九 ユニコーン
── 鹿児島市 中心市街地
「めちゃくちゃかっこよかったよ、なんていうか静かなんだけど雄々しさを感じたね」
この日の、生徒会室の話題は建御雷尊との邂逅であった。
外出時は常に持ち歩くようにした日緋色の短刀も見せている。
「いいなあ、でもきっとその現場にいたら、記憶は消されるんだろうね」
「あーあ、持ち物検査されねえかな。刃物みつかってあたふたする様が見てえよ。予定はないのか? 会長さんよお」
「知ってたとしても言うわけないだろ。君のためにあるようなものじゃないか、私物をたくさん持ち込んで」
先日行われた生徒会役員選挙において昨年に引き続き立候補し見事当選。この学校は議院内閣制を参考にしているらしく、当選した生徒会役員の話し合いの結果、多数決で将史は生徒会長に就任することになった。
「お前も何、ちゃっかり受かってんだよ」
「我が愛する母校への熱い想いが通じたようだね」
「いや、なんかふざけてなかった? お前のマニフェスト全然思い出せねえけど」
「どうせ皆、退屈しながら聞いてんだ。楽しい奴がいたら投票するもんさ」
同じく立候補して、生徒会役員となった光。演説が受けたらしく、当選に足る票を得たのだった。
「かっこいいだろ? 生徒会執行部。なあ、ほぼ帰宅部の山元啓介くん」
「こいつ、うざいな。罷免しようぜ」
いつもよりテンションの高い光をあしらう。
そんな二人を傍目に将史は刃文を指でなぞった後、短刀を鞘にしまい光に返した。
「しかし、本当に問題だよ。学校だけじゃなくて、みつかったら警察のお世話になりかねない」
「そこはまあ、あれだよ。みつからないよう神に祈るとしよう」
授けたのも神であり、祈る相手も神ならば効果はありそうだと将史は苦笑いを浮かべた。
彩音が入ってくる。
「お疲れさまでーす。ん? 啓介くん、なんでここに?」
「おめでとうを言いにね。副会長さん」
「それは、どうもありがとう。えっ光ちゃん? 何それ」
光の持つ短刀が目に入り、彩音はぎょっと顔を顰めた。
「あー、最近物騒だからね? 護身用に持ってんだ」
「そう……あんまり言いたくないけど、物騒の元になってるかも」
「御守りみたいなものなんだ、神様に貰ってね。うん、仕舞っとくよ」
「神様? そうだね、人に見られない方が良いと思う」
光はいそいそと短刀を鞄にしまった。
「じゃあ帰ろっか」
国道十号線沿いを四人で歩く。
家が近所の幼馴染み達と言えども、所属する部活動も違えば帰るタイミングも違う。一緒に帰るのは久しぶりのことであった。
将史と啓介は通学に使っている自転車を押しながら光と彩音に続く。光は、将史の自転車の籠に学生鞄を勝手に乗せて楽をする。
「この辺、だいぶ綺麗に塗装されてるね」
「通り魔事件の形跡なんてわかんねえな」
鹿児島地裁や旧県庁舎に関してはまだ工事用の幕で覆われている。
しかし道路に関しては復興を終えていた。幹線道路であり、需要も高く整備されるのも早かった。
「光、鬼が出たってのはどの辺り?」
「鬼?」
将史が尋ねる。通り魔について聞いていない彩音はきょとんとするしかない。
以前心配させた彩音に伝えるべきか迷ったが、仲間はずれも嫌だろうと事の顛末を伝える事にした。
「でも、いつ現れたのかはわからないんだよなあ。ちょうどあそこで、こはくを拾ったんだ」
「こはくちゃん、こんな街中にいたの?」
「うん、こはくが一人寂しく佇んでたから声をかけてね。抱っこして話しかけてたら、急に車が突っ込んできて」
キキー、ガシャン!
正面から突っ込んできてきた車が鶴丸城外堀の柵を壊し蓮の池に落ちていった。
「きゃっ!」
「うわ!」
「……こんな風に。で、気づいたらあそこに化け物がいて……なんかいるな」
車の間を白い獣が駆けていくのが見えた。
あれを避けて操縦を誤ったのだろう。
「馬?」
「大丈夫ですか! 啓介、こっちに!」
「ええと、こんな時は一一〇番? 一一九番?」
将史が、落ちた車に向かって安否を叫び、啓介がスマホを手におろおろする。
「何あれ!?」
彩音の視線の先には、車を跳ね飛ばしながら駆ける白い馬が見える。
白い毛並みは美しい筈なのに、そこはたとなく感じる悪意がその気を失せさせる。
「ぐわあ」と虚しく叫び声をあげて一人男性が倒れた。
「どうしよう人が襲われてる!」
かつて無い光景に焦燥の表情を以て彩音が見つめてくる。
暴れ馬は頭突きをしたように見えたがどうも様子が違う。よく見ると白い馬の頭には一本の角が生えていた。
「ユニコーン? じゃああの人、風穴空いてるんじゃ……」
「ええ! た、助けないと」
「待って、危ないから!」
走って近づこうとする彩音を引き留める。
隣では啓介が堀の外から運転手を引き上げ、将史がずぶ濡れになりながら内側から持ち上げている。
正義感故に走りだそうとしている彩音を留まらせる良い役割が見つかった。
「彩ちゃん、まずはこの人をどこか遠くに! ああえーと、石垣の中に連れてって」
「わ、わかった。お姉さん、ここから離れましょう」
光の指示を受けて、彩音は足を捻挫した運転手に肩を貸しつつ歩いていく。
大人を一人引き上げて疲れた顔を見せながら啓介は横にやってきた。
「光、あれなんとかできそうか?」
「いや、今は無理かも。夜だったらなんとか」
「夜? 日の入り後って事なら、今日は……」
将史が濡れた制服を絞る手を止めて、スマホで調べる。
「一九時一二分。あと八分だ」
「ううん、短いようで長い。とりあえずあの人を助け、いやあの怪我は血の止め方がわからん! どうすりゃいい!?」
先ほど倒れた男性の元に向かうか悩んでるところにまた別の叫び声が轟く。
「わああ、痛い! 離して!」
ユニコーンが女性の襟首を噛み、引き摺りながら駆け回っている。
光は、鼬の魔物がそうであったように、きっと自分が近づけば注意を引くだろうと考える。
しかし今行っても、ただ怪我をしに行くようなものだとも理解しており葛藤する。
「うう…… 何とかなれ!」
逡巡の末、学生鞄から日緋色の短刀を取りだし、駆け出した。
「おい、こっちだ!」
ギロリと目を剥くユニコーン。
瘴気の魔物は神に反応する。光に流れる月讀の血にも。
ヘイトを買った光は一転背を向けて走り出した。
ユニコーンは女性を離してその後を追いかける。
自動車の陰を使って逃げるも、突進して自動車を突き飛ばしてくる。
このままじゃまずいと将史たちの元へ向かう。
「わあ、おい! なに連れてきてんだよ!」
「ちょっと借りる」
啓介の自転車に跨がり、再度注意を引く。
ユニコーンも後を追う。
熱心にペダルを漕ぎつつ、距離を測ろうと振り返る。
しかし不思議とユニコーンは徐々に減速していき、光を追うのを辞めた。
何事かと視線の先を見てみれば、彩音と怪我をした女性を見つけたようだった。
鼻息荒く、そちらへ向かう。
「ちっ、ユニコーンめ」
急ブレーキをかけ、引き返す。
もともとユニコーンは光に迫るスピードで走っていた。こちらが追う側になれば距離が離れるのは必定。
「ちくしょうっ」
間に合わないだろうか、全身を汗が伝う。
その時、太陽が地平線の彼方へと姿を消し、夜が始まった。
「きゃ!」
ユニコーンが彩音たちに迫った瞬間、自転車でその横っ腹に突っ込んだ。
籠はひしゃげたが、その価値はあったと思う。
跳ね飛ばされたユニコーンは体制を崩し、地面に伏した。
再びユニコーンの注目を集めた光は短刀を鞘から抜く。
起き上がり、額の角に殺意を込めて、突っ込んでくるユニコーン。
気合で角を掴むも、縦横無尽に振り回される。
「この!」
身体をぐっと引き寄せ、背中に飛び乗る。
男を背に乗せるのは嫌だったのであろう殺意を増したユニコーンは跳ね回って暴れだした。
光は何とか左腕を首に回して、振り落とされないようしがみつく。そして右手に持った短刀を勢いをつけて首元に突き立てた。
「グゥヒヒー」
ユニコーンが掠れた嘶きをあげる。
まだ足りない。
二度、三度と抜いては刺してを繰り返す。
刺した傷跡からは瘴気が噴出して空気中に溶けるように消えていった。
徐々に大人しくなっていったユニコーンはぐらっとよろけて、立っていられなくなり倒れた。
光も投げ出されて転がっていく。
ユニコーンは幾度か深呼吸でもするように胸を揺らし、そして黒煙となって消えた。
「はあ……はあ……ふう」
光はぐったりと仰向けに寝転んだ。
「大丈夫かい!?」そう大声をあげながら将史と啓介が駆け寄ってくる。
「うぅ、光ちゃん、ありがと」
「……うん。へへ、疲れた」
その身に危険が迫り、やはり怖かったのだろう。涙を見せる彩音に、光は笑ってみせた。
「あの、ありがとうございます。そちらの貴方達も」
同じく光に助けられたもう一人。堀に落ちた車の運転手は、光に深く頭を下げた。そして彩音、将史、啓介にもそれぞれ同じように感謝した。
真っ向から感謝をぶつけられる事には慣れておらず、むず痒く、幼馴染み達はにへら笑いを交わしあった。
「ああ! 俺の自転車があ」
自身の自転車の惨状に気づいた啓介が悲鳴をあげた。ほんわかとした空気も立ち消える。
「ああ……ごめんな」
他に手はなかったと言い訳する光。それで愛しき友人の無事が守られた訳で、啓介も否やはない。否やはないが、悲しみを光に少しぶつける位は許してほしいと思うのだった。
その後ろから、ひと際大きな声が響く。
「おうおう、せっかく俺様が暴れる機会だってのによお。もう終わったってのかあ!?」
声に振り向くと、そこには壮健な若者が立っており、ずかずかと近づいてくる。
「その刀…… お前がやったのか?」
若者は、光が持つ
「ええと、はい。あの、貴方は」
にやりと笑って若者が答える。
「俺は
「あぁ、どうも。天之光と申します」
「そうだ、光だ。ふっ、光よくやったな。俺は根性がある奴は好きなんだ」
ばしばしと肩を叩く。
「で、お前らは友達か。災難だったな、しかしよく無事だった! お、人助けもしたのか! 偉いぞお」
将史と啓介の頭をガシガシと撫でる。
「ありがとうございます。建御名方様。大変光栄ですが、まだあっちに怪我人がたくさんいて」
「お、そうか。任せとけ。まあ親父の部下がなんとかする」
建御名方が指差す方を見てみれば、袴姿の男女が遠くから駆けつけている。
神社で見かける神職のように見えたが、建御名方の関係者ということはあれも神々なのだろうと当たりをつけた。
「建御名方」
またも後から、今度は光もよく知った声が聞こえてきた。
「あ? ん、これは鈿女様」
「これは貴方が?」
「いえ、駆けつけた時にはもう、既に貴女の弟君が。なかなかの胆力をお持ちですな!」
「ええ!? こほん。そう、よくやったわ、光。建御名方、後始末に移りましょう」
「承知」
「光、また後で」
建御名方は医療班の陣頭指揮のため去って行く。
鈿女もまた、被害の範囲を確認しに行った。
「親父って?」
「建御名方命は大国主命の子なんだ。で、大国主命は医学の神様」
神話に詳しくない啓介の問いに将史が答えた。
「ああ、大国主は知ってるわ。でも、建御名方ってのは初めて知ったな」
「そうかい?
「ほえー、そうだったんか。気にしたことなかったわ」
救急車の音が近づいてくる。大国主の部下達はささっと、数柱で応急処置を済ませ消えていった。
去り際に建御名方は懐から瓶を取りだし、中身を空に撒く。
「帰ろうか、僕らも」
「あーあー、がたがただよ」
ひん曲がった自転車を押しながら愚痴る啓介。
液体が振りまかれた地点を中心に霧が街を包んだ。
── 天之家
その日の夜更け、物静かに語る声がする。
リビングには鈿女と白兎の二人きり。
「神としての力が覚醒したから生き残れた、でいいのかしら。覚醒しなかったら襲われてないとも言い切れないけれど」
「魔物の発生はこの所、ここら近辺だけでなく全国各地で増え続けてますからな。身を守る力があって良かったと捉えましょう」
「……そうね。はあ、ごめんね光。宮崎で足止めされちゃった。本当に腹の立つ!」
日本各地にある神社で、その地域を見守り異常を発見次第、力のある神々が対処に向かう。高天原での役所仕事をこなし、自身の司る権能の加護を人々に与え、そして全国各地で祓魔のため奔走する。
神々は大忙しであった。
───
「ん?」
朝になり、彩音とともに登校する。月に一度ある土曜にも関わらず授業がある面倒な日。
道すがら、昨日のことについて彩音に尋ねる。怪我はどうかと聞いてみれば、
「怪我? ああ、いつの間にか手を擦りむいちゃってて。なんでわかったの?」
これはまさかと思い、将史と啓介にも連絡をとる。返ってきたのは同様のもの。
彼らの記憶が消えている。
光はまたも夢現の孤独の中に帰ってきた。
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