第二十四話

 社交的女子達がフェアリーパラダイスに入ってから小一時間ほど経った頃、先生が来店してきた。手の空いていた僕が出迎えに回る。

「お帰りなさいませ、先生」

「きたわよ」

 先生は予約席に座ると、店内が盛り上がっている様子に気づいたが、特に何も言わなかった。厨房に入って、上堂さんにを頼んでから店内に戻ると、社交的女子が僕を手招きする。

「……今、入ってきた人って、同人作家の遊井名田先生じゃない?」

「ご存知なのですか?」

「私、ファンなんだ。コミケで同人誌買ったことあるし」

 こいつ、オタクだったのかよ……いぶかしんでいた僕に、彼女はすがるような表情で頼み込んでくる。

「ねえ、先生とお話できないかな? こんなチャンス滅多にないから」

「先生はお客様として来店しております。そのようなことを頼むのはどうかと……」

「なになに 先生のファンなのかい?」

 僕達の話に気づいたともみさんが、さり気なく割り込んできた。社交的女子が首を縦に振る。

「はい、先生に感想とか伝えたくて」

「じゃ、ボクが聞いてきてあげるよ」

 ともみさんは先生の所へ向かうと、二言三言話しかけていた。その様子をうかがっていた社交的女子が、何かに気づいたような顔をする。

「ともみさんて、先生のサークルでコスプレしながら売り子してた人だ!」

「ええ、あの人もサークルの一員です」

「やっぱりね……すっごくカワイイ男の娘キャラのコスプレしてたっけ」

 社交的女子が納得したようにうなずいていると、ともみさんがこちらを向いて、指で丸を作った。僕は彼女を連れて先生の席へ行く。

「先生、こちらのお嬢様は、わたくしの同級生でございます」

 僕が紹介した後、社交的女子は若干緊張気味にあいさつする。

「私、先生のファンで、コミケで同人誌買いました」

「そうなんだ、ありがとう」

 先生は嫌な顔もせず、気さくに応じていた。社交的女子は今までに見せたこともないような、しおらしい態度で感想を述べていく。

「……あの小説の、ヒロインからの告白がとても良くて、一番好きなシーンなんです」

「そう言ってもらえると、本当に嬉しいな」

「次の『悪役令嬢の転生もの』も、楽しみにしてます!」

「うん、今度の新作は力入ってるから、ぜひ楽しみにしててね」

 先生が一瞬、僕に目を向けた。先生は僕の初『壁ドン』の相手だし、それがきっかけであの小説が完成したようなものだから、僕としても内容が気になっている。

 話が終わって元の席へ戻る間、社交的女子は感極まって、すっかり頬を紅潮させている

「ああ、先生とお話できたなんて……この店に来てよかった~!」

 最初は、僕をからかうつもりで来たくせに、そんなことはすっかり忘れたようだ。ちょっと違うかもしれないが、ミイラ取りがミイラになったようなものだろうか。


「やったーっ! 3-5クリアーって……あれ、なんか見たことないキャラ来た」

「それ、期間限定のSSRキャラだよ。一発でガチャ当てるなんてすごいや!」

「オレなんか、コモンしか引けてないのに……チョーラッキーじゃん!」

「おめ! オレもあやかりてぇ~」

 友人Aはともみさんと、いつの間にか常連の二人まで乱入して、ゲーム攻略談義に花を咲かせている。

「お嬢様の場合、こういう風にメイクすると、可愛さが引き立ちますわ」

「ありがとうごさいます~! すっごく勉強になっちゃいました」

 友人Bは絵舞さんからメイクに関するアドバイスを受けて、すっかり感心しきっている。

「夢みたい……先生と話せたなんて」

「お嬢様、大丈夫でございますか?」

「はあぁ~……」

 僕が話しかけても、いまだ社交的女子は上の空な状態だ。ここまで腑抜けるとは、よっぽど先生のファンだったのだろう。こんな彼女の姿を見ることになるとは思わなかっただけに、これは何かに利用できそうだと僕は直感した。


「それじゃ王子様、また来るね……はあ~」

「ご利用いただき、誠にありがとうございました。いってらっしゃいませ」

 会計をすませた社交的女子達は、新しく発行されたポイントカードを嶋村さんから受け取ると、僕に見送られつつ退店していった。友人AとBはそれぞれ満足しきった表情をしていたが、社交的女子本人は最後までうつつを抜かしたまま、足取りすらもおぼつかない様子だった。

「これであの子達も、常連になってくれることでしょう」

 そばに立っていた絵舞さんに、僕は詫びを入れる。

「あいつらがここまで押しかけて来るなんて思わなくて、お手数かけました」

「そんなことはありません。お客様として来てくださったのですから、おもてなしするのは当然のことです」

 絵舞さんの笑顔からは、ともみさんと同様のプロ意識が感じられた。

 色々あったけど、やっぱりこの人は信頼できる……おこがましい言い方だけど、この時の僕は、絵舞さんを見直した。今までのわだかまりみたいなものが、真夏の水たまりみたいに蒸発していくのを実感する。

「よっしゃクリア……って、またコモンかよ!」

「チクショー……オレも最初からやり直しだ~」

「御主人様達、そこで諦めたら終了ですよ。もう一回遊べると思って、がんばりましょう!」

 まだゲームにハマっている常連達を、ともみさんが励ましていた。ここまでやっても、まったく出る気配がないのに、そこまで無邪気に応援すると、かえって彼らには残酷なのではないか……と、僕には思えてしまうのだった。


 翌朝、僕の下足箱にまたラブレターが入っていた。取り出したところで社交的女子が通り過ぎるが、いつもは目ざとくからかってくるはずの彼女は、今朝は何も言わずに靴を履き替えている。

 やっと僕に気づいた彼女は、力の抜けきった笑顔でたずねてくる。

「……ねえ、先生ってあの店によく来るの?」

「毎日来るわけじゃないけど、いつ来てもいいように準備はしてる」

「私、また先生とお話したいなぁ」

「先生は、店では特別な存在なんだ。昨日だって、ともみさんが口聞いてくれたからできたんだぞ」

「だったら、新刊を読んだ後で感想とか伝えるならいいよね? お願い、その時は先生と会わせて!」

 拝むようにして頼み込む社交的女子の姿を見て、僕はピンときた。そんなところに友人AとBも登校してくる。

「いや~、ともみさんのおかげでゲームはかどっちゃって、完全に寝不足だよぉ」

「絵舞さんって、とってもきれいだった……また会いたい」

 徹夜したらしい友人Aは目を何度もこすりつつあくびしてるし、友人Bはうっとりとした表情でつぶやいている。二人とも、ともみさんと絵舞さんに心奪われてしまったようだ。

 僕は彼女達の顔を見渡すと、わざとらしく声を低めて、こんな風に言う。

「今度、お前らが店に来たら、また特別にサービスしてやる……その代わり、僕があそこで働いてること、誰にも話すなよ」

「……わかった。先生とお話できるんだったら、それは約束する」

 社交的女子が真顔で応えると、友達二人も同意したようにうなずいていた。

 これで当面は、僕がフェアリーパラダイスで男の娘メイドをやっていることを、学校中に知られることはないだろう。またしてもというか、『終わりよければ全て良し』といったオチがついたところで、僕はホッとしたものだ。

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