運命は繰り返す

「っ! ふざけないでいただきたい!」


 夕方の訓練場で、グレンが声を上げる。

 理由は、アビゲイル皇女がエドワード王に進言し、サイラス将軍と同格の将軍職を与えたためだ。


「こう言っては何だが、ギュスターヴ殿下は皇国に来てまだ一年! サイラス閣下と同列に扱うなど、おかしいではないか!」

「…………………………」


 これは、グレンの言うとおりだ。

 いくら王国使節団との試合を経てある程度認められたとはいえ、今回の僕の処遇は破格過ぎる。

 何故なら、サイラス将軍がいなくても、僕一人で皇国軍を掌握することも可能になるのだから。


「聞いているのか! そのような役職、すぐに辞退を……」

「グレン、やめんか」

「っ! しかし!」


 これまでずっと押し黙っていたサイラス将軍が、怒り心頭のグレンをたしなめる。

 だけど、いつものように豪快でどこか飄々ひょうひょうとしているサイラス将軍にしては珍しく、表情は優れず、その口調は重苦しかった。


「いずれにせよ、エドワード陛下が最終的にお決めになられたこと。私から言うことはない」

「く……っ」


 グレンは、口惜しそうに歯噛みする。

 だけど、残念だったな。こうなった以上、僕が将軍職を務めるのは確定だ。


 すると。


「ウフフ、ごきげんよう」

「ブリジット殿下……」


 現れたのは、従者を連れた第二皇女のブリジット。

 このような訓練場に、一体何の用だ……?


「グレン卿……あなたが納得できない気持ち、よく分かります。本当に、お父様もお姉様も、何を考えていらっしゃるのかしら……」


 ブリジットは頬に手を当て、困った表情を浮かべる。

 だけど、僕には逆にこの女の白々しさが鼻についた。


 どうせ、僕とグレンの仲が険悪になるのを見計らって、さらに油に火を注ぐつもりなのだろう。

 そうでなければ、僕が皇国に来てから一度も訓練場に来たことがないこの女が、今になってわざわざ姿を見せるはずがない。


「実はお父様にお願いして、この度ノルウィッチにしばらく移ることになったんです。見聞を広めつつ、国の統治を肌で学ぶために」

「…………………………」

「グレン卿……私と共に、来てはいただけませんか?」

「「っ!?」」


 思わぬブリジットの誘いに、グレンは息を呑んだ。

 聞いていた、この僕も。


 一度目の人生・・・・・・においても、ブリジットはアビゲイル皇女に対抗するため、グレンを連れてノルウィッチに赴いた。

 ノルマンド防衛の任に就いていたサイラス将軍を含め、皇国の盾と矛が皇都を離れていたからこそ、ヴァルロワ王国が皇都制圧を果たしてしまったのだ。


 また、同じ未来・・・・を繰り返してしまうというのか……っ。


「いかがですか?」

「っ! グレン卿! 休戦協定を結んでいるとはいえ、皇国の矛がロンディニアを離れてしまっては、それこそ王国の思うつぼに……」

「承知いたしました。このグレン=コルベット、ブリジット殿下と共に」


 僕を押しのけてひざまずき、グレンはブリジットの手を取って口づけを落とした。


「あ……ああ……っ」


 ショックのあまり、僕は思わずよろめいて尻もちをついてしまう。

 結局……結局、僕はどう頑張っても未来を変えられないというのか……。


「ギュスターヴ殿下、そのように落ち込むことはありません。あなた様も、いつでもノルウィッチにお越しくださいませ。歓迎いたしますよ?」

「…………………………」

「では、ごきげんよう」


 ブリジットは、グレンを連れて訓練場から去った。


「……今日の訓練は、ここまでにしておきましょう」


 サイラス将軍はポン、と僕の肩を叩き、同じく訓練場を後にする。

 僕は、誰もいなくなったこの場所で、一人膝を抱えた。


 今の僕の顔を、誰にも見られたくなくて。


 ◇


「っ!? ギュスターヴ殿下、そのお顔は!?」


 しばらくして部屋に戻ると、出迎えたマリエットが驚きの声を上げた。

 あはは……そんなに僕、酷い顔をしているのだろうか。


「一体何があったんですか? 私でよければ、どうかお話しください!」

「なんでもないよ……ただ、自分の無力さに嫌気がさしただけだ」


 力なく答え、僕はベッドに腰かけた。

 これ以上見られないように、両手で顔を覆い隠して。


 すると。


「あ……」

「……殿下のお悩みも分からず、何もできない情けない私ですが、せめて……せめて、これだけは……」


 僕の隣に座り、抱きしめるマリエット。

 強く……ただ、強く……。


「……僕は自分で変われたと思ったけど、やはり駄目な第六王子だったよ」

「そんなことはありません」

「そうだよ。僕が将軍に任命されたせいで、皇国の盾と矛はばらばらになり、ブリジット殿下も皇都を離れることになった。これじゃ、ただ皇国を滅茶苦茶にしに来ただけだ」


 時期こそ違えど、ブリジットとグレンが一度目の未来・・・・・・と同じように、皇都を離れてノルウィッチに行ってしまうんだ。

 サイラス将軍だって、同じようにノルマンドに赴任することになるはず。


 結局、僕のしたことは全て無駄だったってこと、で……っ


「マ、マリエット……」

「殿下は、たった一人王国を離れ、すごく頑張っておられます。それは、一番近くで見ていた私が一番よく知っています」

「だ、だけど……」

「皇国なんて、どうなってもいいじゃないですか。あなた様はヴァルロワ王国の第六王子、ギュスターヴ=デュ=ヴァルロワなのですから」


 情けない顔をした僕を見つめ、マリエットがニコリ、と微笑む。

 まるで、僕の心を包み込むように。


「ギュスターヴ殿下……もしよろしければ、私にお任せいただけませんか? マリエット=ジルー、この命を懸けて、あなた様のためにできることをしたいと思います」

「あ……あああああ……っ」


 僕は叫び、マリエットの胸に顔をうずめる。

 こんな情けない僕を救おうと、そんなことを言ってくれた彼女の胸に。


 ずっと……ずっと敵だと思っていた彼女が、僕を救ってくれたのだ。

 今もどす黒い感情に包まれた、この偽りの僕を。


「ギュスターヴ殿下……お慕い、しております……」


 そう言うと、マリエットは僕の頬にそっと口づけをした。

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