第二十六話
その夜、フェアリーパラダイスにおいて僕は、常連の二人組を応対していた。
「王子様、今月の限定イベの新キャラ、コンプできた?」
「昨日、全てコンプいたしました」
「いいな~、オレはまだ一人しかゲットしてないのに」
僕達が話していたのは◇◇というソシャゲのことだ。以前からプレイしていたゲームだし、ともみさんも交えて攻略談義もしていたから、この二人を相手にすると、よく話題に上がるのだった。
元々僕はゲームの攻略にしか興味はなかったが、二人は登場するキャラやその元ネタとなったストーリーにも知識が豊富だった。彼らと話しているうちに僕もそういった方面に関心を持つようになり、おかげで順調にオタク化している。
「イベントをクリアするのも大事だけど、新しく実装されたキャラのコンプを逃すと、ガッカリするんだよな~」
「わたくしは狙ってゲットしたわけではないのですが、今回は運が良かったのでしょうね」
「やっぱり運の偏りってあると思う。出ない時はイベ終了まで出なかったこともあるし」
「以前は諦めていましたけど、コンプできるとイベそのものの達成感が違いますね」
「そうなんだよな~。ゲームに限らず、関連するグッズとか、オタクたる者はコンプしたくなるものだし」
この時は攻略よりも、新キャラのコンプについての話で盛り上がっていた。そこから誰が一番可愛いとか、性能的に優れているのは誰かといったことをおしゃべりしたところで、常連の片方が別の話題を振ってくる。
「王子様は◇◇の展覧会とかに興味ある?」
「そのようなリアイベがあるのですか? ぜひ行ってみたいですね」
彼の説明によると、◇◇を運営している会社は他にもゲームを手掛けていて、それら全部の原画や資料などを展示する、大規模な展覧会が行われているそうだ。
彼は懐から一枚のチケットを取り出し、僕へと差し出す。
「オレも行くつもりだったけど、急用ができちゃって。だからこのチケット、王子様にプレゼントするよ」
「わたくしに、ですか? ありがとうごさいます」
「いつもここで楽しませてもらってるからさ。その代わりと言っては何だけど……」
下心のありそうな表情をしてきた彼に対し、僕は深く頭を下げる。
「申し訳ございませんが、壁ドンは女性の御主人様専用となっております。どうかご容赦ください」
「まだ何も言ってないのに~!」
意図を粉砕された彼は、悔しげに歯ぎしりしていた。僕は胸に手を当て、笑顔を作ってみせる。
「チケット代は、わたくしがお支払いいたします。これなら公平になりますから、それでご勘弁していただけませんか?」
「さすが王子様。義理堅いな」
渋々ではあったが、彼は僕との取引に応じてくれた。
二人が帰った後、食器を厨房へ片付けにいくと、そこにいたともみさんがクスクスと笑いかけてくる。
「キミも、あの二人のあしらい方がだいぶ様になってきたね」
「いいお客様だと思ってるんですよ……壁ドンへの執念さえなければ」
男のくせに、なんでそんなに壁ドンしてもらいたいんだ……僕がこの店にデビューして以来、いまだ理解できない趣味だった。
翌日は平日だったけど、学校が午前授業になったので、午後から制服姿のままで、展覧会へ行くことにした。
会場となった美術館には、平日でもそれなりの観客があった。目当ての◇◇以外にも、様々なゲームの原画と資料が大量に展示されている。
ネットなどで絵を見たことはあっても一度もプレイしたこともないゲームや、インストールはしたもののすぐに飽きてやめてしまったゲームの展示もあって、このゲーム会社は本当にたくさんのゲームを手掛けていることがわかった。
僕としては、やっぱり◇◇のコーナーが見ていて楽しい。お気に入りのキャラのイベント画面が、大きな原画で展示されている所では、しばし立ち止まって見入ってしまう。
じっくりと場内を巡り歩いていたら、時間が立つのも忘れるほどだ。気がつくと、店への出勤時間まで一時間を切っていた。最後に、何か記念にグッズを買おうと、物販コーナーへ向かう。
いくつかのグッズは売り切れになっていたが、それでも◇◇関連で手ごろな物を探していたら、キャラの集合絵を使用したアクリルスタンドが目につく。部屋に飾っておくには丁度いいサイズだし、それほど値段も高くない。
それに決めてから、販売の係員に向かって声をかけてみる。
「◇◇のアクスタ、ください」
「◇◇のアクスタ、お願いします」
同時に同じグッズを注文する声が聞こえた。隣に立っていた男からのものだ。横目で彼の姿をうかがってみる。
僕と同い年に見える彼は、ブレザーの制服を着ていた。見かけたことのないデザインだから、遠くの街から来ているのかもしれない。表情とか雰囲気が冴えないところもあるし、やっぱりオタクなんだろう。
在庫を確認していた販売係の人が、やや申し訳無さそうな顔をする。
「すみません。◇◇のアクリルスタンドは最後の一個になってしまいました」
「……そんな」
隣の男子が小さくうめいた。どうやら本気で、そのアクスタを欲しがっているのがわかる。
僕としては、たまたま目についたから買おうとしただけで、元からそれほど欲しい物でもなかった。
「なら、僕はいいです。代わりに、クリアファイルをください」
この場は彼に譲ることにした。クリアファイルはアクスタと同じイラストを使っているが、遥かに値段は安い。
会計をすませた後で、彼は恐縮した表情で謝意を述べる。
「あ、ありがとう……」
「いいんだ。気にしないで」
品物を受け取った僕は、すぐに会場を後にした。アクスタが買えなかったのは少し残念だけど、これは仕方がない。
遠くから来ていたらしい彼とは、もう出会うこともないだろう。だけど、お礼を言ってくれた時の、シャイな彼の表情が、何故か印象に残った。
数日後、フェアリーパラダイスへ向かう途中で、喉の渇きを覚えた僕が、繁華街のコンビニに立ち寄った時のことだ。
そこでは◇◇とコラボしたキャンペーンが展開中だった。お菓子やドリンクなどのコラボ商品を購入すると、限定グッズを入手できる。
先日の展覧会でアクスタを諦めたこともあり、せっかくだから何かゲットしようと思い立つ。ちょうど飲み物が欲しかったことだし、ドリンクとコラボしているグッズを狙い、対象商品を買い物かごに入れる。
レジのそばにあるコラボグッズに手を伸ばした時、同時に横から別の手が届く。隣に目を向けた時、僕は驚きの声を上げる。
「あ?」
「ああっ!?」
展覧会の物販コーナーで出会った男子が、僕を見て目を丸くしていた。あの時と同じブレザーの制服姿の彼は、僕と同じドリンクを片手に持っている。
なんでこいつがいるんだ……まさか、こんな所で再会するとは思いもよらなかった。
しかも僕と彼が同時に取り上げようとしていたのは、▽▽というキャラのイラストが描かれたアクリルキーホルダーだ。さらに偶然は重なるもので、そのアクキーは最後の一個でもある。気まずい空気が漂う中、僕達は手を引っ込めてしまう。
▽▽はゲームが開始された当初から実装されていたキャラで、見てくれが派手というわけでもなければ、初期段階でのステータスも高いわけではない。だが、一途で努力家という性格設定と、レベルアップを繰り返すことで最強クラスのステータスを持つことができるので、プレイヤーの間でも根強い人気がある。
ちなみに展覧会で販売されていたアクスタやクリアファイルにも、他のキャラと混じって▽▽が描かれてあった。この男が今回、▽▽が単体でデザインされてるアクキーを欲しがっているということは、▽▽そのもののファンなのだと僕は直感した。
そういえば、常連の片方がこんな事を言ってたっけ……ゲームに限らず、関連するグッズとか、オタクたる者はコンプしたくなるものだと。かくいう僕も、オタクになりつつあるけど、▽▽にそれほど思い入れはない。以前と同様、ふと目についただけのことだ。
「君が取りなよ」
「えっ、でも……」
彼は戸惑った顔で僕を見た。同じ相手から二回も譲られるのは、心苦しいものがあるらしい。
「▽▽が好きで集めてるんだよね。なんかわかるし」
「う、うん」
「遠慮しないで。僕は▽▽のファンじゃないから」
「ごめん……でも、ありがとう」
以前と同じく、恐縮しきった表情をして、彼は頭を下げた。
アクキーを手に入れた彼が、先にレジで会計をしている間、僕は一度かごに入れたドリンクを元の位置に戻し、別のドリンクと取り替えた。コラボグッズが目的でないのなら、自分の好きな物を飲みたいからだ。
店から出ると、彼が入り口付近にいた。僕の前に来てから、再度感謝の言葉を口にする。
「本当に、二回も譲ってくれて、感謝してるよ」
「こんなことが二度あるとは、思わなかったけどね」
「◇◇に女のファンがいたなんて……俺、少し驚いてる」
確かに、女で◇◇が好きだという例を見たことはない。僕が知ってるだけでも、クラスの女子で◇◇をプレイしている奴はいないし、店でも常連の二人組と男の娘であるともみさん、それに僕……ちょっと待て。今、こいつが言った『女のファン』って、僕のことだよな。
まさか僕、こいつに女だって思われてる!?
内心で愕然としたが、よくよく考えてみれば、展覧会でもコンビニでも、TSである僕は女子の制服姿で彼の前に現れたのだから、そう見られても仕方がないことだ。
「それじゃ僕、用事があるから……さよなら」
「あ……さよなら」
名残惜しそうな彼の顔を見ていられなくて、僕はその場から早足で立ち去った。
まだ僕には、知らない相手からは女として見られているのだという自覚が足りなくて、そのため彼に誤解を与えてしまった。もちろん騙すつもりなんてなかったけど、結果的に勘違いさせてしまったことに対し、何だか悪い事をしたような気がして、罪悪感が拭えない。
彼に『僕はTSだ』と事実を打ち明けて、誤解を解くべきだろうか。だけど名前も知らない相手に、なんでそこまでしなくてはならないのかと、面倒にも思えてくる。
せめて、今後彼と会うことがなければいいとさえ思ったけど、二度あることは三度あるという状況も有り得そうだし、その時はどのように振る舞えばいいんだろう。
何の妙案も浮かばないまま、僕はフェアリーパラダイスまでの道を歩くしかなかった。
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