第七話

 こうして朝おんでTSとなった僕の学校生活が再開したわけだが、そんな日々の中で、僕に対する注目の仕方が、男子と女子では明らかに違いがあることもわかってきた。

 クラスメイトの男子は、担任から『節度を持って接するように』と注意されているから、いじめというかセクハラみたいなことをしてくる奴はいない。他のクラスの男が、廊下ですれ違う時にジロジロとこっちを見つめたり、離れた所からニヤケ顔で眺めてたりするけど、僕が不審を込めた目線を返すと、すぐ顔をそらしてしまう。

 それはともかく、大抵の男子は僕に対して距離を置くようになったし、以前からの友達も、男だった時ほど話しかけてはくれなくなった。だからといって全く関心がないどころか、むしろ大いに興味を抱いていることを、僕は直感で見抜いていた。

 体育の授業後、教職員用の更衣室で着替えを終えて廊下に出ようとした時、ドアの外から聞き覚えのある、クラスメイトの男達の声が聞こえてくる。

「なあ、女の徳田って、エロいよな」

 自分の名前が出てきて、僕は立ち止まって聞き耳を立ててしまう。

「女になったら、あんなスケベな体つきになるとは思わなかった」

「ジャージの上からだと、巨乳なのが丸わかりだもんな」

 あいつら、授業中にこっちを横目で眺めていたし、やっぱりそんな事考えていやがったのか。面と向かっては何も言わないくせに、本当に男ってムッツリスケベだよな。

 内心で毒づいていると、ぼやくような声も届く。

「あれで、もう少し背が低けりゃいいのに」

「あんな大女じゃ、こっちがチビに見えるからな」

「彼女にして付き合うには、ちょっと気が引けるし」

 こっちだってお前らの彼女になるために、朝おんしたわけないじゃないっての……まあ、体がエロいっていうのだけは同意するけど。

 何より僕自身が女になった自分の体をエロいと思っているのだから、同年代の男からもそう見られることはわかるのだ。ちなみにどれだけ自分をエロく感じているのかというと、毎晩のオナニーが欠かせなくなってしまうほどのレベルだと言っておく。

 ともあれ、男達がよそよそしくなったのは、内心のスケベ心を悟られたくないだけでなく、僕が大女すぎて引け目を感じさせてしまうということもあるだろう。もし僕が女子の平均的な背丈だったら、男達は遠慮なくセクハラしてきたかも知れない。そう考えると、僕が身長を保ったまま朝おんしたことを、朝おんの神様(そんな者がいるとすれば)に感謝したくなった。


 一方、女子からの僕に対する態度は、男子ほど単純ではなかった。

 元々僕は女子から人気があったわけでもなく、むしろ眼中になかったほどだ。そんな僕が女になると、さすがに同情を寄せてくる子もいたが、改めて自分達の輪の中に招き入れたりするわけでもなく、やがて今まで通りの態度に戻った。要するに、ほぼ無関心ってやつだ。

 再三言うように、僕は女としては大きすぎるから、女子は男子以上に圧迫感を覚えるはずだ。それに途中で朝おんした僕を、生まれた時から女をやってる自分達と一緒にしたくないだろう。つまり彼女達は僕を、おかしな状況になって女装しているだけの男子、という存在にしておきたいのだ。

 正直に言うと女扱いされるより、ほっとかれる方がまだ気楽だ。女の体になったから女子の気持ちがわかるようになるはずもないし、いきなり女同士の会話についていける自信もないのだから、これはこれでいいのかも知れない。

 だが何事にも例外はある。特に一部の女子の、僕に向ける視線の意味が、完全に理解を超えていた。


 ある朝、登校した僕が下足箱の蓋を開けると、中に手紙が入っていた。同時に登校してきたクラスメイトの女子が、それを目ざとく見つける。

「あっ、ラブレターだ!」

「ウソだろ……」

 こんな物が届くなんて、男だった時には一度もなかったことだ。

 取り出した封筒はパステルカラーで、表には僕の名前が手書きで記してあった。目を輝かせた女子が、手紙を覗き込む。

「ねぇ誰から? 男? 女?」

 彼女はクラスで一番社交的というか、男女関係なく話しかけてくるようなタイプだ。別の意味で、僕に対する態度を変えたりしない女子でもある。

「何だっていいだろ……」

 差出人を確認すると、心当たりはないが明らかに女の名前だった。無造作にバッグへと突っ込む僕に、彼女が食い下がる。

「どうするの? その相手と付き合っちゃう?」

「今の僕は自分のことだけで精一杯だし、誰かと付き合いたいとか、そんな余裕はないっての」

「とかいって、ホントは嬉しいくせに」

 口元を歪めて彼女が笑っている。そんな表情が小憎らしい。

 自宅に帰ってから手紙を読んでみると、文面と筆跡から本当に女が書いてきたものだとわかる。ただ、その内容は情熱的すぎるというか、感情のおもむくままに文章が書き連ねてあって、何度も読み返さないと意味が理解できないものだった。要するに女になった僕を見て、興奮が抑えられなくて手紙を差し出した、ということらしい。

 感情が先行しすぎたのか、僕と付き合いたいなどとは具体的に書いてなかったので、できの悪い感想文だと思って放置しておくことにする。

 以後も、僕の下足箱に手紙が入ることがあった。差出人は、やはりというか女ばかりだ。

「また来てるねぇ。モテ期到来じゃん」

 例の社交的女子がニヤニヤしていた。社交的というのは、口が軽いということでもある。僕に女からのラブレターが届くようになったことは、すでにクラスメイト達には知れ渡っていた。

 手紙の内容はというと、やはりというか過剰に情熱が込められていたり、時には覚えのないことが事実のように書かれてあったり、最後まで読むには耐えられない物ばかりだった。共通しているのは、女の僕に興奮を抑えられないということだ。

 何だよ、興奮って? たとえ女でも、今の僕を見てエロいと思うのか……その辺がよくわからない。


 その日は、下足箱を開けただけで、手紙が中から落ちてきた。よく見たら、他に何通も入っている。

「今日は大漁だ! この色女」

 社交的女子が肘で小突いてくる。それにしてもこの女は、僕が手紙をもらう時には、必ずと言っていいほど居合わせている。こんなにタイミングがいいのは、先回りして下足箱に手紙が入っているのを確認してから、僕の登校時間に合わせて顔を出しているからに違いない。ご苦労なことだ。

「なんでこんなもの送るんだ? 男だった時は目もくれなかったくせに」

「だって今のあんたは、女子校だったらって呼ばれるタイプの見た目だし」

「何だそりゃ?」

 そいつの幼馴染で、女子高に通う友達から聞いた話らしいが、体育会系の部活に所属しているような、ずば抜けて背が高くキリッとした男顔の女子を『王子様』と呼んで、主に後輩達がチヤホヤしたり取り巻きになったりするのだという。

「あんたが朝おんした時、女子校に転校してたら、今ごろハーレム状態だったかもね。あははは」

 何があはははだ。こっちの気持ちを無視して勝手に浮かれてるような女ばかりが待ち構えている場所へ、誰がわざわざ行くもんか。

 ブチ切れたい気持ちを抑えつつ、僕は手紙の束をバッグの中へと乱暴に押し込んだ。

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