第二十三話
学校での昼休み、一人で弁当を食べていた僕の横を、社交的女子が通りかかった。振り返ると彼女は、僕の全身を無遠慮に観察する。
「あんた、最近身だしなみに力入ってるけど、なんでそんな念入りなの?」
「僕だって女だからな。一応気を使ってるんだよ」
「その割に髪から眉から、肌に爪まで、こまめに手入れしてるじゃない。どうしてそこまで気を使うのかな~? 王子様」
「そういう呼び方はやめろって言っただろ」
それでも社交的女子はニヤついていた。何回見てもムカつく表情だ。そこへ彼女の友達二人が合流してくる。
「最近、あんたを犬渕町で見かけたんだけど、あんな所で何やってたの?」
「あの辺りって会社ばっかりで、高校生が行くところじゃないよね」
犬渕町というのは、フェアリーパラダイスがある雑居ビルと隣接している、ビジネス街のことだ。いきなりそんな話題を振られて、僕は内心で身構える。
「たまたま用事があっただけさ」
「私、何回か見かけてるんだけど」
「そんな所に何度も行くなんて、なんかあるわけ?」
二人の女も、意味ありげに微笑んでいた。隣の社交的女子も、口元をいやらしく釣り上げる。
「もしかして、そこに行くことと、身だしなみに力入れてるのは関係あるとか~?」
「そんなんじゃないって。お前らには関係ないだろ」
食べ終えた弁当箱をバッグに片付けると、僕は席から立ち上がった。トイレに行くふりをして教室から出る。
あの女ども、何を企んでやがる……まさか僕が、男の娘メイド喫茶で働いていることをつきとめたとでもいうのか。
嫌な予感がした。あいつらがフェアリーパラダイスにやってきて僕の姿を見たら、面白がって学校中に噂を撒き散らすに違いない。ただでさえ、一部の女子から王子様扱いされるのは迷惑なのに、そんな事になったら全校の笑い者にまでなってしまいそうだ。
せめて、予感が的中しないことを祈ることしか、今の僕にはできなかった。
数日経った月曜の夜、週で一番客足の少ない日だけあって、来店する客もまばらだ。
今、店内にいるのは常連の二人組だけで、ともみさんが相手を務めている。
「先生が言ってた『悪役令嬢の転生もの』って、次のコミケで出すの?」
「もちろんです。今は絵師さんと表紙の件で打ち合わせに入ってますよ」
僕が店内デビューした日に、先生に対して壁ドンした時のことを思い出す。あれから一ヶ月以上経ったんだ……軽く感慨に浸っていると、出入り口のドアが開いた。
「お帰りなさいませ、御主人様……あ!?」
「フッフッフ、やっぱりここで働いてたんだ!」
頭を上げた僕の前に、制服姿の社交的女子と友達二人が立っていた。三人とも、勝ち誇ったようなドヤ顔である。
「なんでお前らがここに……?」
「最近、あんたの様子が色々おかしかったから、調べてたんだよ~」
先日の予感は的中してしまった。理不尽さに歯ぎしりする僕に、隣の絵舞さんがたずねてくる。
「お知り合いの方ですか?」
「……同級生、です」
「まあ、そうなんですか」
僕に代わって、絵舞さんが笑顔で三人の応対に出る。
「ようこそフェアリーパラダイスへお越しくださいました。私がご案内いたします。どうぞこちらへ」
絵舞さんに導かれた三人が、あざ笑うようにしながら僕の目の前を通り過ぎていく。
とうとうこいつらにバレてしまった。もうお終いだ……絶望感が全身を蝕んでいくように思えてくる。
常連の二人が食べ終えた食器を、厨房へと片付けに行った。トレーとかを揃え直していると、ともみさんが入ってくる。
コックの上堂さんに追加の注文を頼んでから、ともみさんは僕に声をかけてきた。
「あの子達はキミの同級生だって?」
「ええ……よりによって、あいつらに見つかるなんて」
「お客様として来てくれたんだから、ありがたいことじゃないか」
「明日になったら学校中に言いふらされて、マジで王子様やってるってバカにされそうで……どうしたらいいのか」
すると、ともみさんが少しムッとした声を出す。
「キミは、この店で働いていることを恥だと思ってるのかい?」
ハッとして振り向いた僕の目を、真っ直ぐにともみさんが見つめ返してくる。
「大声で自慢することでもないけど、そうやって卑下することもないだろ。ボク達はお客様に喜んでもらうために、仕事してるんだから」
「……そ、そうですよね」
落ち込みかけていた僕を励ますように、握りしめた拳をともみさんが見せつけた。
「職業に貴賎はないよ。キミも自分の仕事に自信を持って、王子様としての役割を果たすべきだ」
「わかりました。愚痴こぼしちゃって、すみません」
僕は一礼した。ともみさんのプロ根性というか、仕事にかける意識の高さを垣間見て、素直に感銘を受けてしまう。
そこへ絵舞さんが、社交的女子達の注文を持って入ってきた。
「あの子達には私から、この店を楽しむためのルールなどを解説しました。今は嶋村さんが、ポイントカードの説明をしていますわ」
「わざわざ嶋村さんが出てきたんですか?」
「あの子達もリピーターにさせたいようです」
クスッとした後で絵舞さんは、表情をやや改める。
「ここで働いていることを、あの子達に隠していたみたいですけど、隠そうとすればするほど、いつかはバレてしまうものです……私のように」
この前、喫茶店の個室で話をした時のことが思い出される。あの夜の絵舞さんは自分の生い立ちや、胸に秘めていた本音を、僕に正直に語ってくれた。
「あんな思いをするくらいなら、いっそ堂々と自分を見せた方がいいのではないかと、そう私は思います」
絵舞さんが言ったのはそれだけだったが、僕の覚悟を固めるには十分すぎるほどだった。
ともみさんも絵舞さんも、それぞれの形で僕を励ましてくれた。僕だって、こんなことくらいでつまづいているわけにはいかない。
こうなったら、徹底的に王子様になりきってやる。ネクタイを締め直すと、僕は厨房を出て社交的女子達がいる席へと向かう。
「……そういうわけで、ポイントカードが満点になると、メイドの人達から特別サービスを受けられます。皆様も張り切ってポイントをためてくださいませ」
店長である嶋村さんからの説明を、社交的女子達は面白そうに聞き入っていた。彼女達の前に立った僕は、深々と一礼する。
「先程は失礼いたしました、お嬢様方」
「お嬢様だって! 私達が~アハハハハ!!」
腹の底から笑い転げている三人に、嶋村さんが僕に手のひらを向けて指し示す。
「特に『王子様からの壁ドン』は、女性の御主人様専用のサービスとなっています。皆様もポイントが満点になった時は、ぜひ指名してあげてね」
説明を聞いた社交的女子が、手を叩いて爆笑している。
「壁ドン!? あんた、そんなことまでやってんだ!」
「はい、わたくしのサービスを受けた方は、まだ一人しかおりません」
「マジで王子様やってんだね~」
「チョーウケるんですけど!」
「学校で、やってくんないの~?」
「あくまで、この店だけのサービスです」
三人の態度に内心では腸が煮えくり返っていたが、曲がりなりにも客なのだから、僕は微笑みを取り繕う。
そこへ、注文の品を持ってともみさんと絵舞さんがやってくる。
「お待たせいたしました。ケーキとカフェラテのセットです」
「それでは私がデコレートいたしますね」
チョコレートペンを持った絵舞さんが、ケーキのプレートにイラストやハートマークを、鮮やかな手付きで描いていく。その仕上がりを見て三人は感嘆の声を上げる。
「わぁ、カワイイ~!」
「ねえねえ、王子様~。萌え萌えキュンやってよ!」
指名でリクエストされたのだから、やらないわけにもいかず、僕は直立したまま両手の指でハートマークを作る。
「美味しくなれ、美味しくなれ、萌え萌えキュン」
ウインクを付け加えると、三人は大爆笑状態になった。体を揺すったり足を踏み鳴らして、いつまでも笑いが止まらない。
仕事とはいえ、ここまで笑われると、怒りで頭が沸騰しそうになった。そんなタイミングで、今度はともみさんが話題を振ってくる。
「ところで、お嬢様達は、最近ハマってるモノとかありますか?」
「私、□□やってまーす」
社交的女子の友人Aが挙げたのはスマホのゲームだ。ともみさんがすかさず乗っていく。
「それ、ボクもやってますよ。今月のイベントとか、クリアしてます?」
「う~ん……序盤で詰まっちゃって、先に進めなくて」
「もしかして、1-2面かな? そこはアイテムの△△を使うんですよ。次に……」
ともみさんからのアドバイスを受けて、友人Aがスマホを取り出し、実際にプレイしてみた。しばらくすると、彼女が感心したような声を上げる。
「ホントだ! マジでクリアできちゃった~」
「ねっ、言った通りでしょ」
微笑むともみさんに、友人Aが熱い眼差しを送っていた。オタクな話題で客の心をつかむのが得意な、ともみさんのだけのことはある。
もう一人の友人Bが、絵舞さんをじっくりと見つめてから、おずおずとたずねていく。
「あの……王子様と違って、男の娘、なんですよね?」
「はい、私は男の娘です」
「初めて見たんですけど、すごく可愛くて……素敵です」
「ありがとうございます。お褒めいただいて光栄ですわ」
絵舞さんが優雅に微笑むと、友人Bが口元をはわわ~とさせていた。女以上に女らしい絵舞さんの美貌に、心を奪われてしまったらしい。
社交的女子はケーキをパクつくと、目を丸くしてから、僕を見上げる。
「このケーキ、美味しいじゃん!」
「当店の手作りでございます」
「いや~、ここまでいい店だなんて思わなかった!」
彼女は満足げにカフェラテを飲む。
ともみさんと絵舞さんは、社交的女子達をリピーターにするべく、接待攻勢をかけているのがわかる。それに、なんだかんだ言って三人とも、フェアリーパラダイスを楽しんでいるようだ。
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