第三十七話
今までの三人の女子達の反応から、嶋村さんはポジティブな感触を得たらしく、自信満々に進行を続ける。
「ここからは、男性の御主人様に挑戦していただきましょう。よっしー御主人様、お願いいたしします!」
常連一号であるよっしーさんの席へ、ともみさんがくじ箱を持っていく。
「今回はお嬢様向けということで、女のキャラばかり入ってますけど、そこはご勘弁くださいね」
「構わないよ。さ~て、何が出るかな何が出るかな……これだ!」
そう言ってよっしーさんがくじを開封した途端、目をパチクリとさせる。
「なになに……『エルフ』? 種族の?」
「ファンタジーが好きな人のための役です。最近のアニメでも人気ですから、取り入れてみました」
今回、くじにどんな役名を書き込むかを相談した時、ほとんどは嶋村さんの発案だったが、悪役令嬢とエルフを入れようと提案したのはともみさんだ。
「確かにあのアニメ、オレも見てるけど……う~ん」
絵舞さんから長く尖った耳の付いたヘアバンドを付けてもらったよっしーさんが、腕組みして唸っていた。そこへ常連二号のオカチャンさんがささやく。
「エルフだったら、無口ですました顔してれば、それっぽい雰囲気出せるだろ?」
「だよな……これがゴブリンだったら、ギラついた顔で『グフフゥ、先程まで一国の王子だったとは思えぬ、はしたない格好ですな』とか、言わなきゃならないわけだし」
「そんなセリフ、お嬢様達の前で口にしたら、炎上案件だぞ」
「よっしー御主人様、ご準備できましたら、前の方までお願いします」
嶋村さんに促されて中央にやってきたよっしーさんは、無表情を装いつつ席に腰掛けた。僕はトレイに載せたホットコーヒーを運ぶ。
「御主人様、コーヒーでございます」
「……」
相手は無言のまま、一口すする。
「いかがでしょう? お味の方は」
「……」
小さくうなずいてみせたよっしーさんに、僕は一礼する。
「ご満足いただけたようで、何よりです」
「……」
「他にご注文は、ございますか?」
「……」
今度は、わずかに首を横に振った。観客である社交的女子達は、よっしーさんの演技を見て、神秘的と言うよりもシュールさを感じているのか、力のない笑いだけを浮かべている。
「では失礼します。ごゆっくりどうぞ」
「……」
最後までよっしーさんは無言を貫いた。
「ありがとうございました。エルフの方はいかがでしたでしょうか?」
嶋村さんに問われると、エルフ耳のよっしーさんは盛大に溜息を吐き出す。
「せっかくこの店まで来たのに、王子様達とおしゃべりできないなんて、これほどの苦行はないと思った。二度とエルフだけはやりたくないよ」
「わかりました。これは不評ということで、何か別の役をご用意したいと思います。ご協力ありがとうございました」
エルフの評判がよくなかったことで、ともみさんもやや残念そうな顔をしていた。
よっしーさんに続いて、今度はオカチャンさんがくじ箱に手を入れる。
「女役はともかく、せめて人間の役がいいな~」
「異種族はエルフだけですから、もう大丈夫ですよ」
ともみさんから保証されてくじを引いたオカチャンさんが、開封して中身を読み上げる。
「え~と、『女戦士』だって?」
「はい、ファンタジーによく出てくる、屈強な女の戦士です」
「またファンタジーか……もしかして、ビキニアーマー付けちゃう?」
「流石にそれは用意できませんので、ヘルメットだけを被ってください」
絵舞さんが持ってきたのは、全体が真っ赤に塗られた、紙製のヘルメットだった。天辺には鶏冠みたいな突起があり、鳥の翼のような白い羽根が耳のあたりに生えている。これはともみさんが手作りした、元々はコスプレ用の小道具である。
それを被ったオカチャンさんが皆の前に出ていくと、嶋村さんが役の説明をする。
「この『女戦士』は王子様との一騎打ちに敗れて、捕虜となってしまいました。それを王子様が『敵ながらあっぱれである』として、寛大な態度で接する……という形で、おもてなしいたします」
「……そうか! アレをやればいいんですね。わかりました~」
何かピンと来たらしく、オカチャンさんは何度もうなずいていた。そして僕が前に立つと、彼は床にあぐらをかいて両手を後ろに回し、悔しげな表情でこちらを見上げて、裏声みたいな甲高い声を出す。
「くっ……殺せ! 辱めを受けるくらいなら、死んだ方がマシだわっ!!」
唐突ながらも迫真の演技に、女子達はおーっと感心の声を上げていた。僕は片膝を付くと、相手の肩に右手を置く。
「わたくしは
「私を釈放するって言うの? そんなことをすれば、今度こそお前を倒すまで戦うわ!」
「
「大した自信ね。それが命取りになるかもしれないのに」
オカチャンがぷいと横を向いた。僕はその顎を持ち上げると、こちらへ向けなおす。
「わたくしは
「私は敵なのよ? そんな私を部下にしたいだなんて、どこまでお人好しなのかしら」
「たとえ
「王子……あなたという人は! くうぅぅぅ~」
悔しさの中に微妙な感情をにじませつつ、オカチャンさんがうめいていた。
「熱演ありがとうございます。オカチャン御主人様に拍手をお願いします!」
嶋村さんからの呼びかけで、今までの中で一番盛大な拍手が湧き上がる。オカチャンさん本人も立ち上がると、観客に向かって何度も頭を下げていた。
「いやぁ壁ドンは無理だけど、王子様から顎をクイッと持ち上げられるなんて……この店の常連になってよかった~!」
「オカチャン御主人様が、こんなに演技力のある御方だとは思いもよりませんでした。芝居の勉強をなされてたのですか?」
そう嶋村さんに質問されたオカチャンさんは、恐縮したように首を横に振る。
「実は昔から女戦士のくっころ……じゃなくて、女戦士が主役の漫画やラノベが好きだったんです。はい」
「なるほど、そのシチュエーションを自分で再現してみたというわけですね。ご本人も満足していただけたみたいですし、この『女戦士』という役は今後も採用していこうと思います。ありがとうございました」
席に戻ったオカチャンさんは嬉々とした笑顔のままだ。隣のよっしーさんは、自分の『エルフ』役が不本意な結果だったこともあり、頬杖ついたままで、ぶすっとしている。そんな二人の表情の差が、とても対照的だ。
この後も『王子様ゲーム』は続き、残りの親衛隊と突撃隊女子四人を、僕は相手にした。
親衛隊女子その二、役名は『幼馴染』。王家に仕える下級貴族の娘だが、王子とは幼い頃に結婚しようと約束をしていた。
「あの時、君と約束したね。『大人になったら結婚しよう』と……その約束を今、果たそう!」
「徳田さん……いえ、王子様~!」
突撃隊女子その二、役名は『町娘』。城下町に住む平民の娘で、お忍びで街に出てきた王子と出会い、恋に落ちていた。
「わたくしと
「先輩……じゃなくて、王子様ぁ!」
親衛隊女子その三、役名は『魔女』。宮廷で働く女官で、魔女であると嫌疑をかけられてしまうが、真実を見抜いた王子から助けられる。
「
「そうです。徳田さん……王子様のことが、何よりも大事ですから!」
突撃隊女子その三、役名は『外国の姫』。それまで敵対していた国から、同盟のために政略結婚で嫁いできた、世間知らずのお姫様である。
「
「私も先輩を……王子様だけを信じてますぅ!」
こうして残りの四人も、僕の演技によるおもてなしには、大いに満足してくれた。
最後に残ったのは、社交的女子の友人AとBだ。ここからは趣向を変えて、友人Aにはともみさんが、友人Bには絵舞さんが、それぞれに相手をすることとなった。昼間の学校で彼女らに約束したことを、こういう形で果たしたわけである。
「ボクは『男の娘の王子様』として、お嬢様をおもてなしいたします。何でもご用命ください」
「ともみ王子様、□□の今月限定イベの攻略情報、お願いします!」
「いきなりそれですか? では、最初に……」
ゲームオタクな友人Aからのリクエストに、ともみさんは懇切丁寧に情報を提供していく。
「私は王子ではなく、『男の娘のお姫様』でございます。それでよろしいでしょうか?」
「はい! あの……絵舞姫様と呼んでもいいですか?」
「どうぞ、お好きなようにお呼びくださいませ」
友人Bは絵舞さんとおしゃべりできるだけで楽しいので、王子とか姫とか関係なく、それで満足してるようだ。
「これにて、王子様ゲームの一切を終了いたします。皆様、ご協力ありがとうございました!」
嶋村さんの閉会宣言で、フェアリーパラダイスの店内に拍手が鳴り響いた。その後、僕は親衛隊と突撃隊の女子達全員に、礼を言って回る。
「今夜はゲームに協力してくれて、誠にありがとうございます」
「こんなに楽しい所だなんて、全然知らなかったです。また来てもいいですか?」
「もちろんです。普段はもっと落ち着いた雰囲気で、お嬢様達をおもてなしいたしします」
僕がうなずくと、彼女達は歓声を上げた。
社交的女子はともかく、突撃隊と親衛隊の中心的存在であるそれぞれの女子に対して、現実に起きたことをセリフに交えて応対するようにとアドバイスしてくれたのは、『王子様ゲーム』の発案者本人である嶋村さんだ。皆が見ている中で、おもてなしという形をとって個別に語りかけたならば、彼女達は嫉妬から来る意地の張り合いをせずに、素直に聞いてくれるだろうというのが、その目論見だった。
そのために嶋村さんは、たとえどんな役が出ても、それなりに対応できるよう、細かく想定問答集を作成してくれた。それを頭の中に叩き込むべく、僕は仕事の合間に何度も読み返したものだ。
さらに、王子様らしく振る舞うよう演技指導してくれたのは、ともみさんである。元演劇部だけあって、それはそれは厳しいものがあった。ちなみに絵舞さんは手先の器用さを生かして、小道具の用意などを手掛けてくれた。
ともかく、ストレートにたしなめたり、コンコンとお説教したところで、今までの彼女達は僕の言うことを聞いてはくれなかった。だけど、こういったゲームを通じて、これほど彼女達が受け入れてくれるとは、僕の想像を超えていた。
改めて僕は嶋村さんの発想というか、その策略の鋭さに舌を巻くしかない。
八時から十数分も過ぎた頃、やっと遊井名田先生が来店した。
「来たわよ」
「お帰りなさいませ、先生」
まずはいつものシナモンミルクティーを提供して、しばらく経ってから社交的女子をそばへと連れて行く。
「先生とまたお会いできて嬉しいです」
王子様ゲームの『悪役令嬢』を演じていた時とは打って変わって、彼女は神妙な態度で先生に対し、小説の感想を述べていた。前回もそうだったが、この鮮やかなまでの変貌ぶりに、こいつは二重人格じゃないのかとまで疑問を抱いてしまう。
最後に社交的女子は、ものすごく言いにくそうな表情で付け加える。
「あの……私、ストーカーじゃありませんから」
「え? 何のこと??」
キョトンとした先生を見て、彼女はハッとした後で、僕を睨みつけた。先程、悪役令嬢の回で『ストーカーまがいの女子である』と僕が先生に告げ口した……というのは、場を盛り上げるためのアドリブだったのだ。まあ、この女にはいつもからかわれているのだから、これくらいは仕返ししておきたかった。
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