第三節 めぐり逢い、彼

第二十五話

 やっと僕に、初めての給料が出た。

 使い道をあれこれと模索した後、今まで我慢していた物欲を開放するべく、僕は行動を開始する。

 スマホに関しては、やっとゲームへ課金できるようになり、遅れていた攻略を進められるようになった。しかもともみさんという、ゲームに関しても頼りになる先輩からアドバイスを受けられるので、色々はかどっている。それに欲しかった音楽や電子書籍を、好きなだけ購入できるようになったのも嬉しい。

 朝昼晩以外の食事……いわゆる買い食いについては、喉が渇いた時にドリンクを飲む事はあっても、フェアリーパラダイスからは賄が出るので、ほぼ金がかからなくなった。これは飲食関係で働く場合の役得だ。

 代わりに生理用品など、女として日常的に使用する物を、継続的に買う事となった。それにメイドとして、身だしなみを整えるための化粧品や道具類は必需だから、絵舞さん達に助言を求めつつ、一通り揃えてみる。

 他に、女物の普段着も必要だったので、シャツとパンツ類を数点購入した。スカートにも興味はあるけど、制服以外ではくのはまだ早い気がしたので、今回は見送った。

 必要といえば、下着の数も増やさなくてはならない。最初は母親に買ってきてもらったが、これからは自分で買うべきだと考えて、僕はランジェリーショップへ向かうことを決意する。


 フェアリーパラダイスがある繁華街の中に、大きな店構えのランジェリーショップがある。行き帰りで通り過ぎる度に気になっていて、下着を買うならここにしようと、前から決めていた。

 男のままだったら入ることなどできなかった場所なのだから、少しためらう気持ちもあるけど、大いに興味もあった。深呼吸してから店内へと足を踏み入れた僕の視界に飛び込んできたのは、大量かつ様々なデザインのブラジャーやパンティに、今まで見たことのない女性用下着の数々だった。全体がきらびやかで、圧倒されて息が詰まりそうだ。

 僕としては数を揃えるために安物だけを多く買えばいいわけだが、この際だからと店内を巡ってみる。

 ジュニアブラのコーナーに、小学生高学年の少女と母親らしき二人連れがいた。少女のために初めてのブラを買いに来たらしい。

 朝おんの僕は、そういうところをすっ飛ばして、いきなり大きなバストになってしまったんだよな……真剣になってジュニアブラを選んでいる親子を見ていると、何故か申し訳ない気持ちになってしまう。

 大人用の下着コーナーには、ガードルやボディースーツといった体型補正するための下着があった。僕も大人になったら、つけることもあるのだろうかと考えてみたが、ピンとこない。

 各コーナーを回っているうちに、ある高級ブランド物の前で足を止める。その中に見覚えのある、ピンクで花柄のキャミソールがあった。確かこれは、絵舞さんが付けてた下着と同じデザインだ……更衣室でのことを思い出しつつ値札を確認すると、一万五千円くらいの値段が付けられていた。

 こんな高い物を身に付けているんだから、やっぱり絵舞さんはお金持ちだ……改めて実感していた僕に、横から声がかけられる。

「いらっしゃいませ。こちらをお求めですか?」

 店員の女性が笑顔を向けていた。このままだと、この高額商品を売りつけられてしまうかもしれない。とっさに僕はこう言った。

「サイズを図ってほしいんです」

 試着室へ案内されると店員に計測してもらう。確かにバストは91だけど、アンダーとの差からカップはEだと言われた。今まではDカップだったので、絵舞さんの見立て通り、ワンサイズ大きめのカップにすればいいとわかる。

 正確なサイズもわかったことだし、改めて下着を選ぶことにする。

 試着室の前にはスポーツタイプの下着コーナーがあった。いくつか種類がある中で、ともみさんが付けてるのと同じブランドの物もある。外国の有名品だから、絵舞さんみたいな高級ブランド並の値段をしていた。だからこそ勝負下着として選んでいると、ともみさんは言うのだろう。

 でも僕には、同じ下着を揃える理由はないのだし、少し安い別ブランドのブラとショーツを色違いで三つ購入することにした。当然だけど、ともみさんにはから男物のブリーフをはいていたのであって、僕にはのだからショーツは女物だ。さらにコスプレするつもりもないから、Tバックではない。

 合わせて本来必要な、普段用のブラやパンティも買う。こっちは、今はいているのと同じシンプルな安物を選ぶ。

 当初の予定以外の物まで買ってしまったけど、結果的に満足した買物だった。


 夜中の自室で、初めて自分で選んで買った、スポーツタイプのブラとショーツを試着してみる。

「うん、やっぱりエロい」

 最初に女の下着を身に着けた時みたいな感動はないけれど、性的興奮だけは変わらなかった。

 鏡の前で色々ポーズを取ってみた。スポーツタイプだけあって、普段のブラよりもバストがよく押さえ込まれている感がある。肌に触れる生地の心地良さも、安物とは比べ物にならない。

 これ以上興奮がたかぶると、買ったばかりの下着を汚してしまいそうだ。元の下着に着替えると、他の新品と一緒にクローゼットへしまう。

 再び僕は鏡の中の、安物の下着姿な自分を見る。朝おんしてから大分経ったけど、未だに僕は自分の裸とか下着姿に興奮を覚えてしまう。安物だから着心地はかなり劣るけど、見た目だけなら十分にエロい。

 もう夜も遅いし、こういう時はオナニーだ。下着を脱いで照明を消すと、ベッドに入る。


 毎晩の日課となったオナニーを終えて、快楽の余韻に浸りつつ、真っ暗な天井を見上げていた。

 それにしても、僕が女の自分の体に興奮するのは、まだ僕の中には男の心があるってことなんだろう。オナニーしている時、僕は男の興味で女の自分に悪戯している感覚だ。触っているのはあくまで自分であり、触られているのも自分でしかない。

 だけど、いつかは僕もとやらに目覚める日が来るのかもしれない。その時には、男と付き合ったりセックスしたくなったりするのか。

 もちろんセックス自体に興味はある。でも、どんなに想像を巡らせようとしても、僕が男から抱かれるという状況が、全くイメージできないのだ。また、このまま男の心が残り続けたとして、女とセックスしたいのかといえば、それも想像が全然つかない。

 それ以前に僕は、男と女のどちらと付き合えばいいんだろう。

 体は女だから男と付き合うべきかもしれないけど、十数年後に僕が男に戻ってしまったら男同士になってしまうわけだし、相手だって受け入れたくないはずだ。

 かといって女と交際するにしても、体が女同士であっても付き合いたいと思えるだろうか。

 僕にラブレターを出したり交際を申し込んできた女もいるのだから、女同士でも気にしない人はいると思うけど、そういう女に限って、僕の『王子様』みたいな外見しか見てくれないような気がして、うまく付き合えるかは疑問だ。

 ああだこうだと頭の中で悩んでいると、余韻も冷めてきたし、何もかもが面倒くさくなってくる。

 もういいや、後は寝るだけだ。眼をつぶると、僕はなるべく心を無にして、眠りにつこうとした。それでも雑念が湧いてきて、真夜中になるまで眠ることができなかった。

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