応援コメント

西紅柿雞蛋麵」への応援コメント

  • 『私はただ「私」を見てほしかっただけなのに。』という一文に、ものすごく引き込まれました。当たり前のように「私」を見てもらえないって、とてもつらいことですね。

    作者からの返信

    瞳さん

    お越しくださり、また共感いただきありがとうございます。親子なので特に難しいところがあったのかもしれないなあなどと考えながら書きました。愛情あってこそと信じたいですが、やはりとても辛いですよね。

  • 09:57 追記(末尾)
    書き出しレビュー+版やっと書けました。
    誤字がすごくて投稿後何度も書き直してすみません。どうして誤字って投稿ボタンを押すまで気づかないんでしょうね。

    今回のレビューは構想を練っている中で出会った下記ツイート(違う)で触発されて今朝書けました。

    https://x.com/honnoinosisi555/status/1735641036503019956?s=20
    引用「「差別には、同化と排除の二つがあります。一つは「自分たちと同じようになれ」。もう一つは、「同じようになれないなら、どこかへ行け」というものです。いずれも社会環境を定数と見なすアプローチで、多様性を阻害するという意味では同じです」(熊谷晋一郎・文『わたしの身体はままならない』P35)」

    なお、私は「勇者かぼちゃ」(略称)という小説を書きました。拙くて全面改稿したくてしょうがない状態ですが、その中で書きたかったことの一部は、上記引用の内容であり、また、貴作の内容です。似た志をお持ちの方に出会えて、光栄でした。

    今後ともご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。
    https://x.com/ichimonjiruru/status/1735822424867066025?s=46
    AIでファンアート作りました、よかったらみてください、

    作者からの返信

    イチモンジ・ルルさん

    コメントありがとうございます。
    同化と排除、なるほどそうなのですね。難しいことはよく分からないのですが、あまり気にしすぎなければいいのかなと思うことはあります。イチモンジ・ルルさんの作品も似たお考えで作品を書かれているのですね。こちらこそよろしくお願いします。
     
    また、熱い熱いレビューをありがとうございました。
    丁寧に読み込んでくださり、特にきょうだいの名前や家族の思いについていろいろ考えてくださったことが嬉しかったです。名前は両親の願いや期待が込められていて、そこにはやっぱりたくさんの愛情があったのだと思います。この家族の幸せを見出してくださり嬉しくなりました。

    それにファンアートまで!
    ステンドグラス風の背景に英文が映えてとてもかっこいいです。本当にありがとうございます。
     
    (最後になりましたが、タイトルも調べてくださったのですね。実は中国語の単語で「夜食」の意味があります。なので辞書には載ってなかったのかと。中華風ラーメンがモチーフなので、タイトルとエピソードタイトルも中華風にしてみたのです。)

  • 孝志って … 、びっくり仰天!そこまでは兄コン、シスコン的雰囲気さえ漂っていたのに … 。これで両親に受け入れてもらえなかった事情が呑み込めました … でもアラビア語に翻訳したら多分通じない(笑)

    作者からの返信

    友未 哲俊さん

    感想ありがとうございます。
    不憫すぎてやや違和感の残る始まりだったかもしれませんが、そういう訳でした。
    アラビア語ですか!ほぼ名前だけでの種明かしなので、確かに通じなさそうです。ちなみに孝志の英訳はジェームスです(今決めました)。


  • 編集済

    拝読。
    変更点、すぐ気づいたのは母親の描写と主人公の名前の明言ですかね。
    電話周りも引っかからず読めるようになりました。

    名前を言う場面は、もう少し考えてもいいかもしれません。早めに明かす変更はよいとして、今の出し方だとついでのような感じです。主人公もほとんどスルーしていますし。どこくらいがいいかは、読み終えた後で考えてみますが。

    そこ以外は、とてもよい改稿だと思いますよ。

    追記:
    後半まだですが、何故「ついでのよう」に感じたのかの説明を先に。改善案もつけときます。

    この場面での兄の「ごめん」は、自身の不甲斐なさや主人公に迷惑をかけたことが先に立っていて、名前に関しての謝罪はその後回しに感じられます。
    そこをまとめて謝罪してること。帰宅前に思考が書かれているため咄嗟の行動に見えないこと。後の主人公の分析が明確でないこと。辺りが原因かなと。

    解決案としては、
    1.「ごめん」を複数に分ける。この状況、迷惑をかけたことへの「ごめん」の後で名前を間違えて、改めて「ごめん」と言わせる。

    2.帰宅前の思考は帰りの電車に回す。

    >兄の「ごめん」がまっすぐに心に突き刺さる。
    から
    >「じゃあ、私帰るね」
    に直で繋げて、抜いた部分の心理描写は帰り道にまとめた方が、感情的な行動に読めると思います。

    3.気持ちの分析をしっかり行う
    ここをネタバラシ場面に変更したなら、上京後に妹になった件と、それを認めてもらえなかったショックについて、よりはっきりと明記すべきです。隠して書いていた改定前を引きずっているからか、書き方的に兄への心配が先に立っていて、ショックが後回しな感じになっています。それはそれで主人公の優しさとして大事なので、書くとすれば「兄がこんな状況なのに、弟呼びされただけで居たたまれなくなった自分は酷い人間だ」的な方向かなと。

    可能ならもうここでしっかりと、親との確執や上京の理由について説明してもいいくらいです。後半にあるだろう説明をこっちに持ってくるぐらいで。隠さない方向ですから。

    作者からの返信

    梶野カメムシさん

    再読ありがとうございます。

    ついでのよう、なのですね。
    今更ですが、ご指摘を受けて意図がうまく伝わっていなかったのではと思ったところがありました。主人公、実は全然スルーできていないのです。名前の後の場面は兄の態度に対する主人公の動揺の表れでした。今までずっとその呼び名だったので、呼ばれること自体に驚きはないけど、兄が躊躇したり謝ったことで申し訳なさと惨めさでいっぱいいっぱいになったのです。帰り道に泣いているのもそういう理由です。ひょっとしてこの辺りがうまく伝えられれば解決したり…するのでしょうか。

    名前の部分はもう少し考えてみたいです。他は問題ないようでひとまずほっとしています。

    追記:
    補足いただきありがとうございます。
    なぜ「ついで」なのかよく分からずにいたので、助かりました。
    次コメントにてあわせてお返事させていただきます。

    編集済