第22話 鉄選組


 鉄選組は構成員百名ほどの小さな任侠一家の本家である。伝統的に二次団体以下を持たないのは、群咲の治安を守る両翼の一方である柊家が零落しない限りは鉄選組も大きくなる必要がないし、際限なく力を蓄えられても困るから、そういう盟約が結ばれていると聞いている。


 何故、柊家と鉄選組が協力体制を築いたのかというと、どんな町にも存在する社会の暗部はここ群咲にも例外なく存在し、人の営みからまったく排除することは不可能だから、鉄選組のような存在がいわばお目付役として、その暗部の拡大や暴走を食い止める必要があったのだそうだ。蛇の道は蛇というか、餅は餅屋というか、裏社会の統制は専門家集団の鉄選組に任せつつ、柊家が鉄選組の手綱を引く体制が確立され、今日に至る。


 両翼とは言ったものの、実際にはほぼ主従関係であり、僕のような若輩者が何気なく訪ねて行っても丁重に迎え入れてくれるし、こうして組長に面会させるべく親切かつ厳重な警備体制で案内してくれる。祖父の代からこっち、両者に軋轢は生じることなく、良好な関係を築いていると僕は思っているけれど、一家の人達は強面だし寡黙な人が多いから、実際どう思われているかはよく分からない。


 本瓦葺きの土塀に囲まれた純和風建築の邸宅は中々に美しい景観なんだけれど、黒服の厳めしい男達がそこかしこにいる所為で落ち着いて見物も出来ないのが常だ。今日も今日とて、寄り道することも出来ず、真っ直ぐ組長の部屋に向かわされた。


 開放的な中庭を臨む和室の下座に、着流し姿の組長と若頭である息子が着座していた。僕達が入室すると、組長達は深々と頭を下げる。


「御曹司、御足労いただき恐悦です」


「組長、頭をあげてください。貴方のような方にそこまでされると居た堪れないです」


 組長――間壁謙護まかべけんごは大きな笑い声を上げた。


「いえ、これも最低限の礼節でして、これ以上砕けちまうと上と下の示しがつかんのです。どうかご容赦ください。私だって息子達と同年代の御曹司とはもっとざっくばらんに語り合いたいと思っているんですよ?」


 組員がお茶を給仕し終えるのを待って組長は本題に入る。


「早速ですが、昨日ご連絡いただいた件についてお話ししましょう。ご存知のとおり、最近、群咲には中毒性が高いヘロインが持ち込まれ始めてまして。本格流入は水際で食い止めているんですが、厄介なことにオーバードーズなんていう行為を吹聴して、市外の売人達は上客を自ら育てているんです。町に入れないなら、客が町の外に来るよう仕向けるってことですな」


「とすると、群咲に売人の一味あるいはその協力者がいるんですね」


「ええ。とはいえ事情をほとんど知らない末端です。売人達の手口は町の中でくすぶってるならず者達のスカウトから始まるんです。その連中が、繁華街やドラッグストア前に張り込んで、悩みを抱えていそうな若者にオーバードーズを勧め、頃合いを見てヘロインへの道へ陥れるというものです。多少、時間はかかるものの、入口の敷居が低いから軽い気持ちで手を染め、依存状態から逃れられなくなる。金がなくなれば犯罪に加担させられたり、風俗で身体を売ることを強制される。裏社会もシャバと同様、人手不足ですからね、人材供給のメリットは大きいので恐らく店側もグルでしょう。個人でできる規模じゃありません」


「組織的な関与ですか。鉄選組に喧嘩を売るような組織に心当たり、あります?」


 組長は深く息を吐いた。


「とんと思いつきませんな、鉄選組ウチのシマにこうまで露骨にちょっかい出すような怖いもの知らずは。遥々悪さをしに来た無知なお登り連中かもしれませんが、それにしては巧妙な動きで正体が掴めませんで。敵を知ろうと八方手を尽くしてはいますが、未だ成果は無く、麻薬被害者は増える一方という不始末。面目次第もありません」


 話を聞く限り、状況は芳しくないけれど、とりあえず鉄選組が変節して僕達の敵に回っていないようで一安心である。


「いえ、それは我々柊家にも責任の一端があることですし、鉄選組の対応が後手に回っている理由も分かりました。ご苦労おかけしますが、引き続きよろしくお願いします。私達も被害を食い止めるべく対策を講じますので」


「ありがたいお言葉です。こちらも任侠の矜持と組のメンツがありますから徹底的にやってやりますとも。事態に動きがあれば、逐一、報告しますよ」


「ありがとうございます。話は変わるんですが、鉄選組の皆さんに最近、変な投書とかありませんか?」


「おや、御曹司は例の不幸の手紙もお調べになっているんですな。残念ながら、不幸を撒き散らす差出人は任侠一家に悪戯するほどの度胸はないと見えますね」


 この周辺でも不幸の手紙は確認されているし、“さぁ、お前の罪を数えろ”じゃないけど、すねに傷持つ任侠一家なら絶好の投書相手じゃないだろうか。組内の疑心暗鬼を上手く利用すれば内部抗争だって誘発できる。だけど実際には、組長が笑い飛ばすとおり、激しいハレーションがありそうな家はリスクヘッジの観点から避けていると見るべきか。


 そう仮定すると、今度は柊家への投書が腑に落ちない。不幸の手紙の差出人はこの町の事情によく通じているはずだから、柊家に手紙を出せばこうして僕が調査に乗り出すことは容易に想定できたはず。徒に自らを危険な立場に置くような行動は、姿を見せない慎重さに相反して不気味でもある。


 もし、差出人、或いはそれを操る黒幕は複数人だとしたらどうだ。たまたま柊家についてよく知らない一人の投書だったのか、はたまたあえて僕を引きずり出したい思惑でもあるのか。


 こうなると、僕に対する手紙は叔父さんの自作自演という推測も現実味を帯びてくるし、考えたくはないけれど、稟の仕業という可能性もなくはない。調べれば調べるほど謎が深まるばかりで気が滅入ってくる。


「つまらないことをお聞きしました。今日はお時間いただきありがとうございました。そろそろお暇させていただきます」


 座敷から立ち上がろうとすると、組長に制止される。まだ何か話したいことがあるようだ。


「こんなことを言うのもお恥ずかしい限りなんですがね、うちの二番目の愚息が御曹司の妹さんと懇意にさせていただいているようで、ご迷惑をおかけしてないといいんですが。お聞きになってますかね?」


「嗚呼、昨日聞きました。中学の同級生で、偶然、キャンパスで再会したと」


 組長の次男である斗護とうごは中学時代からラムネのことを好いていたようで、再会をえらく喜び、大学では積極的にアプローチをかけているらしい。しかし、ラムネは例によって一顧だにすることなく、つれない態度を貫いているようだ。それでもめげない斗護は根性があるというか諦めが悪いというか……素晴の話では、斗護は素行に難のある典型的なドラ息子の噂が絶えないらしいから、ラムネの気分を害するようなら実力行使も辞さないよう素晴には言い含めておいたところである。兄妹揃って、厄介な奴らを引き寄せる何かを持ってしまったようだ。


「バカ息子は妹さんにかなり熱を上げてまして、夢中になると我を忘れるがありますから、節度を守るように言い聞かせてはいますので、今後ともどうぞ仲良くしていただけると手前どももありがたく思います」


 僕としては、あんまり仲良くして欲しくないんですよね、という言葉が喉まで出かかったが、すんでのところで押し留めた。


「まぁ当人同士のことですし、外野の我々が口出しできることでもないですから、後は若い二人に、ということで」

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