第二節 王子様ゲーム

第三十五話

 嶋村さんが出したアイディアを具体的な形にするべく、僕はともみさんや絵舞さんと協力して、開店前と閉店後の時間を使って様々な準備に取りかかった。ともみさんと絵舞さんは嫌な顔をするどころか、心底面白がりながら、積極的に手伝ってくれた。

 一方で、過激派(親衛隊及び突撃隊)の女子達による僕のバイト先を探る動きは活発化し、放課後には尾行までするようになっていた。最寄り駅の一つ手前で降りてから、毎日違う道を経由して出勤するといった方法で隠してきたが、彼女達も執拗であり、時にはフェアリーパラダイスのあるビルの近くまで迫ってきたこともあったりする。

 これ以上は誤魔化すのも難しくなってきた頃、やっと嶋村さんのアイディアを実行に移す準備が整った。

 

「今日は、あの店に行くからサービスしてよね」

 午前中の休み時間、教室にいた僕に社交的女子達が話しかけてきた。これはいいタイミングだ。

「実は今夜、先生が来ることになってる」

「マジ!? 何時に来るわけ?」

 遊井名田先生の話題となると、社交的女子が一段と目を輝かせる。

「八時過ぎの予定だ。ともみさんに頼んで、話ができるようにしてやろう」

「気が利くじゃない。楽しみにしてるからね」

 友人AとBにも、それぞれともみさんと絵舞さんから優先的にお相手させることも約束した上で、今度は僕から切り出す。

「その代わり、お前達に頼みがある」

「あんたの取り巻き達を連れてこいとでも言うの?」

「そうだ。かげき……いや、あの子達全員を一緒に店まで連れてきてほしい」

「はあ!? あんた、わざわざ自分からトラブルを持ち込むつもり?」

 彼女達は目を丸くしていた。冗談のつもりで言ったんだろうが、ここまで思い切ったことをするとは、想定外だったようだ。

「これは店長さんから頼まれたことなんだ。お前らも含めて、全員を店に招待しろということで」

「私達まで? 一体、何を企んでるの?」

「それは店に来てからのお楽しみだ。今はこれ以上言えない。ともかくサービスしてやるんだから、これくらいはしてくれるよな?」

 念を押すと、社交的女子は腑に落ちない様子ながらもうなずいてみせる。

「……わかった。先生とお話できるなら、やってあげる」

「頼むぞ」

 エサをちらつかせた以上、社交的女子達は僕からの依頼を完璧に果たそうとするだろう。それに彼女らはそれなりにフェアリーパラダイスのファンなのだから、これくらいは協力してくれるに違いないという思いもあった。


 昼休みに入ると、僕と社交的女子達は過激派の女子全員を、使われていない教室に呼び込んだ。

 親衛隊の三人と突撃隊の三人は、社交的女子達を間に挟んで、険悪なムードを漂わせていた。そんな彼女達に向かって、僕は言い渡す。

「君達が僕のバイト先を探ろうと、放課後に尾行してることはわかっている。そんなに知りたいなら、今夜は君達をそこへ招待しよう」

 過激派女子達は、全員が色めき立った。

「そこってやっぱり、あの真城町の……?」

「あそこは、男の娘メイドの……そうなんですか?」

 親衛隊と突撃隊の、それぞれ中心的女子からの質問には答えず、一方的に告知する。

「ただし、こっちにも準備がある。今夜七時に、ここにいる全員が一緒に来てほしい。それが条件だ」

 敵対してる相手と一緒にというのは、流石に彼女達も面白くない顔をしていた。それを無視して、僕は社交的女子の隣に立つと、手のひらを向ける。

「彼女はその場所を知っている。案内を頼んであるから、くれぐれも抜け駆けしないように。いいね?」

 自分達の知らなかったことを社交的女子達が知っているとわかって、過激派女子達はさらに不満げだった。一方で、社交的女子は面の皮が厚いおかげで、両方から睨まれても怯む素振りすら見せない。

「あの……もし抜け駆けしたら、どうなりますか?」

 突撃隊にいる女子からのおずおずとした質問に、初めて僕は答えてみせる。

「そういうことをしたら、今後は君達との付き合いを考えさせてもらうよ。君達がそんなことをしないと、信じてはいるけど」

 具体的に『絶交する』とは言わず、曖昧に表現したことで、かえって彼女達は最悪の状況を想像したに違いない。最後は彼女達をなだめるべく、穏やかに呼びかける。

「僕は、君達には平等に接したいと思っている。だから君達も、なるべく他人には平等と寛容の気持ちを持ってほしい。わかってくれるね?」

 渋々といった感じではあったが、各々の過激派女子はうなずき、教室から出ていった。残った社交的女子が、人の悪そうな笑顔を作ってみせる。

「ここまで大見得を切ったからには、こっちも楽しませてくれるよね? 王子様」

「せいぜい失望させないようにはするさ」

 僕は長くなった前髪をかき上げた。全体的にも髪は伸びているが、女子としてはまだショートヘアだ。けど、これ以上伸ばすとフェミニンな感じになりそうだし、手入れも面倒になりそうである。今度、男だった時からの行きつけの床屋で、散髪してもらおう。


 今夜のフェアリーパラダイスは、社交的女子をはじめ九人の女子を受け入れる準備もあり、通常より一時間遅い六時からの開店となった。

「なんか今日は、様子が変じゃない?」

「もしかして、何かやるの?」

 最初に入ってきた常連の二人組が、店内をキョロキョロと見回していた。テーブルの配置がいつもと違っていたり、妙な小道具などが置いてあったりするので、何かを察したようだ。彼らに対し、嶋村さんが今夜の催しについて説明する。

「……そういうわけで、お二方にも参加していただきたいんです。よろしいでしょうか?」

「面白そうじゃん! 是非参加します」

「そういうことなら、もろ肌脱いじゃうよ~」

「モロはダメです。若い子達が来るんですから、一肌脱ぐだけにしてくださいね」

 さすが常連だけあって、すぐに乗ってきてくれた。この調子なら、今夜のイベントをさらに盛り上げてくれるだろう。


 約束の時間である七時の十秒前、僕と嶋村さん、ともみさんと絵舞さんは出入口前に横一列で並んだ。そして七時きっかりに、ドアが開く。

「ただいま~、王子様!」

「おかえりなさいませ、お嬢様方!」

 社交的女子が八人の女子達を引き連れて、店内になだれ込んできた。僕達は一斉に出迎えのあいさつをする。

「ああっ! 徳田さん、その格好……!?」

「先輩、やっぱりここで働いてたんですね!」

 王子様のコスを着た僕を目の当たりにして、親衛隊と突撃隊の女子達が驚きの声を上げていた。代表して嶋村さんが歓迎の意を表す。

「今夜はフェアリーパラダイスにお帰りいただいて、誠にありがとうございます。あたしは店長の嶋村と申します。今後とも、よろしくお願いいたしますね」

 メイドの僕達は総勢九名の女子を、三つのテーブルへと案内する。社交的女子達が中央で、右に親衛隊、左に突撃隊の女子が着席した。彼女達の後方の席には、常連の二人組が陣取っている。

 僕らが彼女達から各々の注文を取っている間に、嶋村さんが店のルールやシステムについて、特に初めて来店した親衛隊と突撃隊の女子達に向けて説明する。

 一通り話し終えると、いよいよ今夜のイベントについて、嶋村さんは解説を始める。

「お嬢様達をお招きしたのは、当店の新しいサービスであります、『』へ参加していただこうという趣旨によるものです」

 聞き慣れない言葉に過激派女子だけでなく、社交的女子達も首を傾げている。

「先程お話ししたように、当店では男の娘メイド達が、お客様を『御主人様』または『お嬢様』とお呼びして、ご奉仕することになっております。ですがお客様の中には、ただの『御主人様』ではなく、何か特別な立場でご奉仕してほしいという意見がありました。そこであたし達が

考えましたのが、この『王子様ゲーム』なのです」

 ともみさんが店の奥から、三十センチ四方の紙箱を持ってきた。てっぺんに丸い穴が空いていたその箱を、嶋村さんが指差す。

「この箱には、御主人様以外の、特別な役名などが書かれたくじが入っています。それをお客様が引いて、出てきた役に基づいて、王子様を始めとする男の娘メイド達が、特別にご奉仕する……これが『王子様ゲーム』のシステムとなります」

 彼女らはそれぞれにうなずいていた。特に親衛隊と突撃隊の女子達は、僕から特別な奉仕を受けられると聞いて、やや興奮気味になっている。

「今回はテストケースではありますけど、これが好評となりましたら、今後は定期的に開催したり、またはポイントカードの満点時における特別サービスとして取り入れたいと考えております」

 嶋村さんが締めくくると、三つの席に別れた女子達が、それぞれに顔を突き合わせて盛り上がっていた。

 発案者である嶋村さんの目論見としては、このゲームに熱中させることで、親衛隊と突撃隊の女子達による意地の張り合いを緩和させられるし、今後は僕を目当てにして店の常連にもできるとのことだった。だが、これがうまくいくかどうかは、王子様である僕の頑張りにかかっている。なんとしても、このイベントを成功させなくてはならない。

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