第20話 戦いのその後

「勝った……のか……?」


 ゴブリンから吹き出した青黒い血を浴びた俺は、その場に立ち尽くしていた。


 剣を持っている右手がジリジリと痺れる。

 真っ二つに切り裂かれたゴブリンは目の前に倒れていた。


 久しぶりに死体を見たな……もう慣れちまったと思ってたけど……そうでも無いみたいだ。


 シュナさんを外に連れていかなきゃ。あと、ストローグさんは大丈夫かな。


 いや、きっと大丈夫だ。ストローグさんは強い。俺が心配していいような人じゃ……あれ?


 シュナさんが倒れているところに1歩踏み出そうとした時だ。足が動かない。と、言うよりも動かした瞬間倒れてしまいそうだった。


 やばい……後先考えず魔力使っちまった……倒れる……いや、倒れるな……!


 フラフラとシュナさんの所へと向かう。

 ほんの数メートル。その数メートルが何百メートルかと思えるくらい、視界は歪んでいた。


 くっそ! 馬鹿野郎! 何回目だよこの馬鹿野郎!!


 目の前の敵を倒すことで精一杯になってた俺は、完全にキャパオーバーしてしまっていた。


 せめて……彼女を……外に……!


 1歩1歩俺は進んだ。何分経っただろうか。やっとの思いでシュナさんの目の前まで辿り着いた。


 視界はまだ揺らぐ。


 外に……連れていかなきゃ……


 俺が屈み、シュナさんを持ち上げようとしたその時だった。


 トンっ


「わ、わぁ……」


「おつかれさん」


 その声を聞いた瞬間、安心したのか、本能的に気を失ってしまった。


 ──────


「……わっ!!!」


 俺は飛び起きた。やばいやばい……どれくらい寝てたんだ……


「おぉ。意外と起きるの早かったな」


 そこには身体中に包帯を巻いたストローグさんがいた。


 そして、ここはストローグさんの家のベッドであった。服を貸した俺は、ブカブカのストローグさんの服を着させられていた。


「ストローグさん……ってか、大丈夫ですか!?」


「俺の心配なんてすんなバカ。お前の方こそ動けんのか」


 俺は手足を動かし、寝ていたベッドから出て立ち上がった。


「意外と行けますね……」


「なら良かった。んで、お前。あの力使ったのか?」


「は、はい……」


 ストローグさんはソファから立ち上がり、こちらに無言で近づいてきた。


 ごめんなさいごめんなさい! 元気だからって殴るのは……


「……!」


「アホ! ビビりすぎだ」


 ストローグさんの手は、俺の頭をわしゃわしゃと撫でていた。


「……よくやった。シュナちゃんは村長さんの治癒魔法のおかげで、安静にすれば命に別状は無いみたいだぞ」


「よかった……!」


 もし、あの時、ストローグさんが間に合っていなかったら。恐らく俺とシュナさんの命はなかっただろう。


 そして、この人がここまで強くなかったら。みんな死んでいただろう。


「でも、もっと使い方を考えろ。出し惜しみしなさすぎだ。魔力ゼロだったぞ」


「すいません……」


「今後も俺の前以外では使うの禁止だ。いいな?」


「はい……」


 コンコン


「ストローグよ。入るぞ」


「あ、村長さん。どうぞ」


 村長が玄関のドアを開け、中に入ってきた。

 俺は小さく会釈をし、会話を始めた。


「今回の件は本当に助かったぞ。ストローグ、バッド。ありがとう」


 俺の名前覚えてる……意外と出来てる人なんだな……


「いえいえ、シュナさんを助けたのは彼なんで。俺は簡単なモンスター討伐しただけっすよ」


「ほっほっほっ。わしが頼んだのはモンスター討伐だけじゃよ。にしても、その怪我もう一度見せろ。魔法かけ直しとくからのう」


 そう言われたストローグさんは、包帯をクルクルと解き始めた。


 包帯が解かれれば解かれるほど、俺は目を疑った。


「……血?」


 包帯が真っ赤に染っていた。ストローグさんの血で。


「ストローグさん! 本当に……大丈夫なんですか!?」


「あーうるさいって! 久しぶりにあのレベルのモンスターと対峙したから身体がなまってたんだよ」


 包帯が全て解けると、肩や腕、胸からお腹にかけてなど、たくさんの傷跡があった。


「ほれ、こっちに来い」


 ストローグさんは村長さんの所へと歩いていき、治癒魔法を受けた。


 村長さんが伸ばした両手から、小さい光が傷跡に入り込み、血がみるみるうちに止まっていく。


 そういえば、ケイトに治してもらった時もこんな感じだったな。


「ほれ、もう大丈夫そうじゃ。2回魔法かけてるから安静にしとけば傷口はもう開かん」


「ありがとうございます村長さん」


「じゃ、わしはもう行くぞい。今回は本当に2人ともありがとうな」


「い、いえ! 俺の方こそ……足でまといになっちゃってて……ストローグさんにも負担かけちゃって……俺……もっと強くなります!!」


「ほっほっほっ。そんなこと聞いてないぞ? あと、リュナの所に顔だしてからかえってやれ。お礼がしたいと」


 リュナさんとは確か、シュナさんのお母さんだ。


「そういうことなら、俺がこいつ家まで届けるんでその途中にでも」


「ほな」


 そう言って村長さんは家を出ていった。


「家までなんて……大丈夫ですよ?」


「いーやだめだ。俺がお前を連れてって危険な目に遭わせてんだ。少しくらい話させろ」


 ストローグさんは意外としっかりしてる人なのかもしれない。なんだか勘違いしてたな。


「バッド。歩けるか?」


「はい。大丈夫です」


「そりゃそうだよ。村長さんがお前もさっき治癒してたんだからな。ははははは!」


「そ、そんな笑わなくてもいいじゃないですか!」


 俺はストローグさんのところまで走っていき、傷跡を殴るふりをした。


「ちょ、お前あぶねぇだろ!!」


「今の俺は……負けませんよ……!」


「うるせぇ。行くぞ」


 ポコン、と頭をぶたれた俺は、首根っこを掴まれ、外へと運ばれた。

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