揉め事

「……この勝負、俺の負けだ」


 こう言ってはなんだが、まさかグレンが負けを認めるなんて思いもよらなかった。

 最悪の結果……この男をほふることも、覚悟していたのに。


 とはいえ、その前にアビゲイル皇女かサイラス将軍が止めてくれるんじゃないかと、大いに期待してもいたけど……って。


「ギュスターヴ殿下!」

「わっ!?」


 アビゲイル皇女が全力で駆け、僕の胸に勢いよく飛びこんできた。

 思わずサーベルを手放し、彼女を抱きしめる。


「よかった……あなた様が無事で、本当によかった……っ」

「はい……おかげさまで、僕は無傷ですよ」


 真紅の瞳に涙を浮かべ、胸に頬ずりをするアビゲイル皇女。

 そんな彼女の艶やかな金色こんじきの髪を、優しく撫でた。


「ハッハ! さすがは殿下だわい!」

「ギュスターヴ殿下! 圧勝じゃないですか!」

「すげえ!」

「わわわっ!?」


 今度はサイラス将軍、ミック、テリーに囲まれ、アビゲイル皇女もろとももみくちゃにされる。

 でも、こんなに喜んでもらえて、僕は嬉しかった。


 すると。


「グレン卿……」

「アビゲイル殿下……数々のご無礼、申し訳ありませんでした」


 彼女の前にやって来たグレンが、クレイモアを地面に置き、ひざまずいてこうべを垂れた。


「謝罪すべきは私ではなく、ギュスターヴ殿下にでしょう。数々の暴言、不敬な態度、その全てが許しがたい」

「はっ……」


 恐ろしいほど低い声で告げるアビゲイル皇女に、グレイはただ頭を下げて返事をすることしかできない。

 かといって、僕に謝罪することも受け入れられないだろうな。


「アビゲイル殿下、別に彼の謝罪などいりません。それよりも、グレン卿が皇国の矛としてあなたを主君と崇め、尽くすことのほうが大切です」

「で、ですが……」


 納得のいかないアビゲイル皇女は、眉根を寄せて僕とグレンを交互に見やる。

 本当に、僕の婚約者は可愛いな。


「でも、ありがとうございます。僕のことをそんなにも大切に想ってくださって、本当に幸せですよ」

「あう……そ、そのようなことをおっしゃられて、ずるいです……」


 アビゲイル皇女が顔を真っ赤にし、うつむいてしまった。

 というかミック、テリー、そんな顔で見ないでくれ。僕だって、二人きりじゃない時にこんな台詞セリフを言うのは、それなりに恥ずかしいんだよ……って。


「…………………………」


 思いつめた表情のクレアが、無言で訓練場を後にする。

 一体どこへ……。


「す、すみません。ちょっと失礼します」

「あっ」


 僕はアビゲイル皇女達から離れると、さりげなくサーベルを拾って訓練場を出てクレアを追いかける……んだけど。


「どこに行ったんだ……?」


 残念ながら、クレアを見失ってしまった。

 だけど、あの表情……きっと何かあるはずだ。


 僕は周囲を探すも、あの女の姿は見当たらない。


「あ……ひょっとして」


 以前クレアに呼び出された、あの物置小屋。

 ひょっとしたら、そこにいるかもしれない。そう考えた僕は、急いで物置小屋へと向かうと。


「……それで、おめおめと失敗したというわけですか」

「…………………………」


 小屋の中から、話し声が聞こえる。

 一人はクレア。もう一人は、しわがれた声の男。


 でも、中から感じる気配から、少なくとも他に数人いそうだ。


「あなたは、私達におっしゃいましたね。『必ずアビゲイル殿下から、ギュスターヴを引き離してみせる』と。ですが、結果はどうですか? 確実だと言っていたグレン卿とギュスターヴ殿下の試合も、蓋を開ければ第六王子の勝利ではないですか」

「やれやれ。これでは、あの御方・・・・になんと申し開きをすればよいか……」


 あの御方・・・・、ねえ……。

 クレアの背後に何者かがいるとは思っていたけど、皇宮内にこのような連中を出入りさせることができるだけの権力を持つ者となると、かなりの身分……皇族か、そのゆかりの者ということだろうな。


 少なくとも、僕とアビゲイル皇女が一緒になると困る者の仕業ってことになるんだけど、そうすると……。

 手で口元を押さえ思案するが、残念ながら黒幕が思い浮かばない。


 僕が不義の子で、末席の第六王子であることは、皇国においても周知の事実。

 アビゲイル皇女はいわば外れくじ・・・・を引かされたようなものであり、僕の背後にいる王国を警戒こそすれ、一緒になることについては多くの者が気にも留めないだろう。


 だからこそ、なんでわざわざクレアを使って、僕達を離別させようとしているのか……。


「……ところで、このことは誰にも言ってはいないでしょうな?」

「は、はい。誰にも……兄様にも、このことは告げておりません」

「そうか」

「っ!?」


 物置小屋の中から、急に殺気が漏れ出した。

 つまり……この連中、クレアを始末する気だ。


「悪いが、これもあの御方・・・・のためです」


 ハア……馬鹿な奴だな。

 なんでクレアは、こんな怪しげな連中に従っていたんだよ。


 本当に……。


「「「っ!?」」」

「あ、あなたは……っ」


 本当に、僕は馬鹿だ。

 クレアなんて放っておけばいいのに、こうやって揉め事に首を突っ込むんだから。

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