王国からもたらされた朗報

「うむ! 今日はここまでですな!」

「あ、ありがとうございました……」


 エドワード王との会食から三週間後。

 今日もいつものように、サイラス将軍の訓練を終えて僕は地面にぶっ倒れた。


「やれやれ……そろそろギュスターヴ殿下のお相手もきつくなってきたわい……」

「な、何かおっしゃいましたか……?」

「ハッハ! なんでもありませぬ!」


 いや、絶対に今、僕のことを言っていたに違いない。

 だって、僕の名前が聞こえたし。


 豪快に笑うサイラス将軍をジト目で見つめていると。


「ギュスターヴ殿下!」


 珍しく、マリエットが訓練場にやって来た。

 いつもは王国への報告などで忙しくしていて、部屋に戻ってくるまで僕のことは放ったらかしのあの女が、どういう風の吹き回しだ?


「ハア……ギュスターヴ殿下の専属侍女、マリエット嬢だっけ? 美人だよなあ……」

「ていうか、アビゲイル殿下という御方がいるのに、ちょっと恵まれすぎじゃないか? 理不尽だ」

「聞こえてるよ」


 本当に、騎士達は一切遠慮せずに言いたい放題だなあ。

 僕は呆れ顔で彼等を見やりつつ、マリエットのもとへ向かう。


「どうした?」

「いえ! たまたま・・・・この近くに用事がありましたので、お迎えにあがりました!」

「そう」


 ニコニコと笑顔を振りまくマリエットに、僕は素っ気なく返事して返す。

 僕を籠絡ろうらくするために愛嬌を振りまくところはいつもどおりだけど、それにしても今日は特に機嫌がよさそうだ。


「では、失礼します」

「うむ。では、また明日」


 僕はサイラス将軍にうやうやしく一礼すると、マリエットを連れて部屋へと戻った。


 すると。


「ギュスターヴ殿下、お喜びください! 本国が、アビゲイル殿下への支援を決定いたしました!」

「っ!?」


 満面の笑みで、ずい、と身を乗り出すマリエット。

 僕は一歩後ずさり、息を呑んだ。


 といっても、マリエットの顔が近いからというわけでなく、この女の言葉に驚いてだ。

 まさか、王国がそのような決定をするとは思いもよらなかった。いや、そもそもアビゲイル皇女への支援とは、何をするつもりなんだ……?


「ついては、これから本国より皇国へ正式に書簡が送られることとなりますが、三か月後に使節団が皇都ロンディニアを訪れ、ヴァルロワ・・・・・王族・・の証として『アイリスの紋章』がアビゲイル殿下に授与されるとのことです!」

「おお……!」


 などと驚いたふり・・をしてみるものの、なんてことはない。不名誉・・・を押し付けられるだけじゃないか。

 ストラスクライド皇国の第一皇女が、どうして敵国の王族の証をもらって喜ぶんだよ。


 それどころか、皇位継承争いの真っ最中にそんなことをされたら、逆に王国との関与を疑われるだけだ。


「んふふー、これでアビゲイル殿下の後ろには王国がついていることが大々的に喧伝けんでんできますし、史上初めて、両国で最も高貴な人物として認められるんです! これはすごいことですよ!」

「そ、そのとおりだね」


 ふう……少々面倒なことになってきたぞ。

 とはいえ、この女の話では王国から書簡が届くみたいだし、どうするかはエドワード王が判断するだろう。

 なら、あとはなるようになるか……って。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。今の話では、王国から使節団が来るって……」

「? はい。そのようなことになって……って、ひょっとして」


 マリエットが口を尖らせ、ジト目で僕を睨む。

 これは、どういう意味なんだ? 分からん。


「……やはり、聖女様がいらっしゃるのですから、ギュスターヴ殿下がそのように色めき立つのも仕方ありませんよね」

「っ!?」


 聖女が……セシルが来る、だって……?


「そ、それは本当なのか!?」

「キャッ!? は、はい。王国からの連絡では、そのように……」


 詰め寄る僕に悲鳴を上げ、マリエットはおそるおそる答えた。

 まさか、あの女が来るなんて……。


「そ、その他にも、騎士団長としてフィリップ殿下が聖女様の護衛の任に当たるそうです」

「…………………………そうか」


 僕は、その一言を絞り出すのが精いっぱいだった。


「う、嬉しいのは分かりますが、もう少し私のことも……(ごにょごにょ)」


 マリエットが何か言っているみたいだが、そんなことはどうでもいい。

 とにかく、あの女がフィリップのくずと一緒にやって来る。


 だが……まてよ?

 王国による『アイリスの紋章』のアビゲイル皇女への授与、それを台無しにしてやったら、どうなるだろうか。


 例えば、その式典の場で、連中に恥の一つでもかかせてやれば……。


「あははっ」


 幸いなことに、聖女と一緒にやって来るのは無駄にプライドだけ高い単細胞馬鹿のフィリップ。

 なら、常に見下していた僕に馬鹿にされただけで、すぐに頭に血が上るだろうな。


「マリエット……これは素晴らしいよ。ありがとう」

「むう……お礼を言っていただけるのは嬉しいですけど、少し複雑です……」


 やきもちを焼く演技・・になんて興味は一切ないが、本当によくやってくれた。

 あの日・・・を迎える前に、軽く痛い目に遭わせることができそうだ。


 連中の苦痛と恥辱に歪めた顔を想像し、僕は口の端を吊り上げた。

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