第14話 スタート
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◇ . ◇ ◇ ◇
美鳥に頭を抱えられて耳元に囁かれた。
「一孝さん。かっこよかったよ。キュンときちゃた。大好きよ」
甘い、物凄く甘い声が鼓膜を震わせる。その震えが頭の中に染み込んでいく。奥深く染み入って、奥の奥をを蕩けさせてくれた。
頭の奥が震え出す、心も魂まで震えてきた。我慢という鍵も枷も連環も外れ、ちぎれ飛んでいく。俺はスックと起き上がり、
「たまらん。美鳥ー帰ろう」
美鳥の腕を鷲掴みにしてしまう。
「ん」
この持ち方じゃダメだね。すぐにを組み替えて、手を繋いで、会場の外へ行こうとした。
「一孝さん、一孝さぁん」
もっと頭をよわせてくれる声が聞こえる。
「一孝さん、どうしたの。まだ次がありますよ」
そう、これから先は俺と美鳥だけの世界。
「もう、正気に戻ってよ」
聞いてるのは、確かに日本語だけど魂に届く頃には、好き、に変わってくるんだ。
でも、
「お兄ぃ」
俺にとっては、唯一の言葉が頭に入ってくる。
「あれ、俺どうした」
「どうしたですか? 震え出したと思ったら、いきなり手を握ってきて、会場の外へ行こうとするのですよ」
美鳥がなんか、怖いものでも見てるような表情で俺を覗き見てきた。
「…」
「ほんとに、どうかしたかと思ったじゃないですかぁ」
心配してくれてる表情に変わってくれた。
俺の意識も戻ってくる。美鳥にこんな表情させちゃいけない。
「ごめん、ごめんな。美鳥の囁きで、俺、溶けたみたいだ」
美鳥の頬が赤くなっていく。
「もう、そんな恥ずかしいこと言ってましたあ」
「おう、魂を鷲掴みするような言葉だったよ。意識が吹き飛んだよ」
美鳥は赤くなった頬を手で覆い隠して、クネクネ。
「はぅ、そんなでしたぁ」
そこへ美鳥のお連れさんたちが近づいてきた。
「風見さん、どうしちゃったの? 大丈夫」
ミッチさんが心配してくれてる。
「美鳥、風見さんに何かしたかしら、変なことしてない」
もう一人の友人のカンナさんは、よく見えていたようで、核心をついている。
「エールを送っただけだよぅ。何にもしてないぃ」
「美鳥のは、強烈なんだよ。用法容量は取扱注意なんだからぁね」
「いったい、なんの話かなあ?」
「この無自覚が」
3人がワイワイやっていると、
「第4組がスタートします。コースの外への移動お願いします」
とスタッフが案内を始めている。
「じゃあ、美鳥行ってくる」
「はい、いってらっしゃい。頑張ってくださいね」
美鳥は脇を占めて拳をぎゅっとして言ってくる。応援してくれるんだ。かっ、可愛いじゃないか。クラッときた。頬が熱くなっていく。
「一孝さんの格好いいところ見せてください。ねっ!」
「おうっ」
美鳥の笑顔が俺の頬に右ストレートを決めた。俺は蹈鞴を踏んで膝を崩してしまう。
「ダメでしょ。美鳥。風見さん魅了しちゃあ」
カンナさんが近づいて手を差し伸べてくれて、なんとか倒れずに済んだ。
「一孝さん。大丈夫ですか? カンナ! 私。一孝さんになんかしたの」
美鳥も慌てて聞いてくる。
「無自覚のコークスクリューマグナムね。大丈夫ですか?一孝さん」
「ありがとう。カンナさん、言い得て妙だよ」
なんとか、起き上がり、スタート地点に向かう。
心配そうな顔、呆れて物言えなさそうな顔。羨ましそうな顔。三者三様な顔に送られていく。でも、不思議と胸にやる気が満ちている。美鳥だけじゃない。3人に後押しされたんだ。頑張らないとね。
「第5組がスタートします。コースの外への移動お願いします」
のアナウンスがある。
☆☆☆☆☆☆%%%%%
⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎
◇. ◇ ◇ ◇
一孝さんはスタート地点へ行ってしまう。さっき膝が崩れてガクってなっていたし、なんか疲れてないかな。ちょっと心配。
「どうですか? 風見さん、美鳥のために行っているんだよ」
ミッチが聞いてきた。
「うん、嬉しいよ。……でも、なんか、ふらついていなかった? そっちの方が心配」
「はいはいご馳走様」
何よ、ミッチ。こっちは心配してるのに。
「風見さんなら大丈夫。笑顔の女神がついているからね」
「どういうこと?」
「やはり、無意識かぁ」
「美鳥のは無遠慮だしね。無慈悲だよ。ごめん慈しみが無尽蔵だね」
ミッチもカンナもなんのこと言ってるの?
「二人とも、説明してよぉ〜」
カンナが、
「美鳥は風見さん、好きでしょう?」
「うん、好き。大好き」
何、言わせるの。顔が綻んでしまう。含羞んでしまう。
あれっ二人とも蹌踉めいてる。なんでえっ。
「風見さんも、これにやられたね」
「こんなの貰ったらノックアウトだよ」
ミッチが私の両頬を指で伸ばして、フニフニし始める。
「やっやめれー」
私はカンナへ視線で助けを求めたのだけれど、
「ミッチ、交代してもらえるかしら。私も美鳥のほっぺをいじってみたい」
カンナまでも、私をいじってくるの。
「柔らかいな。こんなに良いもの持ってて風見さんもいる、美鳥は幸せなの。分けて」
「だから、なんなのよぉ〜」
「私らも、格好良い優しい彼氏欲しいのよ」
ミッチが拳を握り吠えてる。
「私なら美鳥から分けてもらうから。よいの』
「カンナも崩れてるし〜」
暫く、私の頬で遊んで二人も落ち着き、熱りも冷めた時、最後の組みの勝者もフラッグを掲げた。決勝はもう時期は始まる。
決勝ということでギャラリーも多くなり、観戦するにも中々良いポイントは取れない。なんとかコースの真ん中付近をゲットした。作られたコースのすぐ脇だから、齧り付きでみることができる。そこから覗き見るようにスタート地点を見る。いた。スタッフらしき人の側にいた。その周りにいる4人ほどか決勝に出る参加者なんだろう。
隣にいるミッチも同じように、スタート地点を望む。
「風見さん、見えるかな?。 どこどこ?」
「ミッチ、あそこ」
私は指先を一孝さんの方へ向けた。
「あっ、いましたね。立ち姿も良いですね。彼」
カンナもわかったみたい。
「あっ」
そうしたら、いた。彼奴もいた。私を誰かに間違えて、あまっさえ手首を思いっきり掴んできて、謝ろうとさえしない彼奴。でもね、あいつと違って一孝さんは腕を強く握らないの。すぐに手を握ってくれたんだあ。私の彼氏は優しいの。
一孝さんには、彼には勝って欲しい。負けてほしくはない。でも、これは私の欲目。私と私たちのために張り切っている彼に邪推させてはダメなの。だから、私の胸の中にしまっておくの。
「一孝さぁん。頑張れー」
思わず声が出てしまう。
胸の内では、
(彼奴には勝ってね。負けたら承知しないわよぉ)
そのうちに参加者が左右に散った。各コースに着くと腰を下ろしていく。
「カップルチケットの争奪ビーチフラッグ、決勝を始めます。ここに5人の猛者が集まった。グランラグーンご自慢のウォータースライダーのチケットを手にするのは誰だ!
彼女のために鬼とかし修羅となるのは誰だ。フラッグを翳し王となるのは一人だけ。さあ、ファイト!」
スタッフが前口上を始めていく。
「本日は運営の好意により、一位の方はカップルチケットを2枚進呈となりましたぁ。一回だけじゃ物足りないでしょ。そして運営スタッフが独断で決める2位の方にも1枚進呈となりましたあ。さあ、さあ、レディ・ゴウ」
ピィー
ホイッスルが鳴り、参加者はゴールに足を向けるようにうつ伏せに寝そべっていく。
静寂が広がる。
と、
オンユアマーク
レディ
ピィー
ホイッスルが響く。
スタート地点に砂煙が舞い上がる。
まず、一人が飛び出してきた。一孝さんじゃない。彼奴だ。
僅かに遅れて一孝さんが続いていく。少しづつ、差が縮まっていった。二人がほぼ同時に私たちへ突進してくる。
ゴールのフラッグを見る一孝さんの真剣な眼差し。躍動し疾走する体。いい。格好いい。
私の魂、そして心から、叫びが上がる。
「「頑張れー」」
ハモった。声がユニゾンした。
誰? 同じ声なんだけど。
「一孝さん」「和也あ」
同時に相方の名を呼ぶ。
私は、同じ声のした方を覗き見た。そこには亜麻色の髪をショートにした女の子が、アーモンド型の目、アンバーの瞳で私を見つめている。
あれっ? 私じゃないの。鏡じゃないよね。
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