彼女が、何よりも僕を癒してくれた
「ギュ、ギュスターヴ殿下! 大丈夫ですか!」
話を聞いて駆けつけたマリエットが、僕の顔を心配そうに
剣術の訓練は王国にいた時も毎日していたから、皇国に来てこんなことになっているとは思っていなかったんだろう。
なお、アビゲイル皇女は公務のため、既にこの医務室にはいない。
だけど……あはは、僕が何度大丈夫だって言っても、全然離れようとしなかったから、クレアが困った顔をしていたっけ。
「……それで、これがギュスターヴ殿下に……いえ、ヴァルロア王国に対する、皇国の答えというわけですか」
「……申し訳、ございません」
振り返るマリエットに詰問され、医務室の隅で様子を見守っていたクレアが、苦しそうに声を絞り出して謝罪した。
クレアは、アビゲイル皇女の指示で僕を見守っているように言いつけられている……というより、遠ざけられたと言ったほうが正しいかもしれない。
しかも、これが自分のせいではなく兄のグレン……いや、むしろ僕のせいなのだから、ますます恨みを買ったことだろう。僕が。
とはいえ、グレンがやり過ぎたことも事実ではあるんだけど。
「このことは、王国にお伝えした上で、正式に皇国の謝罪を要求します」
鬼の首を取ったような表情のマリエット。
いらない第六王子のおかげで皇国に強気に出られるのだから、さぞや気分がいいのだろう。
僕にしてみれば不快でしかないものの、今回の件で王国に対してある意味『役に立つ』と思わせることができそうだし、これも怪我の功名と言えなくもない、か。
「このようなところに、殿下にいていただくわけにもいきません。すぐにお部屋に殿下をお連れしなさい」
「「は、はい」」
マリエットの指示により、使用人達が僕を担架に乗せる。
「その、私も……」
「あなたは結構です」
ついて来ようとしたクレアを、マリエットが明確に拒絶した。
僕は担架の上で揺られ、クレアの物言いたげな視線を無視して部屋へと運ばれる。
「いいですか、殿下。絶対に安静にしていてくださいね」
着替えを済ませた僕にきつく言いつけると、マリエットは部屋を出て行った。
おそらく、王国に今回の件の報告のための手紙をしたためているのだろう。
「さて……今回の謝罪の見返りに、王国は何を要求するのかな」
マリエットのことだからかなり誇張して伝えるだろうけど、それでも、あまり過度な要求はできないだろうな。
残念ながら、第六王子の僕にそこまでの価値がないからね。精々公式な謝罪と、幾ばくかの金銭を受け取る程度だろう。
「それでも、不利な状況に置かれている王国にしてみれば、溜飲を下げるには充分か」
僕は窓の外を眺め、くだらない王国のことなんかを考えてしまったことを後悔した。
◇
「う……うう……っ」
その日の夜、僕は全身の打撲によって高熱にうなされ、
だというのに、ベッドから降りようと必死にもがいていた。
もちろん、隠し通路を使ってアビゲイル皇女に逢いに行くために。
「あ、あは、は……約束、したからね……」
もちろん、優しく聡い彼女だから、今日僕が来ないことも……いや、むしろ療養のために安静にしてほしいと考えているだろう。
だからこそ、心配させないために少しでも元気になった
――ドスン。
「痛……っ」
ベッドから落ち、痛みで歯を食いしばる。
あとは這ってでも鏡へ向かって、そこから……って。
「ギュ、ギュヅターヴ殿下!」
「あ……」
鏡の裏から現れたアビゲイル皇女が、慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫……ではありませんね」
「め、面目ない……」
小さな身体で僕を抱え、彼女は僕をベッドに戻すと、シーツをかける。
「すごい熱……」
「ご心配には及びません。大分ましになりましたし、明日には元通りです」
僕の顔に手を当て
これ以上、彼女を心配させたくない。
「強がりはおやめください。あなた様がすべきことは、安静にして早くよくなることです」
「あ、あはは……」
ピシャリ、と叱ると、彼女は
冷たくて、気持ちいい……。
「……申し訳ありません。今回の件に関して、あくまでも訓練中の出来事としてグレンへのお咎めはなし、ということになりました」
アビゲイル皇女は悔しそうにうつむくが、当然の結果だろう。立ち合いを望んだのは僕だし、文句なんて言えるはずもない。
何より、グレンは皇国の軍事の要の一人。天秤にかければ、僕よりも彼を選ぶに決まっている。
とはいえ、王国はそれでも抗議するだろうし、皇国もそれなりに謝罪もするだろうけど。
「アビゲイル殿下、お気になさらないでください。そんなことより、僕はあなたがここに来てくださったことのほうが余程大切で、何よりも嬉しいです」
「あう……そ、その、少し遠慮がないように思います」
「あはは、怪我をしたせいで心細くなってしまったのかもしれませんね」
僕は、真紅の瞳で優しく見つめる少女と、二人だけのひと時を楽しむ。
彼女の息遣いが、温もりが、まなざしが、何よりも僕を癒してくれた。
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