第二章 天之光と勇ましの姫君
〇 プロローグ
降りしきる雨。
しとしとと町を濡らし、地面に夜景を写し込む。
水溜まりをスーツの上から雨具を着込んだ男と迷彩服の男達が進んでいく。すると、徐々に透明だった水面が赤黒く濁ったものに変わっていった。
巨大な蛇の亡骸が地に伏している。
首が八つ、尾も八つ。
八つの頭部は首とは分かたれて転がっており、じっとりと流れ出た血が雨と混ざり合う。
この偉業を成した英雄達は何処へともなく姿を消した。
巨体が地に伏して既に数時間が経つ。微動だにしない亡骸に自衛隊員が近づいた。
「死んでるよな?」
「近くで見るとよりおっかねえな。突然動き出すなんてやめてくれよ……」
長靴の先で胴体を小突いてみたが反応はない。
再度、今度はより強く蹴ってみる。
しばらく待ち、やはり反応がないことを確認し霞ヶ関から来たスーツの男に声をかける。
「完全に沈黙しています!」
「よし。パニック映画みたくならない内に目的の物を」
隊員の軽口に乗る形で男は応えた。
ざぶざぶと音を立てながら怪物の血溜まりを尾に向かって進む。
「おい、なんだこれ。どうなってる」
目の前に、切り離された尾が転がっている。
何度も刃を立てられたような切り口からは未だ血が流れ出ており、雨とともに水嵩を増やしている。
怪物・八岐大蛇は、揖屋から出雲大社に向かい町を蹂躙した後、全ての首を落とされたことで息絶えた。その時の映像を男達も確認しているが、尾を切り離したような場面はなかった。
「周囲を警戒」
隊長の号令で隊員達が銃を構え、聞き耳を立てる。しかし雨音と遠くに響く雷鳴が邪魔をする。
他の尾はどうかと左端から順に見て回れば八つの内、四本の尾が分かたれている。
続く五本目。
横から見てみると、これまでと違い尾の半ばに達しない辺りで刃は止まったようだった。
隊員の一人が、自身の身長を軽く上回る尾をなんとかよじ登り切り口を確認する。
そこには中心線に沿って縦1メートル、横20センチほど身が抉られた跡があった。
「……何者かに先を越されたようだ」
状況を告げられたスーツの男は難しい顔をして考え込む。
この怪獣を倒した者達、彼らならまだ良い。この国に害のある人間ではないだろう。むしろ、そうであってほしい。
しかし、そうで無かった場合は……あまり考えたくはない。
かつて、
討伐した
形代は別として、この世に二本目があると少々厄介なのだ。
もし、今回の八岐大蛇からも天叢雲剣が出現するのであれば政府としては確保しておきたかった。その後、宮内庁かどこかの神社に渡るとしてもその所在が確認できるならそれで良い。
二本目を以て皇統を僭称する輩の出現を防ぎたい。
また、神話の刀剣なのだ、その価値は計り知れず打ち棄てて良いものではない。
存在の確認と確保、そのために東京から来た。
しかし、一歩遅かった。いかにもな場所のいかにもな大きさで尾の身が抉り取られているということは、おそらく"あった"のだろう。
せめて、この国に悪意のない者の仕業であってほしいと願うばかり。
ぽつぽつと頬を伝う雨粒は、どうにも男の心を不安にさせ続けた。
……。
怪物の亡骸から少し離れた地で、強い雨にうたれ滴るブラウンの長い髪の少女の姿を、雷鼓とともに放たれた稲光が映し出した。
抜き身の剣を携えて、どこへともなく去って行く。
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