第二十話
相変わらず学校での僕は、男子からは距離を置かれつつエロい目で見られ、大半の女子からは無関心だ。そういう境遇にも大分慣れたというか、今はフェアリーパラダイスで働くことの方に集中しているから、もうどうでもいいというのが正直な気持ちだ。
とはいえ、いまだに戸惑うことはある。それは一部の女子から届く、ラブレターの件だ。
登校すれば、今朝も下足箱に手紙が入っていた。社交的女子も当然のように、したり顔でそばにいる。
「今日は二通? まだまだ人気が衰えないね~、王子様」
戸惑うといえば、彼女から『王子様』呼ばわりされるのもそうだ。店で客から呼ばれるのは受け入れられるけど、この女からだと拒絶感が強くなる。
「こっちは何もしてないのに、なんでまだ送ってくるんだか」
「あんた、最近オシャレしてるじゃん。そうやってイメージアップしてるくせに~」
メイドとして働いているのだから、清潔感には気を使ってるし、髪型や眉も毎日整えるようにしている。そんなところまでチェックしているとは、なかなか鋭いヤツだ。でも、それが女子達の気を引くことになっていたとは、思いもよらなかった。
僕が通う高校ではアルバイトは自由だから、許可を得る必要はなかった。そして自分が男の娘メイド喫茶で働いていることを、学校では誰にも話してはいない。理由としては、興味本位で店に押しかけられたくないからだ。
手紙をバッグにしまうと、上履きに履き替えた僕は廊下へ歩き出す。通路の角へ差し掛かると、急に誰かが飛び出して、僕の胸元にぶつかってくる。
「痛ぁ……あ!?」
相手は後輩の女子だった。とても小柄な彼女はこっちに気づくと、うろたえた表情で見上げてくる。
「大丈夫かい? 怪我はない?」
なるべく穏やかに話しかけると、彼女が小さく頭を下げた。
「ご、ごめんなさい」
「今度から気をつけてね」
「は、はい……失礼します!」
踵を返して彼女は立ち去った。胸のあたりを手で払っていると、社交的女子の含み笑いが聞こえてくる。
「フッフッフ、王子様らしいあしらい方だね。これで明日のラブレターの差出人は、あの子で決まりだ」
「怯えてたから、優しく言っただけだ。そんなことくらいで手紙書くわけないだろ」
「ふとした時に見せる優しさも、王子様の魅力なんだよ。この女たらし!」
口元を歪めて笑っている彼女を見ていると、朝っぱらからなんかムカついてきた。
フェアリーパラダイスにおいて、僕が王子様を演じるのは仕事のためであり、それ以外の場所でするつもりなど、元からない。今の後輩の件は、いきなり泣かれたり、昔みたいに『キモい』とか言われたくなかったから、下手に出ただけのことだ。
それはともかく、何があってもこの女にだけは、僕が男の娘メイド喫茶で王子様をやってることを知られたくないと思った。社交的……要するに、おしゃべりなだけあって、学校中に噂が広まるだけでなく、仲間を引き連れてフェアリーパラダイスに押しかけるに違いない。それになんと言っても、彼女を『御主人様』だなんて、絶対に呼びたくなかった。
放課後、店へと向かう途中の駅前で、ちょっとした人だかりができていた。よく見ると、近所にある女子校の生徒達が集まっており、その中心に一際背の高い、ショートヘアでジャージ姿の女子がいる。
スポーツタイプな大型ショルダーバッグを肩にかけた彼女は、ひたすら笑顔を振りまいていた。囲んでいる女子達も浮かれたような顔で、周りを気にせずはしゃいでいる。多分、体育会系の部活に所属する彼女が遠征することになり、皆で見送りに来たのだろう。
ジャージ姿の女子が歩きだすと、周りもそのまま付いていく。改札を通り抜けた彼女は、途中で振り返ると、見送る女子達に笑顔で手を振った。再び黄色い歓声が上がる。
もしかして、あれが本物の『女子校の王子様』なのか……僕は足を止めて、その光景に見入っていた。
電車の中で、僕は『女子校の王子様』というものについて、考え込んでしまった。
普段、男と接する機会がない女子校の生徒からすれば、理想の男子のイメージとして、あの体育会系みたいな女子を『王子様』と呼んで、熱を上げているのかもしれない。でも、うちみたいな共学校で、今の僕みたいな男顔なだけの大女に対して、何故同じようなことをするのか。
きっと、あの女子は試合でも活躍しているだろう。そんな実績があればこそ、女子達も応援しているはずだ。だけど僕は、元は男というTSでしかないし、他に取り立てて才能なんかない。ただ、外見のイメージだけでラブレターを送ってこられるのは、理解できないし納得もいかなかった。そしてこの状況を、あの社交的女子が愉快に感じていることが、僕は一番面白くないのだ。
今夜も僕がフェアリーパラダイスで勤務していると、常連の二人組がいつものように来店した。応対した僕に、二人はそれぞれカフェラテとケーキのセットを注文する。
出来上がった品を席まで運ぶと、二人は同時に僕を見つめる。
「王子様、『萌え萌えキュン』をやっておくれよ」
「壁ドンは無理でも、それならしてくれるだろ?」
「萌え萌えキュン……で、ございますか?」
自分なりに一人で練習していたが、まだ客に対して披露してはいなかった。ついに僕の『萌え萌えキュン』が炸裂する時が来てしまったようだ。
「承知いたしました。不肖、わたくしが務めさせていただきます」
両手の指でハートマークを作ると、直立の姿勢で笑顔を作る。
「美味しくなれ、美味しくなれ、萌え萌えキュン」
ともみさんみたいに元気よくでもなく、絵舞さんのように清楚な感じでもない、落ち着き払った声で唱えた後、ウインクを付け加える。
「……」
二人が口をぽかんと開けてた。あれ、まさかドン引きしてる……やっちまったなと思った直後、彼らは歓声を上げる。
「ウヒョーッ! 王子様の初『萌え萌えキュン』だ!!」
「さすが王子様、気品に溢れてるぜ~!」
「お褒めいただき、感謝致します」
深々と頭を下げつつ、僕は内心でホッとしていた。ともみさんと絵舞さん、嶋村さんも僕が初『萌え萌えキュン』を成功させたことに、喜んで拍手をしてくれる。
このように、店において『王子様』として振る舞うことに、今の僕は抵抗はなかった。
絵舞さんはまだよくわからないけど、ともみさんは趣味のコスプレとメイドの仕事が直結している。僕の場合は、仕事と私生活は別だと考えるタイプみたいだ。だから学校で社交的女子から『王子様』って呼ばれるとムカつくし、ともみさんからコスプレに誘われてもその気になれないのだろう。
翌日、登校した僕が下足箱の蓋を開ければ、またしても手紙が一通入っている。今回は他のラブレターに比べて一回り小さく、白一色のシンプルな封筒だ。
「やっぱり来てるじゃん。昨日のあの子じゃないの~?」
「んなわけねーだろ」
ドヤ顔の社交的女子へぶっきらぼうに答えつつ、手紙をバッグにしまう。だがそのシンプルさが、逆に僕には気になっていた。
仕事中の休憩時間に、ふと今朝の手紙のことを思い出した僕は、バッグから取り出すと封を開いてみた。入っていた便箋は一枚だけで、丁寧な文字が記してある。
読んでみると、差出人は昨日の廊下でぶつかった、後輩の女子だったとわかる。あの女、予言を的中させやがって……社交的女子のドヤ顔を思い出しつつ、さらに読み進めてみる。
内容としては、昨日ぶつかったことを再び文面で謝罪しつつ、怒るどころか優しく気遣ってくれたことに感謝しているというものだった。続けて、TSである僕の境遇に同情を寄せつつ、これからも僕を応援するという言葉で締めくくられていた。
何もわざわざ手紙に書いてまで謝らなくても……とは思ったけど、悪い気持ちはしなかった。それに今まで送られてきたラブレターと違い、過度な感情を抑えつつ、短いながらも言いたいことが的確に伝わってくる文章というだけで、とても好印象だ。
さわやかな読後感に浸ってると、ともみさんがノックもせず、いきなり入ってくる。
「賄、持ってきたよ……おや、その手紙、またラブレターだね?」
隠す間もなく見つかって、バツが悪くなる。
「違いますよ。これはただの手紙ですから」
「キミって、マジで学校でも王子様なんだね」
コーヒーとサンドウィッチを乗せたトレーをテーブルに置きながら、ともみさんはクスクスと笑い続けていた。
ヤバいな……僕は仕事と私生活は別だと思っているはずなのに、その境界が危うくなってきているみたいだ。このままじゃ、僕は学校でも本当に『王子様』になってしまうかもしれない。それだけはなんとしても避けなくては、と僕は賄を食べながら決意したのだった。
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