十七 高天原
── 鹿児島県鹿児島市
出雲から帰ったあと、光は輝に叱られることとなった。
学校をサボる程度で怒るつもりはないが、命に関わる危険と隣り合わせの場所に行ったとあっては何も言わずにはいられなかった。
実の両親は既に亡く、この世で唯一血を分けた兄弟すら失う可能性があったと思うと肝が冷えた。
頭ごなしに否定はしないから次があれば相談しろ、という言葉で締めくくる。
その後、隣の迫田家にも呼ばれ、彩音と一緒に両親にお叱りをうけた。
しかしお説教の後は、光についても無事で良かったと安堵の言葉をもらった。
幼い頃より、否、生まれる前から世話になっており、母・沙織の死後は、満や卯月の手の回らない範囲において親代わりでもあった二人。
余所の子に注意するのも憚られる昨今、実の子と同じように叱責され、心配され頭の下がる思いであった。
彩音と二人、信じがたいような冒険譚を正直に話した。
松江までの道中、千曳岩を通り抜けた先の世界、一部中継もされた八岐大蛇討伐、伊弉冉尊の解放、そして母との別れ、それら全てを包み隠さず。
沙織のことを学生時代から知る二人、中でも沙織の親友であった彩音の母は、親子の再会を聞き、目を潤ませていた。
次の母の命日には一緒に墓参りに行こうと申し出を受け、是非にと了承したのだった。
── 霧島連山
月日は流れ、七月の初めての土曜日。
光、彩音、将史、啓介の四人は霧島連山、高千穂峰を登っていた。
「いや遠いて。帰りもここ戻るの怠いて」
「きゃっ! 危なー。この辺、石で滑りやすいみたい、気をつけて」
「これ見て。滑り落ちたら、きっと上がってこられないよ。さながら巨大な蟻地獄だ。あそこは電波届くのかな?」
「おー怖。右と左、どっちを見ても急斜面。でも俺、君子じゃねえからさ…… ギリギリを攻めたくなっちまうんだよなあ!」
尾根に設けられた登山道を四人で話しながら山頂を目指す。
設けられているといっても、当然、アスファルトやコンクリートで固められているわけではない。大自然の中を先人達が踏み固めていった足跡を辿るのみ。
柵やロープといったものも設置は一部のみで、十分に注意する必要がある。
「そういえば、光。なんか表彰されてたな。帰宅部が何の表彰だよ?」
先日、光が全校集会で壇上に上がったことについて啓介が聞く。
校長に表彰状を手渡す生徒会役員の仕事があるので壇上に上がることはいつものことであったが、表彰状を受け取る側として壇上に上がるのは初めてのことだった。
自分で校長に賞状を手渡し、それを再度自分で受け取ってみてもいいかと生徒会顧問に聞いてみたが、すげなく却下された。
それはさておき、光が受け取ったのは消防署からの感謝状であった。
内容は人命救助。
相手は、初めて瘴気の魔物に襲われた時に、自動車の下から引っ張り出した親子。
この二人が救急隊に救助された際、丁寧に寝かされており、誰かの助けがあったようだと理解された。
では、それは誰か。
その答えは、子供が下に敷いていた校章・学年・クラス・名字、全てが記された体育服が教えてくれた。
あの時、振り絞った勇気が評価されたことに光は少しだけ救われた気がした。
山頂はもう間もなく……。
── 霧島連山 高千穂峰・山頂
「着いたあ」
「これが
長い道のりを経て、四人は高千穂峰山頂にたどり着いた。
ここは天孫降臨の地・天と地を繋ぐ場所。一行はこれから神々のもとへ向かう。
神々の眼前に立つに相応しい服装がどんなものかわからないが登山用の運動着ではまずかろう。
持っている中で一番フォーマルな服装、各々学生服に着替えた。
「で、ここでどうするの?」
「さあ?」
天逆鉾の前に設置された鳥居の前に立つ。
すると、天逆鉾の切っ先から天に向かって光が射すのが見えた。
いや逆だ。
天からこの天逆鉾に向かって光が射している。
まるで雲間から射す日の光の如く美しい光だった。
鳥居の間の空間が眩く光る。
まるで、こちらにおいでと誘うような穏やかな光。
そこに手を触れた時、四人は天へと登っていった。
── 高天原
不意の出来事に体幹を崩し、四人重なるようにどさりと倒れこんだ。
「痛って~」
「あら? どうしてここに人の子がいますの?」
身体の打ち付けた箇所を各々擦っていると、凛とした上品な声が耳に入る。
見上げれば、先ほどの声にふさわしい美貌を持った女性が、不思議がるような、面白いものを見つけたような表情をしていた。
「まあ可愛い女の子」
女神は興奮で高ぶった声を上げると、彩音の手を取り握った。
「えと、ありがとうございます」
彩音は突然褒められて一瞬戸惑いを見せたが、当然悪いものでもなく素直に享受した。
女神はうんうんと頷いた後、他の面々はと三人を物色する。
「あなたと、あなたは。うん、その調子で頑張りなさい。あら? ……惜しいですわね。もしあなたが女の子でしたら、とても可愛らしくなったでしょうに」
「えっと、その……どうも?」
将史と啓介に頑張れと続いたあと、自身に向けられた言葉には光も返答に困った。
美貌の持ち主と相対し、惚けて表情の固まった啓介と共に、言葉の真意を測りかねてとぼけた顔を並べることとなった。
「ご機嫌麗しゅう、
二の句をどう継ぐべきか戸惑っていると、救いの手が差し伸べられた。頼れる父・月讀が現れた。
「あら、月讀。ご機嫌よう。貴方のお客さん?」
「いえ、これから姉上の元へ」
「まあ、天照の? それじゃ引き留めちゃ悪いわね。では、ご機嫌よう子供達」
「ご、ご機嫌よう」
「どうも」
洒落た返答もできずに、光達は歩いて行く女神を見送った。
「父さん、あの方は?」
「綾惶根尊。父、伊邪那岐より前の時代からいらっしゃる神だ」
神世七代、その六代目。
「さあ、姉上が待ってる。行こうか」
月讀は目的地、天安川の近くに立つ高天原皇宮へと誘う。
……。
「よく来ました」
皇宮の執務室にて、四人は高天原の長に謁見した。
「此度の一件、あなた方の尽力は事件収束への一助となりました。よって報償を与えます、これへ」
一歩前へと出たのは事代主命。
手元の盆には四つの勾玉のネックレスが置かれている。
「
「ありがとうございます」
四柱の神々が一つずつ勾玉を手に取り、子供ら四人の前に対面して並んだ。
建御雷が将史の、太玉が啓介の、鈿女が彩音の、そして月讀が光の、それぞれの首にネックレスをかける。
出雲の戦いで、それぞれ指示を受けた神に御守りを受ける。しかし大国主は国津神、高天原の神ではない。代わりに彩音を普段からよく知る鈿女が代役を買って出た。
建御雷、太玉、鈿女それぞれが勾玉を握ると輝きを放つ。
「ここに、我々の加護を込めた。以前、光と将史に託したような一時的なものではない、身につけていれば、その権能を引き出せる。上手に使いなさい」
建御雷が微笑んで告げた。
将史は武の力を、啓介が物作りの力を、彩音は大国主の医薬の力とついでとばかりに鈿女が追加した芸能の力を得た。
「光は月讀の力は既に一部受け継いでるからな、私の加護をやろう」
そう言って建御雷が光の勾玉に加護を贈る。
「上手くやれよ」
「ありがとうございます」
四人は自身の首にかかった美しい勾玉を手に取って見合った。
ただの装飾品ではない、神々から直に加護を受けた唯一無二の御守りである。
これからの人生がどのように変わっていくだろうか、期待に胸が高まる。
「では次に、許可なく黄泉の国に出入りした罰を申しつけます」
「ん?」
よくやりました、はいおしまいとはいかない。
信賞必罰。
当然、犯した罪に対しても罰が下る。
舞い上がった心地は一瞬にして冷め、四人は恐る恐る天照を見た。
「向こう五年間は神々の求めに応じ従事すること」
「え」
与えられた罰は、神の御先となって働くことであった。
ここまで聞けば、人間界では持て余す神の権能を借り受けた理由も自ずと理解したのだった。
「良かったな、その加護の使いどきがすぐ訪れた。さあ、きびきび働いてもらうぞ」
建御雷が満面の笑顔で告げる。その後ろでは月讀がなんとも言えない苦笑いをしていた。
「……はい」
天之光の物語はまだ始まったばかり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます