第七十二話

 なうろぱさんが取材に来てから数日後、ニュースサイト『NTRL』にフェアリーパラダイスの紹介記事が掲載された。

 店内の様子やスイーツの画像を散りばめつつ、嶋村さんへのインタビューと男の娘メイドの紹介という形で記事は構成してある。その嶋村さんがお願いしただけあって、なうろぱさんは明るく楽しい雰囲気が伝わるような文章を書いてくれた。

 一番気になっていた僕自身への紹介については、このように記してある。


『礼儀正しくも内面は男気にあふれる、TSの王子様。女子だけでなく男子にも大人気!』


 新島との関係や『姉貴』と呼ばれていることまでは書かれていなかったので、とりあえずホッとした。だが店内の状況に詳しい人が見れば、ピンと来るに違いない。


 昼休みの廊下を一人で歩いていたら、後輩女子の二人組が少し遠慮がちに声をかけてくる。

「NTRLの記事見ました。その店に私達も行っていいですか?」

「興味はあったんですけど、とても楽しそうだから行きたくなったんです」

「もちろんさ。来てくれたら歓迎するよ」

 二人は笑顔を花開かせていた。こういった初々しい反応を見ると、僕としても心からのサービスをしてあげたくなる。

「必ず行きます!」

 そう約束して彼女達は去っていった。爽やかな余韻に浸っていると、今度は突撃隊の三人が顔を出す。

 突撃隊も記事は目にしていたようで、それぞれ感想を口にする。だがそれは決してポジティブなものではなかった。

「記事で取り上げられて、あの店が有名になるのはいいことだと思います。けど……」

「今まで私達が先輩を独り占めできてたのに、他の子に奪われそうな気がしますぅ」

「先輩、私達を置いてかないでください~」

 何を言ってやがるんだ、この小娘共は……呆れた気分を抱えつつ、僕は説教する。

「僕はあの店で、君達を含めて客として来てくれた人には、公平に接しているつもりだ。独り占めも置いてけぼりもない。それがわからないわけじゃないだろう?」

 突撃隊はすごすごと引き下がっていった。彼女達だってウブな頃はあったはずなのに、どこでどう間違ってしまったのか……せめて、さっき話しかけてきた二人組の後輩女子には、こうはならないでほしいと願うばかりだ。

 再び移動しようとしたら、次は親衛隊の三人が現れる。

「あの記事見て、きっとお客さんがいっぱい来るはずよ」

「だよね、楽しげな雰囲気が伝わるし」

「徳田さんのファンも増えるよね」

 彼女達は肯定的なことを言ってくれた。突撃隊よりも歳上だけあって、我がままを言わないだけの大人げはあるらしい。礼を述べたら、三人はニヤケ顔になる。

「だって私達には、『王子様からのお姫様抱っこ』という特別サービスが待ってるんですもの」

「こんな特権は私達だけのものだし」

「今、ダイエットに取り組んでるの。成功したら、ハグじゃなくて抱っこしてくれる?」

 こいつらはこいつらで、自分達は特別だという優越感を抱いていたようだ。こっちにしてみれば、突撃隊を含めて六人分の拷問だっていうのに……イラつく気分を押し隠す僕の前で、親衛隊はひたすら不気味に笑い合っていた。


「いってらっしゃいませ、王子様!」

 放課後はいつものように取り巻き達から見送られて、学校を後にした。卒業までこれが続くのかと思うと気が滅入りそうになるが、やめろと言ったところで彼女達がやめるはずもないし、現状に甘んじるしかないのだろうか。

 最寄り駅付近の交差点で信号待ちをしていたら、社交的女子が隣に並んできた。

「記事見たよ。『男気あふれて、男子にも大人気』って、舎弟と一緒にインタビューされたわけ?」

 やはり見抜いてやがる……この女ならそう言うと思っていたから、特に驚きはない。

 それにしても、社交的女子が壁ドンの後で吐き捨てたセリフのおかげで、こっちはいまだに『王子様とは何か?』という問題を引きずっているというのに、当人はというと何事もなかったかのように嫌味な態度で接してくるのが、また腹が立つ。さすがに夏コミケでの一件で、僕の取り巻き達から白眼視されていることを察したのか、彼女らの前では控えめに振る舞うようにはなった。異性である男やTSの僕に対してはいくらでも面の皮が厚くなる彼女でも、同性である女からの敵意には耐えきれないのだろう。

 信号が青になると、嫌でも社交的女子と並んで横断歩道を歩く。渡りきったところで反対側の方から、にぎやかな女子の集団が現れる。

 彼女達は白ブラウスに細い赤リボンタイを付け、グレーのジャンパースカートを着ていた。あの制服は舶用高の近所にある『美幸ヶ丘みゆきがおか女子高校』のものだ。その中央に一際背の高い、周りより頭一つ抜き出た女子がいて、僕は目が行ってしまう。

 ウルフカットなショートヘア、制服から伸びた長い手足は筋肉質でよく引き締まり、周りに合わせて笑っているが精悍な顔立ちをしている。一見して体育会系だとわかる彼女の姿には記憶があった。以前にこの駅前で、大勢の女子から見送られて遠征に出かけていった、ジャージ姿の女子だ。

 僕の視線の先にある彼女を、社交的女子も見つける。

「あら、『美幸ヶ丘の王子様』じゃない。相変わらずの人気ね」

「知っているのか?」

「あんたが王子様になる前から王子様やってる、本物の『女子校の王子様』よ」

 あの時、彼女に抱いた印象は正解だった。

 社交的女子の情報に寄ると、彼女は『さかき七海ななみ』という名前で、僕達と同学年であるという。陸上部に所属し、インターハイなどの競技会では短距離走の選手として常に上位の成績を収めており、将来はオリンピックや世界陸上選手権への出場も期待されているそうだ。

 そんな彼女だからキリッとした容貌と図抜けた体格も相まって、入学した当初から『王子様』として祭り上げられており、その熱狂ぶりは『TSの王子様』である僕とは比べ物にならない……そう社交的女子は締めくくった。

 この女が他校の情報にまで詳しいのは、その性格ゆえにいろんな所を嗅ぎ回っているからだろう。『社交的』という名は伊達じゃない。

 それはどうでもいいが、本物の『女子校の王子様』である榊七海と比べられても、僕は屈辱にも光栄にも思わなかった。むしろ彼女に対して同情すらしていたほどだ。

 TSである僕は取り巻きから『王子様』扱いされて矛盾を感じている。きっと榊七海も女なのに『王子様』と祭り上げられて、似たような思いを抱いているに違いない。そう思うと、まだ面識すらない彼女に向かって『その気持ちはわかる』とまで言いたくなる。

 せめて榊七海が矛盾に押しつぶされて、自分を見失うことがないように……と、僕は心の中で祈っていた。


 記事が宣伝となって、フェアリーパラダイスには新規の客が増えだした。それこそ僕と同年代から年配の人までと、客層は幅広い。ニュースサイトの効果は絶大だと、嶋村さんが大いに喜んでいる。

 客の中には、先日学校で話しかけてきた後輩女子の二人もおり、さらにクラスメイトの男子二人も一緒に連れてきた。この四人は幼馴染みの仲良しグループらしい。

「お嬢様方も御主人様方も、当店にお帰りいただき、誠にありがとうございます」

 応対した僕を見て、男子達が軽くどよめく。

「なんか意外とカッコいいですね。もっとナヨナヨしてるかと思ってました」

「あなた達、先輩に対して失礼だよ」

「徳田さんは、この店じゃ『王子様』なんだから」

 女子達がたしなめていた。

 日替わりケーキセットを注文した後輩達は、ともみさんや絵舞さんからも接待を受けつつ、心ゆくまで堪能してくれた。四人の間では、楽しげな笑いが最後まで絶えることはなかった。

「徳田先輩のおかげで、今日はとっても楽しかったです!」

「こんな面白い店だと思いませんでした。俺達もまた来たいです」

 新規発行されたポイントカードを手にして、後輩達は満足げに店を出ていった。全員が僕個人よりも店全体の雰囲気を楽しんでいたようだし、常連になることはあっても取り巻きや舎弟になったりはしない。そう僕は確信した。


 閉店後、後片付けのために椅子を逆さにしてテーブルの上に乗せていく。

 作業中も、まだ僕は『王子様とは何か?』を考え続けていた。

 フェアリーパラダイスにおいて『王子様』として客にサービスを提供することには、やりがいというか充実感はある。だが、学校で取り巻き達相手に『王子様』を演じることには、最近は違和感を覚えることが多くなった。

 どちらの『王子様』も、最初はそれぞれ向こうから押し付けられたものだ。なのに、この差はどこで生じてきたのだろうか。

 とりあえず思いつくのは、お金というか報酬の問題だ。店長の嶋村さんが給料を払ってくれるから、僕は責任を持って働くことができる。対して取り巻き達は、僕に何を与えてくれるというのか。そりゃ今でも体育の後、顔を洗った僕にミニタオルやウェットティッシュを差し出してくるし、店にも客として顔を出してはくれる。ありがたいと思うべきかもしれないが、割りに合わない気がしないでもない。

 今度はモップで床を拭きつつ、何が『割りに合わない』のかを考え直してみる。

 僕が店で『王子様』として働くのは、接客という仕事のためだ。ともみさんや絵舞さんとはキャラは違うが、客からは同じく『メイド』としての役割だけを求められている。嶋村さんも基本的には、それ以上のことは求めてこない。

 だが取り巻き達は学校において、『王子様』の僕に様々な役割を求めてくる。『自分達だけを特別扱いして欲しい』というのが本音だろうが、その時々で役割を変えられたり、最近ではエスカレートして我がままを押し付けられているみたいに感じられた。それが『割りに合わない』のだと言える。

 苦々しい気分に支配されて、モップを持つ手が止まってしまう。絵舞さんが尋ねてくる。

「お疲れですか?」

「少し疲れたけど、もう大丈夫です」

 再び体を動かし、床掃除を続けた。絵舞さんはクスッと微笑む。

「この後、倉石様とお会いするのでしょうから、疲れてなどいられませんね」

 照れくさくはなったが、確かに彼と話ができると思えば、やっぱり元気は湧いてくる。

 思えば先日の倉石君は、『学校での王子様』を『本当の僕じゃない』と愚痴った僕に、『上辺だけでも演技できるのはすごいことだ』と努力は認めてくれた。それ以外でも彼は折に触れて、色々と僕を励ましてきた。今になってやっと気づくとは……鈍感さに自嘲すると同時に、そんな友達がいてくれることがありがたく思える。

 また倉石君は、初対面の僕を『王子様系僕っ娘』みたいだと思ったらしいが、そういうタイプってあまり男受けしないはずだ。それでも友達になってくれたのは、僕がTSだと正直に打ち明けたからだろう。だから僕は、これからも彼の前では正直でいたい。

 今夜は倉石君にこれまでのお礼として、コンビニでドリンクの一杯でもおごることにしよう。きっと彼は何のつもりかと戸惑うに違いないが、僕がそうしたいと言えば、はにかみつつも受け入れてくれるに違いない。

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