第7話 いざ行かん、知られざる柊家

 転校生が来た初日の昼休みのような、ちょっとだけ沸き立つ朝食の時間。何気ない会話の中で、そういえば稟にこの家の案内をしていないことが発覚。食後の片づけを買って出た花乃に後を任せ、この機会に柊家の主な敷地を案内することにした。


 ミサと素晴はに戻ったので、九波だけを伴って行こうとしたら、予想外にラムネも同行することになった。


「今日は授業、二限からなので!」


 なんかめちゃくちゃ息巻いている。怪しい家政婦の正体みたり、なんて成果を期待しているのかもしれないが、そんな迂闊さは稟に限って望み薄だと思う。


 玄関前の廊下を起点に僕達は邸内を歩き回り始めた。


「外に出る前に、まずはこの東邸ひがしていの中から説明しよう。名前の由来は柊家本家の東にある別邸だからとか、代々嗣子が住むことを許されたからとか諸説あるけど、とにかく僕達の家とだけ知ってくれればいい」


 中庭に面する広々とした大広間、和洋折衷のきらびやかな応接室、重厚な家具が配置された書斎、離れに用意された客室……昔ながらの『お屋敷』に耐性のある稟も、時間がかしいだかのようなレトロな設えと住居としては広すぎる間取りには圧倒されているようだった。


「長らく婆やが住み込みで働いてくれていたんだけど、仕事を引退して関西の息子夫婦と同居することになってね、今回、稟に来てもらったってわけさ。引き継ぎもしてもらいたかったんだけど、タイミングが合わなくて、稟には迷惑をかける」


「気になさらないでください。慣れるまで少しお時間をいただくかもしれませんが、立派なお屋敷を損ねないよう鋭意努力いたします」


「あまり気負う必要はないからね。数日もすれば喧しいメイド達が帰ってくるし、いざとなれば住み込みの九波達も動員してもらって構わない。まぁそれでも少数精鋭で臨んでもらうことに変わりはないから、心苦しいところではあるんだけど」


「いえ、滅相もありません。私は基本的にハウスメイドと同様のお仕事を任せていただけるという理解でよろしいでしょうか?」


「当面はそうだね。ただ、実働はメイド達が主となるから、稟にはいずれ東邸ここの家事を取り仕切りつつ、僕の仕事を補佐する秘書としての役割も担ってほしい。言うなれば執事かな」


「執事……そんな大役を任せていただけるのですか?」


「君の経歴に見合った役職だと思っているし、こちらとしても是非お願いしたい。何せここ最近、雑事に忙殺されて、あらゆる面で手が行き届いていないんだよ」


 僕の青息吐息にラムネは唇を尖らせる。


「だから私が兄さんの側でつかず離れずサポートするって言ったのに……」


「お前は大学とカフェ経営で既に二足のわらじなんだからダメ。しかもなんか四六時中ついてきそうだから尚ダメ。学生の本分を思い出すんだ。夜な夜な街に繰り出してグレーな遊びに興じてみるとか、ちょっと悪そうな奴と火遊びみたいな恋愛してみるとか、学生時代にしかできないことをもっと謳歌しなさい」


 学生時代かぁ、なんて感慨深そうにしみじみ語り出す九波。


「思い出しますねぇ。たまたま道端でぶつかった美少女は危ない組織に追われる身。女性一人を大人数で追い立てる無粋な連中に僕の江戸っ子魂が見て見ぬ振りもできず、助けたまではいいものの、なんと美少女は人工知能のシンギュラリティRe.AIれんあいを搭載した最新鋭アンドロイドでした。世界中の権力者達から差し向けられる追っ手を退けながら、終わりのない逃避行の中で人と機械の違いを乗り越えて愛を育んだものです。俺を庇って敵の凶弾に倒れ、そのまま姿を消したあの子……果たして彼女は無事なのか……『九波貫介はアンドロイドに愛を見出すか』セカンドシーズン、乞うご期待です」


「壮大な嘘つかないでください」


 尺の長いボケに、ラムネはうんざりしたような表情だった。


「ドラゴンの卵には騙されるくせに、九波にはめっぽう強いんだよなぁ」


「そ、その話はやめてください~!」


 昨日以上に嫌がっている。まだ信用し切っていない稟の前だから尚更に違いない。隙のなさを見せつけて優位な立場に立ちたかったのだろうが、稟は既にラムネのことを警戒心の強い小動物くらいにしか思っていない気がするから今更ではある。


 不貞腐れるラムネをなだめながら僕達は東邸の外に出た。


「何はともあれ、これより柊家私有地の探検に出発する! 悪魔城ではないけれど、敷地の至る所には招かれざる客にお引き取りいただくための危険な仕掛けがいっぱいだ。振りかぶれば敵の魂まで切り裂く熊手、侵入者の勤労意欲を根こそぎ削いじゃう怪音鹿威ししおどし、囲まれれば一貫の終わりトラロープなどなど猛獣の名を冠す恐ろしいものばかり。みんな、迂闊な行動はしないように!」


「お分かりかと思いますが、どれも全く危険はありませんのでご安心を」


 ですね、と稟はくすくす笑う。どことなく釘を刺すような口調でラムネの言葉が続く。


「でも実際、一人で勝手に歩き回らないでくださいね。敷地内は常に玄翁衆げんのうしゅうによって警護されていますから、不用意な行動は排除対象となりかねません」


「げん、のうしゅう?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げ、眼を瞬かせる稟。採用面接の時とは打って変わって妙に親しみを感じる。実際には感情が顔に出やすいタイプなのかもしれない。


「九波さんはじめ、柊家お抱えの忍びの皆さんをそう呼ぶんです。今風に言えば、流派の異なる精鋭忍者のユニット、でしょうか。柊宗家そうけ――つまり、私達兄妹きょうだいの護衛が最重要任務なので、敷地内の警戒検索が厳重なんです」


「なるほど。肝に銘じておきます」


「勝手がわかるようになれば窮屈ではなくなると思うよ。しばらくは辛抱してほしい。じゃあ、まずは本邸に行こうか」

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