認めた敗北

「僕の、勝ちだ」


 サーベルがグレンの喉元にピタリ、と触れ、僕は告げる。


「ま、まだ……っ!?」

「ほんの少しでも動けば、その喉を貫く」


 どうせ『まだ終わりじゃない』だの、『まだ負けていない』など、そんなことを言うつもりだったんだろう。

 だけど、悪いが僕はオマエが負けを認めるまで何度も剣を交えるとか、そんな悠長なことをする気は毛頭ないんだ。


 たとえオマエが負けを認めなくても、この状態がいつまでも続こうとも、僕はこのサーベルを決して下ろすつもりはないし、動いた瞬間貫くだけ。


 オマエが、負けを認めない限り。


「……言っておくよ。オマエを失うのはアビゲイル殿下の陣営にとって惜しいかもしれないけど、それだけだ。むしろ敵に回るのなら、ここで始末したほうがいい」

「…………………………」


 僕が本気だと分かっているのだろう。

 グレンは睨むが、その藍色の瞳には諦念ていねんの色がうかがえた。


「っ! ギュスターヴ殿下、これはルール違反です! この勝負、寸止め以外は認めないはずではないのですか!」

「だから寸止めじゃないか」

「う……」


 クレアが抗議するが、僕はちゃんとルールに則っている。

 ただし、この男が動けば、そのルールを破るけど。


 そもそも、試合にかこつけてクレイモアで僕を亡き者にしようとしたオマエ達が、それを言うのか。

 ……いや、少なくともグレンは何も言っていないな。


「さて……このままの状態でずっと付き合うんだ。せっかくだから僕の話に付き合え」

「…………………………」

「聞きたいんだが、オマエはどうしてそこまで、僕がアビゲイル殿下の婚約者であることを拒否するんだ?」


 これについては、この男と最初に立ち合った時から疑問だった。

 僕がヴァルロワ王国の第六王子だから、というのも理由の一つではあると思うんだけど、どうもそれだけじゃないような気がする。


 最初、グレンがアビゲイル皇女に懸想しているから、とも考えたんだが、それも違いそう……いや少し、いやいや結構ありそうだけど、とにかく、妹のクレアが彼女に絶対の忠誠を誓っているところも含めて、この兄妹には何か理由があるんじゃないかと。


 まあ、だけど。


「当然、答えるつもりはない、か」


 口をつぐむグレイを見て、僕は肩をすくめた。

 誰しも譲れないものがあるし、たとえ親しい人であっても言えないこともある。


 僕だって、死に戻って二度目の人生・・・・・・を送っていることは、墓場まで持っていくことになるだろう。

 アビゲイル皇女にさえも、秘密にして。


「……一つだけ」

「ん?」

「一つだけ教えろ。貴様は使用人との間に生まれた不義の子で、能無しの第六王子。アビゲイル殿下との婚約も、捨て駒としてあてがわれただけの存在だ」


 質問するだけなのに、言いたい放題だな。事実だから、否定できなくて困るけど。

 でも、グレンのこの言葉はアビゲイル皇女の逆鱗に触れたようで、真紅の瞳にこれ以上ないほど怒りを宿していた。


「貴様にとっても、アビゲイル殿下は政略結婚の相手でしかなく、想いの欠片かけらもないはずだ。なのに、どうして殿下に気があるように振る舞う」


 ああ、そうか。

 この男は、僕がアビゲイル皇女を騙し、いずれ不幸にするのではないかと考えているんだな。


 それで、この僕を排除して彼女が傷つくのを防ごうと、そう考えて。


 ……悔しいが、半分・・当たっているよ。

 一度目の人生・・・・・・では、王国に捨てられて皇国に来て絶望して、彼女の想いに気づきもしないで、挙げ句の果てに聖女達に騙され、あの日・・・を迎えてしまったんだから。


 でも。


「僕の名は、ギュスターヴ。王国に売られたからではなく、自らの意思でヴァルロワの姓を捨て、ストラスクライドの一人としてこの世界でただ一人、アビゲイル殿下の隣に立つ者だ。僕の想いは……僕の全ては、あの日・・・から全て彼女に捧げている」


 そうだ。全ては、アビゲイル皇女のために。

 あの日・・・の続きを、彼女と迎えるために。


「オマエがどれだけアビゲイル殿下を慕っていようが、どれだけ僕のことを嫌い、憎んでいようが、僕のこの想いだけは否定させない……いや、世界中の誰にも、この想いを否定させたりはしない」


 胸に手を当て、静かに……だけど、力強くはっきりと告げる。

 僕の……アビゲイル皇女への、この想いを。


「そう、か……」


 グレンはそう呟くと、視線を空へと向ける。

 この男が今、何を考えているのかは分からない。だけどその瞳は、何か・・を見据えていた。


 まるで、誰か・・に報告するかのように。


 そして。


「……この勝負、俺の負けだ」

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