第26話 稟の告白
*
花乃から連絡をもらって駅前の繁華街まで移動してきた。いつものように情報量が極端に少ない呼び出しだったから適当にあしらうつもりが、あまりにも食い下がるもんだから根負けしたのである。
商業施設が集中して人通りも多い群咲駅南口では、商工会青年部がお揃いのユニフォームジャンパーを着てイベントブースを設けていた。はて、何をしているのかと覗きに行ったら、行きつけの美容室でマネージャーをしている中丸さんが僕に気付いた。
「昂良君! よければもらってって」
中丸さんから手渡されたのはポケットティッシュだった。ラベルにはオーバードーズに関する注意喚起や商工会メンバーのお店の連絡先が印刷されている。
「若い子達がネットショップやドラッグストアで市販薬を大量に購入して、オーバードーズっていう麻薬じみた使い方をしているのが問題になっててさ、町の皆さんに現状を知ってもらおうと思って配っているんだ」
「なるほど。町のみんなでオーバードーズを防ごうってことですね。とても良い考えだと思います」
「ありがとう。悩みを抱えた子達を独りにしないことが一番大切だと思うんだ。お店でも大学生までのお客さんは割引で気軽にカットに来てもらって、話を聞いたりリラックスしてもらったりしてる。不幸の手紙のこともあるし、みんなで助け合えるような仕組みを作っていこうって、商工会メンバーもそれぞれいろいろな取り組みをしているよ」
この瞬間も、こうして多くの人々の善意が町の平穏な暮らしを支えている。今まさに悩みを抱えて、行き場のない不安や恐怖を他人にぶつけたり、一時の安息と生きる活力を薬物の間違った使い方に求めざるをえなかったりする人達を癒すことができるのは、家族や友人、恋人、そして中丸さん達のような町の人達が紡ぐ人の縁だ。その繋がりは疑心暗鬼や現実逃避によって精神の
人の縁を力にして、柊家はこれまで幾度となく町の危難を退けてきた歴史がある。きっとご先祖様達は、人間が霊長類最強の力を持った由縁が、どの生き物よりも遥かに巨大で密度の濃い集団を形成できたことにあるということを弁えていたに違いない。個々の力が弱いからこそ、その弱さを補うために人は手を取り合うことができるし、共通の目的を持って集団を形成すれば、単純な人数の総和では説明できない並外れた力を発揮できる。柊家の人間はその中心となって多くの人々の縁を取り結ぶ結節点たらんと努めてきた。
歴代の柊家当主にその才があったという『人を結集させる』力、アシュリーはこれを『
「僕も僕が出来ることを精一杯やります。町に蔓延る”鬼”どもをこてんぱんにやっつけてやりますから安心してください!」
「なんだかよく分からないけど、昂良君ならきっとできるよ。期待してる」
中丸さんは少年のように相好を崩す。中学時代からかれこれ十年以上も担当してもらっているから、不惑も近いはずだというのに、見た目年齢も精神年齢も若々しいのは驚異的だ。
「引き留めちゃってごめんね。時間、大丈夫?」
そういえば、中丸さんと似た特異体質の花乃を待たせているのだった。青年部メンバーを労いながら、僕達はその場を辞して花乃との待ち合わせ場所に向かった。
バスロータリーをぐるりと囲む年季の入ったビルや商店の一つに、甘味処「柏木茶屋」がある。昨今、流行りの映える店構えでもないし、メニューもオーソドックスだけど、市民に愛されてもうすぐ百年という節目を迎える老舗は、僕達もよく訪れる行きつけでもある。
店主の
「――稟がいるのは予想外だった」
「あれ? 言わなかったっけ? 夕飯の買い出しに連れ出したんだ。稟ちゃんが昂良ちゃんと話したがってたから」
「ったく、花乃はいつも肝心なところが抜けている。稟とは家に帰ってからゆっくり話を……という訳にもいかないんだろうね、たぶん」
花乃は苦笑した。
「今朝からみんなの監視が厳しくなっちゃって、こうでもしないと二人が話すのは難しかったから」
稟は申し訳なさそうに目を伏せて頭を下げた。
「私の所為で皆さんにご迷惑おかけして、本当に申し訳ありません」
「いや、こちらこそ窮屈な思いをさせてすまない。ただ、見方を変えると、僕達はお互い隠し事を告白し合えば、現状を好転させることが出来るということでもある。そのためにも、稟は僕にまだ話していないことを話してくれると、そう思っていいのかな?」
「お見込みのとおりです。昂良さんをお呼び立てしてしまうような形になってしまって大変恐縮ではありますが、どうか私のお話をお聞きくだされば幸いです」
花乃は九波の肩を軽く叩き、ゆっくりと立ち上がる。
「稟ちゃんのボディチェックは済んでるし、私も九ちゃんも稟ちゃんのこと信用してるから、向かいの部屋で待ってるね。じゃ、ごゆっくり」
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