第三十八話
大盛況を収めた『王子様ゲーム』から一夜明けて、いつものように僕は学校へと向かった。
確かに夕べは色々と大変だったけど、女子達を概ね満足させられたのは良かったと思う。きっと彼女達も、フェアリーパラダイスの常連になってくれることだろう。そういった客が増えることを見込んだ嶋村さんから、『今度のボーナスは弾んであげるわ』と約束してもらえたのは、基本的に貧乏人な僕にとっても嬉しいことである。
昇降口で下足箱に手紙が入っていないのを確認してから、廊下へと歩き出した僕は、信じがたい光景を目の当たりにする。
「おはよう、徳田さん」
「先輩、おはようございます!」
過激派女子達……つまり親衛隊と突撃隊の女子六人が仲違いするどころか、一緒になって僕を出迎えたのだ。
「や……やあ、おはよう」
若干戸惑いつつ、こちらも挨拶を返したら、全員がにこやかに取り囲んでくる。
「夕べはスッゴク楽しくて、いい思い出になっちゃった」
「あの『王子様』の制服、カッコよかったです~」
「ケーキとか美味しかったから、また食べたいなぁ」
「男の娘メイドさん達もカワイイけど、先輩が一番素敵でした!」
「ありがとう。皆が喜んでくれて嬉しいよ」
彼女達は昨夜のフェアリーパラダイスでのことを、色々と話しかけてきた。それに答えている僕を、通り過ぎる生徒達が奇異の目で眺めていく。ただ一人、社交的女子だけが面白がって観察していた。
やっと彼女達から開放されて、自分の教室に入ってから一息ついてると、今度は社交的女子がニヤつきながら寄ってくる。
「ついにハーレムが完成したね。おめでとう、王子様!」
「何がハーレムだ。悪役令嬢」
ややムッとした気分で応じたら、彼女がキッと睨みつける。
「おだまり。その名前で呼ばないで」
「だったら、お前も王子って言うな」
「私が言わなくても、あの子達はそう呼ぶと思うけどね。ともかく、あんたとしては望んだ結果になったんだし、不満はないでしょ?」
「こっちとしては、単にケンカとかをやめさせたかっただけで……ていうか、なんであの子達はいきなり仲良くなってんだ?」
疑問を口にした僕に、したり顔で彼女が解説する。
「元々あの子達って、あんたがラブレターに返事しなかったり、つれない態度だった時でも、諦めずに慕い続けてきたわけだし、そんなあんたからあれだけもてなされたなら、今までの思いが報われた気がして、完全に心酔しちゃったんだよ」
「だからって、あんなに変われるものかよ」
「あんたはもう、彼女達からは共有されるべき存在になったんだから、これ以上は互いに争わず、あんたの取り巻きになろうって決まったんじゃないの」
この女の言ったことが真実かどうかは、僕にはよくわからなかった。
彼女達の派閥争いとかが無くなったのは、確かにいいことではある。けれど、ここまで態度が変化してしまうとは、僕の想像を超えていた。
だが変化したのは、それだけではなかった。
体育の授業が終わり、僕が手洗い場で汗を洗い流していると、親衛隊と突撃隊の女子が一人ずつ、同時に現れる。
「これで顔を拭いてね」
「脇とかの汗はこれを使ってください」
それぞれミニタオルと消臭効果があるウェットティッシュを差し出してきた。今までなら、互いに張り合って、我先にタオルとかを持ってきたのに、一体どういうことなのか。
「ありがとう……今日は一緒なんだね?」
困惑気味に僕が受け取ると、二人は目配ししつつ笑い合う。
「これからは徳田さんのお世話を、全員が分担してすることに決めたの」
「先輩がホントに必要な物だけを、私達は提供します。これだって、大切なお金の使い方ですから」
いつの間にか、そんな役割分担ができていたことに、またしても驚かされた。
「あの子達、マジであんたの『秘書』と『メイド』になりきってるじゃん」
またしても社交的女子が口元を歪めて笑っていた。その表情が小憎らしくて仕方ない。
昼休みになれば、またしても過激派女子達が僕を取り巻いてきた。僕は廊下で、彼女達のお相手する羽目になる。
「あの店で『王子様』役を演じてるのは、自分で決めたことなの?」
「いや、店長さんからのアイディアなんだ」
「身のこなしとか言葉遣いが、完全に王子みたいでしたよ」
「ああなるまでには、色々厳しく特訓させられたものさ」
彼女達は、普段の僕がフェアリーパラダイスにおいてどんな風に働いているのか、興味津々だった。そこで親衛隊の中の一人が、昨日発行してもらったポイントカードを取り出してみせる。
「これが満点になったら、『王子様からの壁ドン』をしてもらえるって聞いたけど……本当にしてくれるの?」
「そういう事になってるけど、まだ誰からもリクエストされてないよ」
それを聞いて、今度は突撃隊女子の一人が手を上げる。
「私、その初めてになりたいです!」
「ちょっと、抜け駆けは許さないよ。私だって狙ってるんだから」
親衛隊女子が反発するが、突撃隊女子はひるまない。
「先輩が壁ドンしてくれるなら、毎日でも通います。それに、これはお店の売上にもなることです」
「あなた一人の売上だけで、あの店が儲かるわけないじゃない!」
「まあ待ちなよ。店に来てくれること自体は、歓迎するから」
また意地の張り合いによる争いが再発しそうになったので、やんわりとなだめに入った。
「実は一度だけ、特別なお客様のために壁ドンしたことはあるけど、あんまりいい気持ちはしなかった。壁ドンって、脅迫みたいなものだからね。サービスとはいえ、君達にはそんなことしたくないのが本音だ」
今の自分が巧言令色していることを自覚しつつ、僕は彼女達へと語り続ける。
「昨日の『王子様ゲーム』のように、お客様には親切にもてなす方が、僕にとっては望ましいことだ。だから君達のポイントが満点になったら、こっちの方をリクエストしてくれると嬉しいな」
僕が『王子様』としての接客で鍛えられた微笑みを向けると、彼女達の表情が緩みきってしまう。
「わかった。私だって『壁ドン』より『王子様ゲーム』の方がいい」
「やっぱり怖い王子様より、優しい王子様の方が好きですぅ!」
全員がうなずいているのを見て、多少の後ろめたさは感じつつも、僕はホッとしていた。でも、心にもないことばかりを言ったわけではない。特に『壁ドンをしたくない』というのは、全くの本心だ。
そもそもあれは、遊井名田先生へ粗相をしてしまったお詫びに、そのリクエストに応じたことであって、それを嶋村さんが僕の同意も得ずにサービスとして決めたのだ。やらないですむのなら、それに越したことはない。幸いなことに、何人かいる女性の常連客でも『壁ドンを狙ってる』という人はいないようだ。それとは別に、よっしーさんとオカチャンさんという、超が付くほどの常連客だけが壁ドンを望んでいるが、彼らは男なので最初から対象外である。
こうして過激派女子達の派閥争いを抑えることには成功したわけだが、それと引き換えにというべきか、僕が『男の子メイド喫茶』でアルバイトしていることを、学校の連中にも隠しておけなくなった。
「徳田、男の子メイド喫茶でバイトしてるんだって?」
「お前の取り巻き達が噂してるぞ」
教室の掃除当番だった僕に、同じ当番役の男子達が尋ねてきた。そばにいた社交的女子が、『私はバラしてないよ』という風に唇を動かしている。
きっと彼女らは宣伝のつもりで、それぞれのクラスで僕のことを噂したのだろう。けど今日の内に、こいつらの耳に入るとは、あの子達はよほどの勢いで吹聴したのかもしれない。ありがた迷惑だけど、人の口に戸は立てられないというやつだ。
「まあね……色々あって、そこで働いてる」
渋々という感じで認めたら、奴らは興味丸出しであれこれ質問してくる。
「お前もメイド服着て働いてるのか?」
「いや、僕はTSだから逆に男っぽい格好だ」
「なんだ、スカートじゃないのかよ」
「そういうコンセプトなんだよ」
「『おかえりなさいませ~』とか言って、甘い声出したりする?」
「だから、僕は男っぽい役で、普通の声で話してる」
「やっぱり、そっち方面の趣味の人ばかりが来るのか?」
「普通の客ばかりだ。男の娘がコスプレしてるだけで、それ以外はただの喫茶店だし」
「『萌え萌えキュン』とかやるんだろ? あれ、やってみせろよ」
「お前らが店に来て、金払ってくれたら、いくらでもやってやる」
適当に答えつつ、なんとか掃除を終わらせた。帰り支度をしていたら、同じく当番だった男友達がそばまで来る。
「お前がそういう店で働いてたのは知らなかったけど、そういうことも態度とかに影響してたんだな」
「あんまり自覚はなかったけどな。それと、お前に嘘ついてたんじゃないぞ。あえて言うほどのことでもないと思っただけさ」
「それはいいんだよ……でも、お前が『王子様』って役をやってるのは、マジなのか?」
「それもコンセプトさ。まさか、店にまで見に行きたいとか言わないよな?」
彼は苦笑いで首を横に振った。
「俺は、王子とか男の娘には興味ないから……女装じゃなくて、キレイな大人のお姉さん達が働いてる店なら、ぜひ行きたいけど」
「そういうのはカフェバーと言って、酒とかも出すから、高校生じゃ入れないぞ」
「わかってるって。ああ、早く成人になって、そういう所に堂々と入れるようになりたいぜ」
本当にこいつは大人の女性が好みのようだ。まあ人の趣味はそれぞれだから、こっちがどうこう言う問題ではない。
校舎を出てから、フェアリーパラダイスに直行しようと歩き出した僕を、親衛隊と突撃隊の女子全員が校門前において、今朝と同様の笑顔で待ち構えていた。
「私達がお見送りするね」
「今日もお仕事頑張ってください!」
「ありがとう。でも、わざわざこういうことまでしなくてもいいんだぞ」
一応はそう言ってみたが、彼女達は聞き入れてくれそうもない様子だ。
「私達だってホントは、今日もあの店に行きたい……けど、お金がなくて」
「だから、これくらいはしてあげたいんです!」
「昨日、私達が帰る時、徳田さんは『いってらっしゃいませ』と見送ってくれたから」
「それが嬉しくて、私達もそうすることに決めました」
これだって十分にありがた迷惑であるが、彼女達には悪意がないのだから、ますます始末に負えなかった。
「……わかったよ。じゃ、行ってくるから」
僕は諦めた気分を抱えつつ、手を上げてから立ち去ろうとした。彼女達が一斉に呼びかける。
「いってらっしゃいませ、王子様!」
普段は店で、僕が客を見送る時に言うセリフだったが、こんな形で自分に声かけられると、恥ずかしさに顔中が熱く火照っていくのを感じる。しかも通りがかりの生徒達まで、クスクスと笑われてしまった。
彼女達がケンカをしなくなったのはいいとしよう。僕がフェアリーパラダイスでバイトしてることを噂したのも、店の宣伝に繋がるということで、なんとか我慢できる。だけど『お見送り』という行為は、まるで恥をさらされてるみたいで、もういたたまれない。
今後は、ほぼ毎日こういうことが続くのかと思うと、これから仕事に打ち込まなくてはならないというのに、どうしても憂鬱な気分になっていくのであった。
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