第四節 ともみの青春
第三十話
開店前、一番先に更衣室へと入っていた僕が着替えていると、ともみさんと絵舞さんが一緒に入室してきた。おはようございますとあいさつを交わしてから、二人も着替えやメイクを始める。
今日の絵舞さんはスカートではなく、裾の広がったベージュのスラックスをはいていた。仕立ても高級そうで、大人の女性らしいシルエットだ。
対するともみさんは、ブルーのパーカーにデニムのカーゴパンツ姿だ。自毛であるショートヘアと幼気な顔立ちから、僕より歳上なのに、ショタみたいなイメージがある。
絵舞さんの私服はスカートが多かったが、今日みたいにスラックスな事もあった。逆に、ともみさんが私服でスカートをはいているのを、僕は一度も見かけたことがない。ショートやハーフだったりもするけれど、いつもパンツルックだ
メイクしてウィッグを被る前のともみさんがスカートをはいていたとしても、ボーイッシュな少女に見えなくもないとは思う。それでも、普段はパンツばかりなのは、それなりの理由があるのかもしれなかった。
僕だって、店では『王子様』であっても、学校でそんなことをするつもりはない。それと同じで、ともみさんがスカートをはくのは、店でメイドになる時と、コミケでコスプレする時だけと決めているのだろう。だからともみさんは僕以上に、仕事と私生活の切り替えを徹底させているのだと、この時は考えていた。
今夜は久しぶりに倉石君が来店してくれた。制服姿だから、学校から直行したようだ。
客足の少ない月曜日、店内には彼以外に、常連の二人組しか客はいない。
ソシャゲの◇◇で開催されていた限定イベも終了したことで、僕と倉石君は普段のキャラ育成とかデイリーなどの話をした。登場キャラの▽▽のファンでもある倉石君は、最初にゲットした▽▽を最高レベルまで育成した後も、後に入手した▽▽をレベルアップ前の段階に留めつつ、複数所持しているのだと言う。こうすることで、レベルアップ前後のそれぞれの姿を見ていられるから……というのが理由らしい。
「そこまでするとは、本当に▽▽が好きなのですね」
「うん。ネットで見た▽▽の立ち絵がきっかけで、ゲーム始めたから」
「だからグッズもコンプしたいのでしょう」
「好きになったからには、どうしてもこだわりたくて」
僕とゲームの話をしている時の倉石君は、やはり楽しげだ。店内での僕は敬語を使わなくてはならないから、彼とフランクに話せないけど、こういう会話ができる同年代の男子がいるのは嬉しいものがある。
そんな倉石君が、少し自嘲気味な笑いを浮かべていた。
「けど、自分でもやりすぎじゃないかって思う時もあるんだ」
「そんな事はありません。現にあちらのお二方は、スキルや特性に応じて複数のキャラを所持育成して、イベントごとに使い分けているそうです」
僕が視線を向けた先には、ともみさんを相手にアニメ談義に夢中な常連達の姿があった。ちなみにあの二人は、他のソシャゲでも似たようなやり方で育成を進めているらしい。
「絵舞、入ります」
休憩を終えた絵舞さんが更衣室から出てきた。ともみさんと交代して、常連達の相手に入る。
手の空いたともみさんが、僕と話していた倉石君のそばまでやってきた。
「前から聞こうと思っていたのですが、いいでしょうか?」
うなずいた彼に、ともみさんは興味深そうな表情で問いかける。
「御主人様が着ている制服って、森野宮高校ですよね?」
「そうですけど」
「やっぱり! じゃキミはボクの後輩だね」
ともみさんにそう言われて、倉石君は目を丸くしている。
「うちの学校に通ってたんですか?」
「そう、卒業したのは五年前さ。キミの制服見てて、懐かしいなって思ってたんだ」
先輩と後輩の間柄だとわかって、ともみさんの口調が砕けたものになっていた。
倉石君の通う森野宮高校は、僕が在学する舶用高校とは、フェアリーパラダイスのある真城町(しんじょうまち)を挟んで反対側の隣町にある。これほど離れているのだから、僕と倉石君は、お互いが通う学校の存在すら知らなかった。
先輩であるともみさんは倉石君に、在学当時の様子や思い出などを話していた。そこで僕は、あることを思い出す。
「ともみさんが初めて女装したのは高校の時だと言ってましたが、それは森野宮高でのことでしょうか?」
「そうだよ。演劇部だったボクが、文化祭で女装したのがきっかけさ」
屈託なく答えてくれたので、さらにたずねてみる。
「もしかして、女子の制服で通っていたのですか?」
「いや、彼と同じ男子用だよ。王子様みたいに体が女になったわけじゃないから、そんなことできないって」
「ですよね……おかしなことを質問してしまいました」
軽くわびを入れた僕に、ともみさんは何やら意味ありげな笑いを口元にひらめかす。
「王子様も倉石君も、ボクがなんで男の娘に目覚めたのか、もっと詳しく知りたいんだろう?」
「それは、そうですけど……」
ためらいながらも肯定する僕の隣で、倉石君も黙ったままうなずく。彼は男の娘に対してそれほど興味はないみたいだけど、自分の先輩が在学中に男の娘になっていたとあっては、好奇心をかき立てられるのだろう。
「ともみさんが男の娘に目覚めたきっかけ、私にも聞かせてください!」
絵舞さんが興奮を抑えきれない様子で、僕達の間に現れた。両隣には常連の二人組も立っている。
「オレ達だってともみちゃんのファンなんだ。そういう話なら、ぜひ聞きたいぜ!」
「どんな状況で、初めての女装に至ったのか……オレ、気になるんです!」
五人の視線が集中する中、ともみさんは自信に溢れた態度を見せつける。
「皆はそんなにボクのことが知りたいんだ? それなら今夜は特別に、ボクが男の娘に目覚めた経緯を話してあげよう!」
常連達は雄叫びを上げ、絵舞さんは瞳を輝かせて、倉石君は頬を赤らめつつ、それぞれに期待を表していた。僕自身も、ともみさんと出会って以来、興味を抱いていたことなのだから、望むところである。
「その前に、水分補給させてね」
ともみさんがあっさりと厨房へ向かった。僕達五人はガクッとする。
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