというこった」
光は神話を思い出す。月讀の両親、伊弉諾と伊弉冉にはたくさんの子がいる。
父は三貴神と崇められ、位の高い神ではあるが、天照大御神の時代に移ろいゆく直前に生まれている。となれば兄弟姉妹では末の方であり兄姉は大勢いるだろう。
その内の一柱かと納得する。
「そうでしたか。ええと、お名前は?」
「伯父さんでいい、仲良くしようや。ま、しがない神の一柱さ。それよりお前さん。浮かない顔して歩いてたな。悩み事かい?」
どう話したものか。
しかし、内心を吐露するには都合の良い相手であった。
人間相手では、世界から記憶が消えている等と話せば正気を疑われるか、三年遅い"その時期"かと思われるだろう。それが、神様が相手であれば話は違う。地上に現れる通り魔の正体は承知しているし、なぜ誰も魔物について覚えていないかも把握している。
「実は……」
光は伯父を名乗る神に話し始めた。
「なるほどな。ここの所、魔物に襲われ続けて、ついにはお友達も襲われた。しかし、そのことは覚えておらず、お前さんは一人ぼっち、と。まあ、しょうがねえ。普通の人間と神の縁者じゃさすがに忘却への耐性の差は出ちまうさ」
「そうだけどさ。でもやっぱり、ぼっちはともかく、彼らは僕と関わりが深い。覚えてるのと覚えてないのじゃ危険に対する身構え方も変わってくると思うんだよね」
伯父は不思議な魅力のある神で、光はあっという間に打ち解けた。神と人の間柄ながら、親戚らしく気安く語る。
「さもありなん。だがよお、光。友達ともども安全に過ごしたいってえなら。別の方法もあるんじゃねえか?」
「別の方法?」
「根本から解決するのよ。危険の原因を取り除くんだ」
「原因」
「伊弉冉だよ。我が母上を浄化するんだ」
それができれば苦労はないだろうと内心ごちる。十年来、神々が封印する女神を自身がなんとかできるとは思えなかった。
「まあまあ、なぜ他の神が手を出してこなかったか。オリンポスの一件があったからよ。近づいて万が一にも取り憑かれちまったら被害は拡大する。それで高位の神々は接近禁止って訳だ。その点、お前さんなら? 月讀の血が流れていて力はある。しかし世間に知れ渡っちゃいない、故に信仰者がいるわけでもない。まあ何かあって影響あるとすれば、兄と友達くらいだ。被害は少ない」
この言葉から、白兎に聞いた自身を対抗力にとする神の一派かと思い至った。
「なるほどね、いや駄目だよ。父さんの思いを無碍にできない」
「またまたぁ。下校中だなんだと理由つけて、夜に魔物退治に出歩いてたろ? それに月讀は知らないんだ。お前には既にやってのける力があることを。だから子供扱いをする」
「それは」
「それに。月讀は肩身が狭そうだぞ。対抗する手段があるのに月讀のわがままで事が進まねえ、あげくオリンポスに借りを作るなんて、ってな。ああ、俺は言ってないぞ」
光はその可能性に思い至っていたからこそ、少しでも役に立てればと街に繰り出していた。実際にそうであると、神に教えられるのは少し胸が痛かった。
「なあ、月讀も楽にしてやろうぜ。それが一番いいのはお前さんもわかるだろ?」
「でも、どうすれば」
「なに、やることは然程変わらねえさ」
神は持論を述べ始めた。
「いいか、魔物が実体化するのは二パターン存在する。一つ目は、怨念が一定量貯まった時だ。魔物と化して人を傷つければ、それがまた怨念や悪意を生み出すきっかけになるからな。どんどん悪意は膨れあがる永久機関の完成だ。二つ目は、神が近くにいる時。そもそも怨念をぶつける対象が神だ。近くに来たら傷つけてやろうと実体化して襲ってくるのさ。お前さんも実体化の瞬間を見たことあるんじゃねえかい? その血に反応してるのさ」
なるほど、光にも納得のいく話だった。
「お前さんが伊弉冉の元に行きゃあ、怨念が実体化する。それを叩け。な、いつも通りだ」
「そうかな……? そうかも……他に方法は?」
「ないね。いや、あるとすりゃあ伊弉冉の怒りの元凶である我が父が頭を下げるってのもありだが。火に油って可能性もある。これが一番だよ」
「そっか」
伯父神の話を聞く内に、光は自身がなんとかしなければという衝動に駆られていた。
「おう、いい目だ。顔も明るくなった。そうだ、お前がやるんだ! こっそり成し遂げて、月讀を驚かせてやろうぜ! ああ、俺の頼みを聞いてもらったんだ。お友達の件はなんとかしよう」
「ありがとう伯父さん」
「おう」
光は家に駆け出した。場には薄ら笑いを浮かべた神・
───
「昨日部屋に君の伯父さんが来たんだ。色々と話を聞いたよ」
翌日、将史が彩音と啓介を連れて訪ねてきた。
伯父は、確かに三人の記憶を取り戻してくれたらしい。
「そっかあ、思い出したか。どうやったって?」
「現場の映像を見せられたよ。車が突っ込んで来た場面に真っ白のユニコーン。朧気に見覚えがあるなと思ったら次々とね」
突然部屋に現れた、神を名乗る人物。当然、不審に思い退去を願った。
しかし、その男は居座って話を聞けという。
神だと言うならば証明してくれと息巻いたところ、突如として窓ガラスがかたかたと震えだし、次第に部屋全体が揺れ始めた。
これは徒者ではないと大人しく耳を傾けた。
実際に自分達が被災している映像を見て、記憶が揺さぶられ、だんだんとはっきりしていった。
その後は、我が甥、光に協力してやってくれと言い姿を消した。
まさに神出鬼没であった。
これらに加え、男が消え去る前に将史は何やら話し込んだようだが、似たような流れを三人ともに体験し、今に至る。
「あの惨状がいつ襲うかわからないというのは心穏やかに過ごせない」
伊弉冉浄化の旅に加わりたいと光に告げてきた。
「将史!」
危険な目に遭わせたくない。その思いはもちろんあったが、それを上回る嬉しさがあった。
「正直、私に何ができるかって感じだけどね。光ちゃん一人に任せてられなくて」
「彩ちゃん……」
「いや、俺はまあ学校サボるのお前のせいにできるならそれもいいかなって」
「啓介、お前なにまともに記憶なくしてんだよ。二回目だぞ、耐性つけろよ」
「無理言うな!」
三人が同行を申し出てくれた、それだけで光は心強い思いだった。
「怨念に蝕まれて怒り狂った伊弉冉を浄化するってのはわかった。で、その伊弉冉はどこにいるんだ?」
啓介が尋ねる。
各々決意を固めたならば、次は計画を立てなければならない。
「伊弉冉尊は黄泉の国にいる」
「え、黄泉の国ってあの?」
自分の知識と食い違いがないか彩音も問うた。
「そう、あの世」
「じゃあ行けっこないな」
現実的でない目的地を耳にして啓介が早々と諦めの声を発した。
それを将史がまあまあとなだめて、話し合いの音頭を取った。
「あの世に行く方法、考えてみようか。一番手っ取り早いのは、「死ぬ」ことだけど……この手段は取りたくないよね」
「できればね」
将史の問に啓介も頷く。
「他には、誰か神様にお願いしてみるかい?」
「お願い? 黄泉の国に縁のある神様って?」
彩音は日本神話には精通しておらず思い至らなかった。
「例えば、素戔嗚尊は黄泉の国に神殿を持ってるよ」
「素戔嗚に対して、あの世に行きたいって言うのか? 『よし、今すぐ送ってやる』とか言われるの? 怖すぎだろ」
益荒男に強制的に黄泉送りにされる未来を想像し、啓介は顔を顰めた。
「冗談だよ、そもそもこっそり行こうって話だ。神様に頼めるわけがない。となると別の方法だよね、光」
「そう、もう一つの方法は入口をみつける。今回目指すのは黄泉の国。入口はもうわかってる」
「どこ?」彩音が次の言葉を待つ。
「島根、黄泉比良坂だ」
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