第二節 ハラハラ・ハラスメント
第四十八話
風は、奇妙な吹き方をしていた。昼休みに取り巻きの突撃隊女子達と校庭を歩いていると、巻き込むような風が突然吹き、スカートを揺さぶる。とっさに押さえつけようとしたが、裾は大きくまくれ上がってしまった。
その時の僕は、黒のインナーパンツをはいていた。周囲には幾人かの男子がいたが、目撃した奴もいるかも知れない。下着その物じゃないとはいえ、見られたと思うと、やはりいい気持ちはしなかった。
「先輩も見せパンはいてるんですね。実は私もです」
取り巻きの一人がスカートをたくし上げて、インナーパンツの一部を見せつけた。他の二人も同じように裾をまくってみせる
「私もだよ。これはいてると、見られたって平気だもんね」
「私、体育用のショートパンツはいてきた~」
「君達、はしたない真似はやめなよ」
近くに男子がいるというのに、あまりにも無邪気すぎる彼女達へ、僕はたしなめに入った。だが三人はキョトンとしている。
「どうしてですか? これって下着じゃないから、見られても平気な物ですよ」
「そうじゃない。『見られても平気』だから、『見せてもいい』ってことじゃないから」
続けて彼女達に、いわゆるパンチラに対する男の心理というものをレクチャーする。
「いいかい。男っていうのはスカートがまくれた時にパンツが見えたから興奮するんじゃない。たとえ見せパンでもショートパンツでもアンスコであっても、『スカートの中が見えたこと』そのものに興奮してしまうんだ」
「えーっ、そうだったんですか?」
三人はすっかり目を丸くしていた。
「つまり、『隠れていた物が見えたこと』が嬉しいのだから、わざわざ自分から見せつけるべきじゃない。そこを理解してほしいんだ」
「ってことは、見えたら何でもいいんですか!?」
「見せパンでも喜ぶなんて、男ってどこまで変態なの!」
「ショートパンツじゃなくて、ジャージを裾まくりしててもだめですか~?」
話が変な方向に行きそうなので、軌道修正を試みる。
「君達だって、僕がバイトしてるのを隠していると思いこんで、色々暴こうとしてたじゃないか」
「それは先輩のことが、もっと知りたかったからです」
「僕は隠してるつもりはなくて、あくまでプライベートだから言わなかっただけだ。ともかく、『隠れてるものを暴きたい』という気持ちは男女両方にある。ただ男の場合、パンチラにそういう気持ちを抱いてしまう面もあるのだから、君達も気をつけるように。いいね?」
「はい、わかりました」
恥じ入るような表情で三人はうなずいた。
それにしても、なんでTSの僕が、後輩とはいえ女に向かってスカートにおけるエチケットというか、行儀良く振る舞うことの大事さを説教しなくてはならないのか。これこそ矛盾というべきだろう。
面白くない気分でいた僕に、ショートパンツをはいている女子が関心したような目で見上げてくる。
「先輩が男の気持ちについて、そんなに詳しいなんて、思わなかったです~」
「……僕が朝おんでTSになる前は、男だったことを忘れてないか?」
「あ……」
今度こそ、突撃隊の三人は絶句していた。
放課後になっても、風の吹き方は変わらなかった。
昇降口から校門へ向かっていると、またしても一陣の風が吹き付ける。警戒していたから、素早く裾を押さえることができた。一息ついていると、たまたまそばを歩いていたクラスメイトの男子二人が、下卑めいた笑いを浮かべる。
「恥ずかしがって隠すことないじゃん。元男だろ」
「見られたって減るもんじゃないし」
明らかなセクハラに、思わずムッときてしまい、二人を睨み返す。
「すでにお前らには、ただで他にも見られてるんだから、これ以上見せてやる理由はない」
「俺達は何もしてないぜ。なあ?」
「ああ、どこを見てるって言うんだよ?」
「体育の時、お前らが僕の胸をジロジロ見てること、知ってるんだぞ」
図星を突いてやると、彼らの態度に初めて焦りが見えてくる。
「いや、そんな大きけりゃ、嫌でも目につくし……」
「自意識過剰だって……だから気にすんなよ」
「他にも、僕の体がエロいとか噂してたのも聞いてるぞ。こっちは、お前らの『夜のオカズ』になるために、TSになったわけじゃないんだからな」
さらに追い詰めてやったら、二人の顔が青ざめていく。まだ何か言い訳しようとする彼らに、とどめを刺してやる。
「お前らが夜のオカズで、僕をどんな目にあわせてるんだろうな……きっと口にできないくらい、ヒドいことさせてんだろ?」
二人とも、表情が完全にこわばっていた。直後、悔し紛れに謝罪してくる。
「悪かった。二度とそういうことしないから」
「こっちが間違ってた……もう許してくれよ」
「わかればいいって。とにかく、僕を見て何を考えてもいいけど、口や態度に出すのだけはやめてくれ」
わかった、と言ってから、彼らは立ち去っていった。
セクハラに対してセクハラで応じたのは、効果はともかく、大人気なかったかも知れない。だけど、今までの鬱憤が抑えきれなくて、ついにぶちまけてしまった。
これであいつらも、今後は自重してくれたらいいのだが……などと考えていたら、背中から声がかけられる。
「徳田さん、よくぞ言ってくれました!」
振り返ると、もう一つの取り巻きグループである親衛隊女子三人が、真後ろに控えていた。僕が男子達と、下品なセクハラで応酬していたのを聞いていたらしい。
だが彼女達は眉をひそめるどころか、嬉しそうに僕を取り囲む。
「やっぱり徳田さんも、男からジロジロ見られることを苦痛に感じてたのね」
「男の視線ってホントいやらしくて、私達もうんざりしてたんだから」
「そんな私達のためにも、徳田さんがガツンと言ってくれて……感激です」
三人は一様に感謝の意を表していた。とはいえ、今までのことは自分のためだけにしたのであって、別に彼女達への同情とか苦情を代弁するためにやったわけではない。だから素直に喜ぶ気にもなれなかった。
さらに彼女達は男への不満をあらわにしていく。
「まったく男って、女の胸ばっかり見るんだから、マジムカつくのよね」
「これから夏服になれば、ブラウスから透ける下着も盗み見しようとするし」
「そんなに胸が見たいなら、うちに帰ってママのおっぱいでも見てればいいのに」
こう言っては何だが、僕のEカップもあるバストと比べて、彼女達の胸はかなり控えめなサイズだった。そんなに男達から注目を浴びるほどのものでもないとは思うし、それこそが自意識過剰じゃないのかとさえ言いたくもなる。
だけど、さっきは男子達に『僕を見て何を考えてもいいけど、口や態度に出すのだけはやめてくれ』と言ったのだから、こっちだって彼女達にセクハラするわけにもいかない。あえて黙ったまま、話を聞き流す。
そのうちに突撃隊の三人も集まってきた。六人集まった取り巻き達は、いつものように校門前にて、フェアリーパラダイスへと向かう僕を見送る。
「いってらっしゃいませ、王子様!」
僕にとっては、儀式めいたその見送りこそが、最大のハラスメントにも感じられた。これが男からのセクハラだと、こっちもセクハラで対抗できるが、彼女達は『善意』のつもりだから始末におえない。
「ますます取り巻き達の忠誠心が高まってるね~王子様」
何故か近くを歩いていた社交的女子が、口元を歪めて笑っていた。どうやら僕が男子達とやりあってたところから、ずっと眺めていたようだ。
他人事だと思って面白がりやがって……いまさらながら、こいつの存在もまた一つのハラスメントなのだと、僕は思わざるを得なかった。
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