第三十六話
MCである嶋村さんが、店内の客全員に向けて、晴れやかな笑顔で宣言する。
「それでは、これより『王子様ゲーム』を開催いたします!」
拍手が響く中、嶋村さんは中央のテーブルにいる社交的女子の前に歩み寄った。
「最初のくじは、来店二度目のお嬢様からお引きください」
「私から? こりゃ楽しみだ~」
指名された彼女はウキウキした調子で、ともみさんが差し出す箱の中に手を入れて、三角に折られたくじを一枚引いた。早速開いて内容を確認した途端、彼女が眉をひそめる。
「『悪役令嬢』……なにこれ?」
「それは、先生の新作に登場するキャラからいただいた役柄ですよ」
ともみさんからそう説明されても、彼女は納得いかない様子だ。僕としては、これほど彼女にぴったりな役名もないだろう……と内心で思った。
「では、お嬢様は『悪役令嬢』という役柄で、王子様がご奉仕いたします。どうぞこちらへ」
社交的女子は嶋村さんによって、店内の中央にある席へと招かれた。さらに絵舞さんが、金髪縦ロールのウィッグを持ってきて、彼女の頭に被せてやった。そこへ僕が歩み寄って、一礼する。
「お嬢様、お手柔らかにお願いいたします」
「悪役なら、こう言えばいいんでしょ……勘違いしないでよね。あんたのことなんか、なんとも思っちゃいないんだから!」
「それでは、ただの『ツンデレ』でございます」
「おだまり! さっさと奉仕しなさいよ」
観客達からクスクスと笑い声が上がる中、椅子に腰掛けた社交的女子は、縦ロールを指で弄びつつふんぞり返っている。こいつも本当にノリのいい奴だ。
「先生から先程、連絡がございまして、来店は少々遅れるとのことです」
「しょうがないわね。でも、ちゃんと来てくれるんでしょう?」
「先生もお忙しいようですが、約束は守る御方です」
「この店に来る最大の楽しみが、先生とお会いできることにあるんだから、これからも私のためにサービスするのよ」
「承知しました。それと先生も、先日お嬢様とお話した際に、かなり印象的だったとおっしゃっていました」
「何ですって!? なんて言ってたわけ?」
社交的女子が身を乗り出してきた。大ファンである先生から、自分がどう思われているのか、とても気になるようだ。
「はい、あれほど詳細に感想を述べてくれたので、自分の小説をよく読んでくれているのがわかって、とても嬉しかった……とのことです」
「先生が褒めてくれたなんて……ファンになってよかった!」
すっかり舞い上がっている彼女に、僕は笑顔で付け加える。
「それと、『普段の彼女はどんな感じか?』と尋ねられたので、『いつもわたくしの周囲を監視して、ついにここで働いていることまでつきとめた、ストーカーまがいの女子である』とお答えしておきました」
「余計なことまで吹き込むんじゃない!」
彼女がいきり立つと、周りの女子達は大爆笑していた。脇で見ていた嶋村さんや、隣のともみさんと絵舞さんも、笑いをこらえている。
「わたくしは事実を申し上げただけです。それと先生も『実に面白い子ね』と、微笑ましく感じておられたようです」
「ぐぬぬ……と、ともかく! 二度とそんなことしゃべるんじゃないわよ」
「承知いたしました。お嬢様」
湯気を上げている社交的女子に、僕は軽く頭を下げた。
「はい、そこまで。ありがとうございました!」
嶋村さんが中央に戻っていくと、観客から歓声と拍手が上がった。
「いかがでしたか? 『悪役令嬢』としておもてなしされて」
感想を求められて、社交的女子はウィッグを被ったまま、複雑そうな表情を浮かべている。
「先生から褒められたのは嬉しいけど……私としては、普通のお嬢様として扱われた方がマシだって思いました」
「ご意見ありがとうございます。では続いて、そちらのお嬢様、お願いいたします」
嶋村さんが指名したのは、突撃隊の女子で、初めて僕にミニタオルをプレゼントしてきた子だ。ともみさんが持っていった箱からくじを取り出した彼女が、不思議そうにして中身を読み上げる。
「『メイド』って、書いてあるけど……?」
「ボク達と同じ、メイドという役柄です」
簡潔なともみさんの説明に続いて、絵舞さんが自分の被っているカチューシャと同じ物を、彼女にもつけさせた。
中央へと招かれた突撃隊女子に、嶋村さんが役の解説をする。
「今からあなたは、『王子様に使えているメイド』という役柄になります。そこへ『王子様が感謝のご奉仕をする』という設定で、おもてなしいたします」
「私が先輩から?」
「先輩ではなく、王子様と呼んでくださいね」
「はい……よろしくお願いします!」
突撃隊女子は僕に向かって頭を下げた後、初めてミニタオルを差し出した時と同じように、照れくさそうに微笑む。そんな彼女を中央の席に座らせると、僕はおもむろに語りかける。
「君がいつも、僕のために親身になって働いてくれることには感謝しているよ」
「いえ、私はせんぱ……じゃなかった、王子様のためを思って尽くしてます」
「それは嬉しい。だけど、身銭を切ってまで尽くしてくれなくてもいいんだ。そこまで負担をかけるのは、僕の本意ではないのだから」
「で、でも私……」
彼女が恥じ入るようにうつむいてしまった。その肩に、そっと手を置く。
「僕もこの店で働くことで、お金の稼ぐことの大変さを知った。だからこそ、お金は大切に使うべきだと考えるようになった」
「王子様……」
見上げる彼女の瞳が、わずかに潤んでいる。
「だから君にも、その大切さを理解してほしいし、お金を使うことだけが、自分の気持ちを表すことだと思わないでほしい……わかってくれるね?」
「はいっ! 私が間違ってました……気づかせてくれて、ありがとうございますぅ!」
突撃隊女子が感極まったところで、嶋村さんが拍手した。続いて観客もパチパチと手を叩きだすが、親衛隊の女子達からは嫉妬混じりの冷たい目線が、彼女に向けられている。
「お疲れさまでした。いかがでしたでしょうか?」
「なんだか……ホントに先輩から優しくされたみたいで、嬉しかったです~!」
表情が緩みきった彼女とは反対に、親衛隊女子達の顔が険しいものになっていた。そのうえ、歯ぎしりする音まで聞こえそうだ。
「今度は、こちらのお嬢様にお願いいたしましょう。どうぞ、くじをお引きください」
その親衛隊の中から、僕に廊下で話しかけてきた女子を 嶋村さんが指名した。彼女は自分が引いたくじの中身を見て、首をかしげる。
「『秘書』……? これって会社とかの?」
「そうです。社長や政治家とか、そういった偉い人の仕事のお手伝いをする役柄ですよ」
ともみさんが説明したが、高校生の彼女にはピンとこないようだ。そこへ嶋村さんが付け加える。
「その役は、本来は社会人のお客様向けの役柄として設定したものです。今回のイベントは、今後へのテストも兼ねていますので、どうかお引き受けくださいね」
「はあ……わかりました」
もっと自分に身近な、または理解できる役柄を当てたかったのだろうが、嶋村さんから言われれば、彼女もうなづくしかないようだ。
その嶋村さんが親衛隊女子を中央のテーブルに着席させると、改めて役柄を説明していく。
「あなたは『王子様の秘書』という役柄です。日頃のあなたの働きぶりに、王子様がねぎらいの言葉をかけてくれる……そういった形で、おもてなしいたします」
「では、こちらをおかけください」
絵舞さんが持ってきたのは、横長で四角張ったフレームの、大人っぽいイメージのあるメガネだった。社会人向けの役柄だから、それらしさを演出するための小道具である。それをかけると、確かに彼女も大人びて見えなくもない。
彼女の隣に立った僕は、相手の目を見つめてから口を開く。
「今まで君は、僕のために色々と働いてくれた。その気遣いには、とても感謝している」
先程の突撃隊女子には優しい言葉遣いを心がけたが、彼女にはやや硬い口調で臨んでみた。それに応じるかのように、相手も表情を少しだけ引き締める。
「私も徳田さん……いえ、王子様のそばで働けて、とても嬉しかったです」
「君が仕事熱心なのは、真面目な性格の表れだとは思っている。だが、あまりにも仕事に集中しすぎて、周りへの気配りに欠けるところがあるのではないかな?」
「そんな! 私はただ……」
今のセリフに思い当たることがあるらしく、彼女は悲しげに眉を寄せた。そこで僕は表情を和らげる。
「かつて君は、僕に面と向かって気遣う言葉をかけてくれた。手紙ならともかく、初めてそんなことを言われて、僕も嬉しく思ったものさ」
「そうだったんですか……」
「あれが君の、本当の姿なのだろう? ならばその優しさを、ほんの少しでいいから他人にも分けてあげてほしい。君が誰かといがみ合うのを見るのは、僕には忍びないのだから」
「すみません。私ったら、意地を張りすぎでした」
うなだれた彼女の前で、僕は腰を下げると、相手の両手を自分の手を重ね合わせる。
「君のような女性がいてくれて、僕は救われた気持ちがした。改めて、あの時の礼を言おう……ありがとう」
「王子様~!」
僕から見上げられた親衛隊女子が、一気に華やいだ表情へと変化した。なんだか瞳の中にハートマークまで浮かんでいるようだ。
「はーい、お疲れさまでした。皆様、拍手をお願いします!」
喝采まで上がる中、まだ興奮冷めやらぬ彼女へ嶋村さんがインタビューする。
「いかがでしたか? 大人向けの役でしたから、難しくなかったですか?」
「いえ、こんなおもてなしされて、すごく感激でした。またやってみたいです!」
「ご満足いただけて何よりです。ありがとうございました」
元の席に戻っても、親衛隊女子は浮ついたような目つきをしていた。一緒の席にいた女子達も『大丈夫?』とか言いつつ、顔を覗き込んでいる。
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