第三十四話
昨日、女子達に『もうプレゼントは遠慮してほしい』と申し渡したのだから、望まない贈り物を受け取る煩わしさからは開放されるだろうと、僕は思っていた。
だが現実は、こっちの予想を斜め上に超えた展開を用意していた。
登校すると、昨日の後輩女子達三人が昇降口において、笑顔で出迎えてくる。
「おはようございます。先輩!」
「……おはよう」
戸惑いながらあいさつを返した僕を、三人は取り囲んで、あれこれ話しかけてきた。適当に返事していると、社交的女子が数歩離れたところから、笑いをこらえつつ観察しているのが見える。
結局三人は、はしゃいだ様子で教室の前まで付いてきた。中に入って、やっと一息つくことができる。
「ついに取り巻きまで現れたね。もうアイドルじゃん!」
社交的女子が、無責任な態度で面白がっている。
「なんでこうなるんだか……」
「昨日の名裁きで、あの子達はあんたに惚れ直したんだよ」
こっちはケンカを止めただけなのに、なんで今度はそういう行動に走ってしまうのか……あの後輩達の気持ちが理解し難くて、憮然としてしまう。
昼休みの廊下を、教職員用トイレへと向かっていた僕に、別クラスの女子達三人が寄り添ってきた。昨日、後輩達と言い争いをしていた女子達である。
「徳田さん、どちらへ?」
「トイレだけど」
「私達もお供するね」
「教職員用だから、君達は入れないぞ」
「わかってる。途中で悪い虫がつかないよう、見張っておくから」
何のことだと思っていると、廊下の向こう側で、例の後輩女子達が悔しそうにこちらを睨んでいた。と言っても僕にではなく、周りの女子達へ向けられたものらしい。
また別クラスの女子達も、そちらへ凄みを効かせているものだから、険悪な雰囲気が廊下に漂う。
「昨日、ケンカはやめろと言ったはずだぞ」
「もうケンカはしません。むしろ、それを防ぐために、こうしているんだから」
トイレの中はともかく、往復の途中を彼女達に固められたものだから、後輩女子達は遠くから僕を眺めることしかできなかった。
教室に戻ってきた僕に、社交的女子が右手を真っすぐ突き出し、独特な敬礼のポーズを取る。
「今度は親衛隊が結成されたわけか。ついに総統閣下だね。ハイル王子様!」
「人を独裁者みたいに呼ぶな」
王子様だと、まだいい意味もあるが、総統とか独裁者には悪のイメージしかない。いくらジョークでも、そういう呼ばれ方は気分が悪くなる。
以後も、僕を取り巻く女子達の争いは続いた。
社交的女子が名付けたから、同学年で別クラスの女子三人を、便宜的に『親衛隊』と呼ぶが、文字通り彼女達は僕に『悪い虫がつかないよう』に、休み時間などは常に周りを固めていた。
対する後輩女子の三人組は、親衛隊の隙をつくようにして、突如僕のもとに現れ、色々と世話を焼こうとした。特に体育の授業後、僕が洗面台で顔を洗っていると、すかさずタオルなどを差し出してくる。
「これはプレゼントじゃありません。持ち帰って洗濯します!」
「そんなことまでしなくてもいいんだぞ」
「いえ、私達ができるのはこんなことくらいですから」
彼女らは、嬉しさで頬を赤らめていた。そんな僕達を、離れた場所から憎々しげに観察している、親衛隊女子の姿が見える。後輩達に出し抜かれて、悔しさを隠しきれないようだ。
そんな様子を含み笑いで眺めていた社交的女子が、後輩達をこう評した。
「あっちが親衛隊なら、あの子達は勢いよく出てくるから、まさに『突撃隊』だね」
名付けて妙とは思わないけど、今後は後輩女子達をそう呼ぶことにしよう。ちなみに現実の歴史でも、突撃隊と親衛隊は非常に仲が悪く、派閥争いが多発していたらしい。これも社交的女子から聞かされたトリビアだ。
校内にいる時なら、それぞれの彼女達が取り巻いてくるのも、なんとか我慢できた。問題は放課後である。
僕がフェアリーパラダイスでバイトしていることを知っているのは、自らつきとめて来店してきた社交的女子達だけだ。彼女ら以外には、今でも事実を口外していない。僕だって、学校と仕事は分けておきたいのだ。
だが親衛隊と突撃隊の女子達は、放課後まで僕にまとわりつこうとした。今のところは様々な理由をつけて、彼女達を思いとどまらせることに成功しているが、このままではバレてしまうのも時間の問題である。
「あんたさ……こっちには口止めしてても、あの子達の様子だと、店のことを隠し通すのは無理なんじゃない?」
休み時間の教室で、社交的女子が話しかけてきた。この女としては珍しいことに、同情するような口ぶりだ。
「彼女達の争いを、店にまで持ち込みたくない」
「そうは言うけど、このままじゃお互いが相手を出し抜こうとして、ストーカーみたいなことするかもよ」
「お前らみたいに……か」
皮肉を言ってみたが、彼女はちっともひるまない。
「そうなったら望まなくても争いは店にまで及ぶし、ともみさんや絵舞さんも、あんたをトラブルメーカー扱いするでしょうね」
「あの二人は、そんなことしない」
「けど店内で争いが発生したら、結局は迷惑かけることになるじゃない。そんなことでいいのかな?」
普段はナメた言動ばかりなこの女から、ここまでまともなことを言われるとは、全く予想外だった。なんか悪いものでも食ったか、それとも天変地異とかのフラグっていうか前触れかもしれない。
「……わかったよ。なんとかすればいいんだろう?」
「王子様の名裁定、期待してるからね」
何が名裁定だ。今度は裁判官まで押し付けるつもりか……ムっとしたものの、やっぱり相手の妙に真面目な態度が気になる。
「なんでお前は関係者でもないのに、僕や店のことまで心配してるわけ?」
「別にあんたのためを思って、言ってるわけじゃないのよ。所詮、あんたのことは他人事だから面白く見てるんだけど、ただあの店は気に入ってるし、何より……」
そこで社交的女子が人差し指をピンと伸ばして、まくし立ててくる。
「遊井名田先生とコミケ以外で直接会える、唯一の場所なのよ。そんな先生とお話できる貴重なチャンスを、あんたが持ち込んだトラブルで邪魔されたくないだけ!」
「どこまで先生のファンなんだよ」
こいつもこいつなりに、フェアリーパラダイスのファンでもあるのだろう。ともかく店員である僕としても、この女のためではなく、先生を始めとして他の客に迷惑をかけないよう、何らかの対応を考えなくてはならない。
とはいっても、あそこまで突撃隊と親衛隊の関係がこじれていると、仲裁するのも一筋縄ではいかないはずだ。まさか現実みたいに、どちらかを粛清することなど、できるわけがない。何の案も浮かばないでいるうちに、次の授業が始まってしまう。
フェアリーパラダイスで働いている時も、二組の女子達にどうやって対応すべきかという問題が、頭から離れなかった。
ともみさんも絵舞さんも、どちらか片方だけが店内に現れたら、かつての社交的女子達と同様に、接待攻勢でもてなしてくれるはずだ。けど、あの二組が同時に来店して、いがみ合いになったりしたら、流石に持て余してしまうだろう。
店に迷惑はかけたくないけど、どうすればいいのかもわからなくて、いらだちだけが募っていく。
「コーヒーを飲みましょう」
店長の嶋村さんが、自分が飲むコーヒーを持って、休憩中だった僕の元へと現れた。本当にこの人は、自分が何かをしようとする前に、必ずセリフに出してからでないと行動に移れないのか……ともかくこういう時は、改めて何か話したいことがあるのだと、僕にもわかってきた。
賄のコーヒーとサンドウィッチを食べていた僕に、嶋村さんはカップを持ったままで、こうたずねてくる。
「あなた、この店で働いてることを、学校では内緒にしてるの?」
「ええ。知ってるのは、こないだ押しかけてきた同級生達だけです」
「そう……実は最近、店に妙な電話が何度もかかってくるのよ」
一口すすった嶋村さんが、カップを置く。
「若い女の声で、『そちらのお店で徳田さんという人が働いていますか?』っていう問い合わせなの。心当たりはある?」
大あり過ぎて、背筋を冷たい感覚が駆け抜けていく。
「……多分それ、うちの学校の女子だと思います」
「あるのね。あなたのプライバシーに関わることだから、『個人情報を保護するために、そういう質問にはお答えできません』って言っておいたわ」
「すみません……」
ただ僕は頭を下げるしかなかった。
社交的女子が忠告したように、マジで親衛隊と突撃隊の女子達は、僕のバイト先を探り出そうと躍起になっているのがわかった。しかも、この店にまで探りを入れてきたのだから、その情報収集力は侮れないものがある。
僕を責める素振りも見せず、嶋村さんは穏やかな声をかける。
「学校で何かあるみたいね。よかったら、あたしに話してくれない?」
「僕のことを、店にまで持ち込むのはどうかと……」
「すでに持ち込まれつつあるわ。これ以上問題になる前に、対処しておきたいの。これだって店長の仕事なんだから」
知らなかったとはいえ、すでに彼女達の争いが店にまで及ぼうとしているのだ。もうためらっている場合ではないのだろう。不本意ながらも僕は嶋村さんに対し、学校における親衛隊と突撃隊の女子達の争いについて、説明をした。
聞き終えた嶋村さんは、かなり困り気味な苦笑いを浮かべている。
「その二つの過激派な女の子達から、あなたは板挟みになってたわけね」
嶋村さんが口にした『過激派』という言葉は、社交的女子の言う『親衛隊と突撃隊』よりもずっと、彼女達の生態を表しているように思えて、とてもしっくりきた。僕のことを陰ながら応援している女子だって、いないことはないのだから、それに比べたらやっぱりあの子達は、そう呼ばざるを得ない。
「僕だって元は男ですから、女子から言い寄られて、悪い気はしないんですけど、ものには限度もあるし……」
「わかったわ。だったらいっそ、こうしましょう」
意味深な笑顔を見せると、嶋村さんはある提案を披露した。その驚くべき内容に、僕はあっけにとられてしまう。
「……そ、そんなことまでするんですか!?」
「実はこれって、以前から温めてたアイディアなの。あなたの話を聞いて、それを試してみるいい機会だと思ったわ」
「どうしてそう思ったんですか?」
「彼女達を、平等かつ区別して扱ったなら、これ以上争うことはなくなるでしょう。そのためには、この企画がピッタリだと思えたのよ」
こんな解決策を提示されるとは思わなかったが、一人で悩んでいても、埒が明かないのは事実だ。それに店長である嶋村さんが言うのだから、店員である僕としても従うしかない。
「わかりました。僕のせいで迷惑かけてるみたいで、申し訳ないです」
「気にしなくていいのよ。店が終わったら、ともみちゃんと絵舞ちゃんも含めて皆で相談しましょう」
「うまくいくと、いいんですけど」
危惧を口にした僕に、嶋村さんは両手の拳を握りしめるポーズを取る。
「弱気になっちゃダメ。必ず成功させるつもりで頑張るのよ!」
嶋村さんは僕に対してだけでなく、自分に向けても鼓舞しているようにも思えた。
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