第五話

 次の日、大学病院のカウンセリングルームにおいて、学校側がサポートしてくれると言うので今の高校に残留を決めたと、僕はカウンセラーに報告した。相手は軽く驚きつつも懸念を表明したが、過去にも同様の例があったことを伝えると、ようやく納得してくれる。

 それ以降は、再び高校へ登校するための準備に入る。まず女の体には女の下着ということで、ブラジャーとパンティを購入しなくてはならない。それまでは体型が変わってしまったのに、無理やり男の下着をつけていたため、窮屈な思いをしていた。

 大学病院での診察時に身体測定をしてもらったので、自分のスリーサイズはわかっている。上から91・58・87だ。身長は175cmで、これだけは男の時から変わらなかった。

 僕も女になったばかりだし、ランジェリーショップに入るのは流石に恥ずかしかったので、代わりに母が買ってきてくれた。一から女の生活を始めなくてはならないのだから、数を揃えるべくシンプルで安い物ばかりを選んできたらしい。

 いよいよ再登校する日の前日、学校から女子用の制服が届けられた。それらは新品ではなく、卒業した女子生徒達が残していった古着をクリーニングした物だ。いくつか擦れている部分もあるが、ただで借りるのだから、文句は言えない。

 夜になった部屋の中で僕は、明日以降に備えて下着や制服を一人で着るための練習をした。まずはブラジャーとパンティを身に着けると、鏡の前に立って自分の全身を眺めてみる。

「これが、僕……エロいなぁ」

 ブラは形よくバストをしっかり支えている。大きなヒップをパンティがすっぽりと包み込む。鏡越しとはいえ、初めて女の下着を間近に見た僕は、興奮を抑えられなくて正直な感想しか出てこない。

 続いては制服だ。ブラウス、プリーツスカート、ネクタイ、カーディガンの順で着用してから、再び鏡へと向き合う。

 ガーディガンが盛り上がる程の胸元の膨らみ、スカートから伸びるツルンとしている両脚……似合っているとは思えないけれど、自分が女子生徒になってしまったことを、嫌でも自覚せざるを得ない。

 見つめているうちに、なんか妙な気分になってきた。嫌とか恥ずかしいといったネガティブなものでなく、胸の奥がキュンとするような感覚だ。

 腰をくいっとひねってみると、スカートの裾がふわりと浮き上がる。一瞬太ももの間がすうっとして、自然に口元がほころぶ。

「うん、悪くないな……って何が?」

 ノリツッコミしてしまった後で、はっとする。


 まさか僕……スカートはいて喜んでる?


 まだ男の心が残っているつもりの僕が、自分とはいえ女の下着姿を見てエッチに思うのは当然かも知れない。だけどスカートをはいてうっとりしてしまうっていうのは、明らかに違うはずだ。それに僕は元々女になりたいと思ってたわけでもないし、女装にだって興味もなかったのに、女になって数日経っただけで、もう変態な喜びに目覚めたっていうのか。

 それはそれとして、やっぱりスカートのはき心地は悪くない。これから毎日着ていくのだから、最初から嫌な気持ちになっていたら、やっていられないのはあるだろうけど、一体どうなってんだ……内心の疑問に対し、ふとカウンセリングで最初に言われたことが思い浮かぶ。


『君がしなければならないことは、今の自分が矛盾した状態にあることを、深く自覚することだ』


 こんな倒錯した気持ちを抱くのも、やっぱり矛盾じゃないのか。なら、こういうのも受け入れなきゃならないのかよぉ……鏡に映った自分の制服姿から目をそらすこともできず、僕は呆然と立ち尽くしていた。


 これからの僕は、段々と思い知らされていくことになる。

 矛盾というものはどこからともなく、いくらでも湧いて出てきて、しかも幾重にも重なり合っていくものだ……ということを。

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