十五 高天原

 出雲から帰ったあと、光は輝にしこたま怒られた。その後、隣の迫田家にも呼ばれ、彩音と一緒に両親にお叱りをうけた。

 しかしお説教の後は、光についても無事で良かったと安堵の言葉をもらった。

 胸に染み入り、この家族には頭が上がらないなと改めて思う。

 彩音と二人、信じがたいような冒険譚を正直に話した。

 松江までの道中、千曳岩を通り抜けた先の世界、一部中継もされた八岐大蛇討伐、伊弉冉尊の解放、そして母との別れ、それら全てを包み隠さず。

 沙織のことを学生時代から知る二人、中でも沙織の親友であった彩音の母は、親子の再会を聞き、目を潤ませていた。

 次の母の命日には一緒に墓参りに行こうと申し出を受け、是非にと了承したのだった。



 月日は流れ、七月の初めての土曜日。

 光、彩音、将史、啓介の四人は霧島連山、高千穂峰を登っていた。


「いや、駐車場から結構かかるな」

「わあ! この辺、石で滑りやすいみたい、気をつけて」

「これ滑り落ちたら助からないだろうな、上がってこられないよ。スマホも電波届くのかな」

「ここやべえな。右と左、どっち見ても急斜面じゃん」


 尾根に設けられた登山道を四人で話しながら山頂を目指す。


「そういえば、光。なんか表彰されてたな。大会でも出てたのか?」


 先日、光が全校生徒の前で壇上に上がったことについて啓介が聞く。

 校長に表彰状を手渡す生徒会役員の仕事があるので壇上に上がることはいつものことであったが、表彰状を受け取る側として壇上に上がるのは初めてのことだった。

 自分で校長に賞状を手渡し、それを再度自分で受け取ってみてもいいかと生徒会顧問に聞いてみたが、すげなく却下された。

 それはさておき、光が受け取ったのは消防署からの感謝状であった。

 内容は人命救助。

 相手は、初めて魔物に襲われた時に、自動車の下から引っ張り出した親子。

 この二人が救急隊に救助された際、丁寧に寝かされており、誰かの助けがあったようだと理解された。

 では、それは誰か。

 その答えは、子供が下に敷いていた校章・学年・クラス・名字、全てが記された体育服が教えてくれた。

 あの時、振り絞った勇気が評価されたことに光は少しだけ救われた気がした。

 山頂はもう間もなく……。



「着いたあ」

「これが天逆鉾あまのさかほこか」


 長い道のりを経て四人は高千穂峰山頂にたどり着いた。

 ここは天孫降臨の地・天と地を繋ぐ場所、これから神々のもとへ向かう。

 神々の眼前に立つに相応しい服装がどんなものかわからないが登山用の運動着ではまずかろう。

 持っている中で一番フォーマルな服装、各々学生服に着替えた。


「で、ここでどうするの?」

「さあ?」


 天逆鉾の前に設置された鳥居の前に立つ。

 すると、天逆鉾の切っ先から天に向かって光が射すのが見えた。

 いや逆だ。

 天からこの天逆鉾に向かって光が射している。

 まるで雲間から射す日の光の如く美しい光だった。


 鳥居の間の空間が眩く光る。

 まるで、こちらにおいでと誘うような穏やかな光だった。

 そこに手を触れた時、四人は天へと登っていった。

 不意の出来事に体幹を崩し、重なるようにどさりと倒れこむ。


「痛って~」

「あら? どうしてここに人の子がいますの?」


 身体の打ち付けた箇所を各々擦っていると、凛とした上品な声が耳に入る。

 見上げれば、先ほどの声にふさわしい美貌を持った女性が、不思議がるような、面白いものを見つけたような表情をしていた。


「まあ可愛い女の子」


 女神は興奮で高ぶった声を上げると、彩音の手を取り握った。


「えと、ありがとうございます」


 彩音は突然褒められて一瞬戸惑いを見せたが、当然悪いものでもなく素直に享受した。

 女神はうんうんと頷いた後、他の面々はと三人を物色する。


「あなたと、あなたは。うん、その調子で頑張りなさい。あら? ……惜しいですわね。もしあなたが女の子でしたら、とても可愛らしくなったでしょうに」

「えっと、その……どうも?」


 将史と啓介に頑張れと続いたあと、自身に向けられた言葉には光も返答に困った。

 美貌の持ち主と相対し、惚けて表情の固まった啓介と共に、言葉の真意を測りかねてとぼけた顔を並べることとなった。


「ご機嫌麗しゅう、綾惶根尊あやかしこねのみこと


 二の句をどう継ぐべきか戸惑っていると、救いの手が差し伸べられた。頼れる父・月讀が現れた。


「あら、月讀。ご機嫌よう。貴方のお客さん?」

「いえ、これから姉上の元へ」

「まあ、天照の? それじゃ引き留めちゃ悪いわね。では、ご機嫌よう子供達」

「ご、ご機嫌よう」「どうも」


 お洒落な返答もできずに、光達は歩いて行く女神を見送った。


「父さん、あの方は?」

「綾惶根尊。父、伊邪那岐より前の時代からいらっしゃる神だ」


 神世七代、その六代目。面足尊おもだるのみこととともに生まれ、それぞれ男性と女性を讃える男神と女神、そう説明する。


「さあ、姉上が待ってる。行こうか」


 月讀は目的地、天安川の近くに立つ天照の神殿へと誘う。



「よく来ました」


 天照の執務室にて、四人は高天原の長に謁見した。


「此度の一件、あなた方の尽力は事件収束への一助となりました。よって報償を与えます、これへ」


 事代主が四つの勾玉のネックレスを持ってくる。


玉祖たまのおやが作った御守りです。これを四人に授与します」

「ありがとうございます」


 建御雷が将史の、太玉が啓介の、鈿女が彩音の、そして月讀が光の、それぞれの首にネックレスをかける。

 出雲の戦いで、それぞれ指示を受けた神に御守りを受ける。しかし大国主は国津神、高天原の神ではない。代わりに彩音を普段からよく知る鈿女が代役を買って出た。

 建御雷、太玉、鈿女それぞれが勾玉を握ると輝きを放つ。


「ここに、我々の加護を込めた。以前、光と将史に託したような一時的なものではない、身につけていれば、その権能を引き出せる。上手に使いなさい」


 建御雷が微笑んで告げた。

 将史は武の力を、啓介が物作りの力を、彩音は大国主の医薬の力とついでとばかりに鈿女が追加した芸能の力を得た。


「光は月讀の力は既に一部受け継いでるからな、私の加護をやろう」


 そう言って建御雷が光の勾玉に加護を贈る。


「上手くやれよ」

「ありがとうございます」


 四人は自身の首にかかった美しい勾玉を手に取って見合った。

 ただの装飾品ではない、神々から直に加護を受けた唯一無二の御守りである。

 これからの人生がどのように変わっていくだろうか、期待に胸が高まる。


「では次に、許可なく黄泉の国に出入りした罰を申しつけます」

「ん?」


 よくやりました、はいおしまいとはならなかった。

 信賞必罰。

 当然、犯した罪に対しても罰が下る。


「向こう五年間は神々の求めに応じ従事すること」

「え」


 与えられた罰は、神の御先となって働くことであった。

 ここまで聞けば、人間界では持て余す神の権能を借り受けた理由も自ずと理解したのだった。


「良かったな、その加護の使いどきがすぐ訪れた。さあ、きびきび働いてもらうぞ」


 建御雷が満面の笑顔で告げる。その後ろでは月讀がなんとも言えない苦笑いをしていた。


「……はい」


 天之光の物語はまだ始まったばかり。

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