第12話 悪ふざけは白熱するもの
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稟が柊家にやって来て三日目の朝。朝食を終えた僕と玄翁衆の面々は、週に一度の定例会議を行うべく、中庭の大池に面した茶室『
「えーと、
「坊ちゃん、その前によろしいでしょうか?」
お手本のような正座で背筋をピンと張る生真面目さの権化こと
「ここにいらっしゃる玄翁衆の面々に申し上げます。昨日、出張から戻ってみれば、坊ちゃんの大切な御身のそばに、裏切りは女のアクセサリーとか秘密を着飾って美しくなるとか本気で言っちゃいそうなタイプの女が図々しく居座っているじゃありませんか! これは一体どういうことですか!」
めちゃくちゃ夜映の主観が入りまくった稟の印象は、魔性の女か悪女のようだ。一つ歳上の夜映は三砂と同じく僕の幼馴染。真面目で責任感が強く、玄翁衆の中では比較的、常識人なのだけど、ラムネと同じく僕に対する贔屓目が過剰に過ぎるのと、思い込みが激しいのが玉に瑕である。
結えた長い黒髪まで逆立つ錯覚すら与える夜映の剣幕。圧され気味の九波がおっかなびっくり口を開く。
「どういうことですかと言われましても……最前、夜映さんにも紹介があったとおり、昂良さんが新しく家事代行として稟さんを雇ったんですよ」
「そういうことを聞いているのではありません! 我々の使命は柊宗家に仇為す脅威を排除すること。昂良坊ちゃんとラムネお嬢様の御身のそばに近づこうとする不埒な輩を尽く蹴散らさなければならないというのに、素性も目的も判然としない者を側付きにするなんて無警戒にも程があります」
ミサ、花乃、九波が首振り人形のように首肯を繰り返す。
「それは俺達もまったく同じ意見だ。その上で何故こうなったのか、推して知るべしだな」
「昂良ちゃん、美人には目がないから」
「稟さんほどの逸材なら仕方ないですよ」
夜映は「嗚呼!」と小さく悲鳴を上げて頭を抱えた。
「……分かりました。まだ世間に知られていないなら、存在しないも同じこと。強請のネタになっている坊ちゃんの醜聞は私が闇に葬ります!」
「勝手に僕が不祥事で脅されていることにしないでほしいな! 稟の経歴や能力を
「坊ちゃん、貴方は柊家次期当主となるべき御方。清濁併せ呑む器の大きさは称賛されて然るべきですが、もっと御自分の安全を考えていただけなければ――」
は、始まってしまった夜映のお小言! こうなると話が長くなってしまうのだけど、伊達に十年以上、幼馴染を続けてきた僕ではない。耳の痛いマシンガンお説教を食い止める効果的な対処法は心得ている。
「そう、そのことだよ! 身上調査は順調に進んでいて、稟の身の潔白は証明されつつある。あとは彼女の素行に怪しい点が無いかを調べるのみだけど、監視は最低限、同性に任せたいと思っていたところなんだ。花乃と素晴だけじゃ手が足りなかったから、夜映のことを待ち侘びていたんだよ。帰ってきてくれて本当に助かった」
『僕にはお前が必要なんだ』というパワーワードは夜映に対して効果
「坊ちゃんが私を頼りに……お任せください! この一色夜映、全身全霊を以てその古戸森
方向性は心配だが、意気込みだけは頼もしい。稟の雇用反対派の急先鋒である夜映が納得できれば他のメンツも説得は容易くなるというもの。ここは大いに職務に励んでもらおう。
「じゃ、稟の件は現状維持ということで本題に戻ろう。桜祭りの出し物についてアイデアが欲しいんだ。ラムネの方は順調に出張カフェで落ち着きそうなんだけど、昂良チームにふさわしい妙案ある?」
意外にも真っ先に手を挙げたのは、こういう催し物に消極的なミサだった。
「焼きそば」
「興味ないからって安直な定番提案しやがって……次の意見は?」
今度は九波が挙手した。
「新時代到来、九ちゃん型抜き!」
「なんて型抜きし甲斐のない! そんな新時代は却下だ」
そこはかとなく落ち込む九波を尻目に夜映が名乗りを上げる。
「春は空き巣被害が増えると聞きました。空き巣だけに『つばめの戸締り』と題して防犯対策講座を開催するのはどうでしょう?」
「着眼点もオマージュも素晴らしいけど真面目すぎるから却下」
「不覚! 読み間違えました!」
打ちひしがれる夜映。続いて、お祭り大好きの異名を持つ花乃が意気揚々と挙手を繰り返す。
「はい! はーい!! 打ち上げ花火ド派手に三十万発!」
「祭り会場が火薬庫になるじゃないか、却下」
常軌を逸した発案を取り下げさせてすぐ、九波がどこからか素晴の等身大パネルを持ち出してきた。
「何、その不吉な女の面妖なパネルは」
「素晴ちゃんが自分の意見を発表するときに使ってほしいって。去年の学祭で製作したみたいです」
「一体何をどうしたら素晴のパネルを作ろうって発想になるのやら……ただでさえ身長も態度もデカいのに、パネルにするとさらに幅をとって邪魔くさいなぁ。というか、なんだそのポーズ」
パネル化した素晴は、小生意気な笑顔で両手を高く上げ、若干、左右に揺れた状態で静止している。どこか見覚えのあるポーズだった。
「チンアナゴー、だそうです」
「雑なモノマネしやがって。手首の角度が全然違うじゃないか」
「アニオタは審査
「発想がおっさんすぎて引くね。とはいえ、稟の悩殺ダンスは僕もちょっと見てみたいけど、全年齢対象じゃないと実行委員会の審査を通らないから却下だ」
議論紛糾。異論反論が飛び交い、もはや収拾がつかなくなってきた。全員、良い歳した大人なのに、悪ふざけを語らせたら終わりが見えないとは困った連中である。
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