十八 エピローグ

 七月七日は、両親の命日であった。

 父・昭彦と母・沙織、年は違えど奇しくも同じ日に命を落とした。

 光と輝の兄弟は十七回目と十三回目にあたるこの日、彩音の両親と約束した通り、ともに墓参りに行った。



 ── 鹿児島県鹿児島市


 学校終わりに、光は彩音と共に両親が眠る墓地へと向かった。

 迫田夫妻だけでなく、奏詠・彩音・遙歌の三姉妹も共に墓参りに行き、手を合わせ偲んでくれるという。

 校門前まで迎えにきた迫田家のMPVに乗る。

 運転する彩音の父・彰によると他の面々は先に着いているとのこと。



 鮮やかな花が添えられた墓が並ぶ中、伊集院家の墓も負けず劣らず華やかに彩られていた。

 墓碑には先祖の名前が並び、終わりの二行に昭彦・沙織夫婦の名前が印されている。


 兄弟を筆頭に七人、墓前にて柏手を打つ。

 光にとって、毎年この日は両親がいないことを深く実感する日であった。

 実の両親に会えない寂しさはもちろんある。しかし、黄泉の国で母と再会し元気な姿を確認できた今年は、例年よりも幾分か和らいでいた。


 輝がまだ手を合わせている中、弟は先に手を下ろし一礼した。

 母が死んだ時、光は三歳であった。九歳までともに過ごした自身と違い、記憶も僅かだろうと輝は気に病んでいた。

 また、母に会いたい。その思いは変わらない。

 今生の別れとなった母に、弟だけが再会したことを羨ましく思う。

 しかし、自分が愛した母の記憶が、光に再び追加されたことを嬉しくも思う。

 輝と光のこの六年の差は、一日で埋められるものでもないと兄は自分に我慢を強いた。

 また会えることを期待して日々を精一杯生きるのだと、輝は決意を新たにした。

 ようやく輝も腕を下ろし、一礼した。


 ……。

 


 墓参りを終え、兄弟は家路についた。

 迫田家にて車を降り、礼を行って別れる。

 路地に出ると、昼間のかんかん照りの夏の陽射しよりは多少和らいでいるが、それでもなお暑い西日が降り注いだ。

 梅雨の最中にありながら、天気が良いのは有難いが、エアコンの風がとても恋しかった。


「ただいま」


 玄関の扉を開けると、リビングから話し声が聞こえる。


「申し訳ないけど、ちょっとだけ使わせてもらえたらなって」

「いえいえ。でも配祀という形でいいんですか? 新しく設置していただいても構いませんが……」


 鈿女と、誰だろうか。女性の声、白兎や月讀ではないようだがと兄弟は顔を見合わせた。


 リビングの扉を開けるとそこには沙織が座っていた。

 驚きに兄弟が立ちすくむ。

 目を見開いて、声にならない声を漏らす息子二人に沙織も気がついた。


「おかえりなさい」


 十三年ぶりに聞いた我が家での、母の「おかえり」だった。


「……ただいま」


 自然と口角が上がっていき、にやけが止まらず、息が漏れるままに兄弟は答えた。


「いや、母さんもお帰り。どうしてここに?」

「ただいま。長年、伊弉冉尊に仕えたご褒美にって、この七月七日だけは地上にいさせてもらえることになったの」

「そっか、そっかあ……」


 輝は涙をこぼした。

 笑顔を見せたかったが、もう何十年か後の話だと思っていた突然の再会に、こらえることができなかった。


「さ、立ってないでこっちにおいで」


 二人にソファを勧める。兄弟は母の両隣に座った。


「これまでのこと、いっぱい教えて。それから……このかわいい家族についても」


 我が物顔で膝の上に座る小兎を撫でながら、母は息子達に尋ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る