第二話

 その日の朝、目を覚ました僕が自分の体を確認すると、体が女になっているのがわかった。背丈は変わらないみたいだが、体全体が曲線を帯びて、胸には乳房が膨らみ、股間からペニスが失われている。

 僕自身も驚愕するしかなかったけど、息子の異変に気づいた両親も途方に暮れていた。とりあえず学校に欠席を連絡した後、母に付き添われて近所の開業医へ行ったが、そこでは手に余るということで大学病院への紹介状を書いてもらうことになった。不安な気持ちを抱えつつ大学病院まで向かうと、立て続けにレントゲン撮影、超音波診断、MRI検査、さらに性染色体の判別をするためのDNA検査まで受ける。

 その結果判明したのが、僕が女の体になったのは『突発型後天性女性化症候群』というもので、同時にこの時初めて『朝起きたら女になっていた』という現象の正式な名前も知ったわけだ。

 僕の心はともかく、体そのものは女になってしまった。『朝おん』という言葉を知っていたからと言って、それが自分の身に現実となって起こるなど、微塵も想像すらできないわけで、笑うに笑えない心境だ。

 愕然としている僕に対し、医師は真摯な態度で解説してくれる。

「この突発型後天性女性化症候群……いわゆる朝おんは、三十年前に第一号の発症患者が現れました」

 それ以後は毎年十数件の発症例が確認されており、主に十代前半から二十代前半にかけての男性が多数を占める。そして原因についてはまったくわかっておらず、何の前触れもなく突発的に女性化するため、現時点においては予防も治療も不明であるという。

 ちなみに三十年前に朝おんが発生し始めた頃は、先祖からの遺伝的な要因による性染色体の異常とか、未知のウイルスによるものではないかと考えられていた。だが研究が進むにつれて、そのような証拠を示す要因が発見できず、現在では両方とも完全に否定されている。だから朝おんは子孫に遺伝することもなければ、他人に感染するということもない。

 ここまで話してくれた医師が、一呼吸おいてから僕を見つめ直す。

「……さらに、この症例への対応が難しいところは、男に戻る可能性がある、ということです」

「も、戻れるんですか!?」

 上ずった声で聞き返してしまった僕に、医師は全く口調を変えずに説明を続ける。

 朝おんの発症患者への追跡調査により、五割の患者が再男性化した事例が確認されている。だが、再男性化するまでの期間については早期の場合は約十年、平均としては十五年前後であり、長期に及んだ例として十代前半の発症患者が二十五年後に再男性化したとの報告があったという。

 そして最初の女性化と同様に何の兆候もなく再男性化するため、こちらも原因が不明であって、戻るための具体的な方法についてもわかっていないらしい。

「あなたが必ず男に戻れるのか、またそれがいつなのかについては、今の時点では何の確約もできません。ただ今後、最低でも十年間は、女の体として生きていくことになります」

「十年なんて……長すぎる」

 気が遠くなる中でつぶやいた言葉に、深く医師がうなずき返す。

「確かに、決して短い期間ではありません。女性化してしまったあなたは、以前のような生活を送ることはとても困難です。これからあなたは否応なく、女としての生活態度というか習慣を身に着けざるを得ないでしょう。それが十年以上経った時、またひっくり返されてしまうかもしれない……だからこそ、対応が難しいのです」

 これも追跡調査で判明したことだが、朝おんしたことによる精神的な苦悩を乗り越え、女として生きていくことを決意した患者が、十二年後に再男性化したことによって、また混乱に陥った例もあるという。この『十数年後に、男に戻る可能性』があることで、患者当人だけでなく周囲や医者といった人達も、様々な対応を考えなくてはならないわけで、単純に喜ばしいことではないのだった。

 男に戻れると聞かされた時の、心に灯った僅かな希望の光が、今や線香花火の終わりのように小さく消えていくようだ。


 診察を終えて自宅に帰って聞いた僕は、何もする気力もわかず、ただ自室のベッドに寝転がっていた。

「なぜ僕が女に?」

 大学病院での説明を思い出しつつ、僕は独語する。

 理由については全くわからず、男に戻れるのかどうかも十年以上たたないとわからない上に、確率も五割と聞いて、ひたすら気が滅入るばかりだった。

 とはいえ、まだ僕は生きていかねばならないわけで、そうなると新たな問題というか疑問が芽生えてくる。

「僕が女になって、一体何をすればいいのだ?」

 部屋の中で口に出したところで、単なる独り言でしかない。

 この疑問については次の日に、同じ大学病院にあるカウンセリングルームの、性分化疾患を担当するカウンセラーと話をすることになった。

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