第11話 自殺志願



 佐渡の車で、最寄りの駅まで送ってもらった。


 田舎駅の終電は早いようで、到着して間もなくやって来たのが、もう最終便だった。名前を聞いたこともない駅で、これまでに乗ったこともないローカル線に乗車する。乗客は少ない。満員電車とは違い、ガラガラの車内では、座席に座ることは容易だった。


「空いてますね」


「おお……そうだな……」


「じゃあ、座りましょうか……」


 サキとトウゴは、見知らぬ車窓しゃそうの風景をボンヤリと眺めていた。

 佐渡に渡された、ランタン詰めの赤花をひざに置き、なにも語らず放心している。

 心ここにあらずな、そんな様子の2人を、ケイは心配そうに見守っていた。


 やがて、よく知る都内環状線かんじょうせんの駅で乗りえを行った。

 都内の駅では一気に人混みが増えて、乗車率じょうしゃりつも尋常ではなくなった。

 乗客同士で押し合い状態になり、3人は車両内でバラバラにはぐれてしまう。

 そうして、それ以上は互いに話す機会もなく、それぞれが自宅最寄り駅で降りていき、自然解散となる。 


 自宅に到着すると、祖父に「帰りが遅い時は連絡しろ!」と叱られた。

 遅い夕飯を食べて風呂に入った後、ケイはいつもの寝間着姿になって、ベッドへ転がった。大の字になって、ボンヤリと天井を見上げて言う。


「…………今日は、いろいろあったな」


『そうですね』


 返事をくれたのは、いつも通りに枕元へ置いた、アデルである。

 アデルは、ケイが心配しているであろうことを予想して言った。


『現代社会に、未知の怪物たちが実在しているということを、サキとトウゴもようですね』


「ああ……。大丈夫なのかな、先輩たち」


 気がかりなのは、そのことだった。


「オレも最初の頃は、現実を受け入れることが難しかったのを憶えてる。たぶんだけどさ。浦谷うらたにの死体処理を手伝ってる時。あの時の先輩たちはショック状態で、冷静じゃなかったんだと思う」


 ケイが浦谷うらたにを殺した時点で、刑事事件けいじじけんだった。

 常識的に考えれば、すぐに警察や両親などに相談するべきだった。

 子供たちだけでは到底とうてい、解決できない、隠し通せない事態だったのだから。


 だが現場に――佐渡さわたりという予想外の存在が登場してしまった。

 証拠を隠滅し、事件を「なかったことにできる」のだと持ちかけてきたのだ。


「佐渡に言われなくても、オレは最初から死体隠しをするつもりだった。けど、そのことを先輩たちになんて言えば良いのか、正直なところ悩んでたよ。だから今日のことは、オレみたいな人間にとって都合が良い展開だったけどさ。普通に暮らしてた先輩たちを、オレの世界へ巻き込んでしまった気がするよ……」


 その罪悪感ざいあくかんが、ずっとケイの心中に残っていた。


 もしもサキとトウゴがあの時、冷静な判断ができていたなら、やはり佐渡の提案を拒んだのではないだろうか。ケイが知る2人は、善人なのだから。

 結局、ケイにとって都合が良い状況になったものの、2人には佐渡の提案に反対して欲しかったような……複雑な心境である。


『サキとトウゴは、死体処理について否定的な意見を出さず、佐渡の提案に対して、素直に乗ってきましたね。たしかに、どこか、心ここにあらずの心境だった可能性があります。ケイや佐渡の異常性を知っても、素直に受け止めている様子でした』


「佐渡はともかく。オレの異常性って……さりげなく、ひどいこと言うな」


 悶々もんもんとしていたケイだったが、辛辣しんらつなアデルの発言に苦笑してしまう。

 アデルは自信満々の持論じろんを展開した。


『ケイは普段から、同種どうしゅ他個体ほかこたいとはことなる生活あるいは行動をしています。つまりケイは、大多数の個体と異なる行動をする、稀有個体きゆうこたいと言えます。社会集団の中の特異とくいであり、異常と呼ぶ妥当性だとうせいはあります』


「はいはい。真面目な回答を、どうもありがとう」


 ケイは天井を見上げたまま、嘆息たんそくを漏らした。


「まあ、たしかに世間一般から見れば、オレは異常なのかもな。最近は、そう自覚するようになってきたよ」


『なんと。認めるのですね。珍しく』


「オレが見ている世界を、世の中の大半の人間は、知らなくても生きていける。少なくとも、先輩たちにとっての日常と、オレにとっての日常は違うよ……。イリアにも異常者扱いされてるけど、オレ自身は普通に生きてるつもりなんだけどな」


 思わず、ぼやいてしまった。


「思い起こせば、これまでにも色々なヤツに遭遇してきたっけ……。けど、浦谷みたいに普通の人間として生活していて、社会的地位もあるような、そんな怪物は初めてだった。あんなのがいるなんて、今まで知らなかった」


『社会性を持った“異常存在ヘテロ”との遭遇は、初めてでしたね』


「佐渡が言う通りだとしたら……本当にあんなのが他にもいるのか? だとしたら、いったいそいつらは、何者なんだろう」


 しばらくの間、浦谷の正体について思考を巡らせてみた。

 だが、思い当たることはなにもない。

 ケイは諦めて、違う話題を口にしてみることにした。


「なあ、アデル」


『なんでしょう、ケイ』


「見ただろう? 佐渡の診療所にあった花を」


 診療所内で栽培さいばいされていた、赤い花。

 咲き誇る全ての花が、アデルの同種だった。


「昔、親父がお前のことを大学に送って、花の種類を調べてたことがあった。けどわからなくて……結局、新種の花を発見したんだってことになったよな。もしかしたら、お前は世界に1輪いちりんだけ咲いてる花なのかもしれない。そう思ってたから。あんなにたくさん、同じ花を目にするとは思ってなかった」


『そうですね。あれは私も予想外でした』


「佐渡が言うには……オレの親父が、お前の種子しゅしを佐渡に分け与えたらしい。その後の研究の結果、種子を発芽はつがさせて増やすことに成功したんだそうだ」


『そう言ってましたね』

 

「じゃあもしかしてさ。あの花の1つ1つには、お前みたいな知性が宿やどってるのかな。だとしたら、先輩たちが持ち帰った花も、お前みたいに喋ったりするのか?」


『どうでしょうか。私にはわかりません。可能性はありますね』


 ケイはベッドの上で身体の向きを変え、傍らの赤い花に微笑みかけた。


「もしもそうだったら、本当のお前の家族が存在しているのかもしれないな」


『私にとっての家族は“ケイだけ”です。他に代わりはいません』


 アデルは迷いなく、即座に返答する。それが当然であると言わんばかりの口調であり、他に家族がいても構わないようなケイの発言に、少し腹を立てているようにも聞こえた。

 そんなアデルの言葉を聞いたケイは、改めて考えてしまう。


「今さら過ぎる話しだけど……お前ってなんなんだろうな」


『残念ながら私は、その質問に回答することができません。なぜなら、私の記憶データは完全に失われています。保有している最初の記憶は、ケイと出会った時からのものだけです』


「知ってる。それは前にも聞いたよ」


 アデルの花弁を指先で撫でてやりながら、ケイは愛おしそうに目を細めて言った。


「正体なんて、なんだって構わないと思ってるよ。親父や姉さんが死んでしまった後……お前がいなかったら、きっとオレは耐えられなかった。あの孤児院に閉じ込められて、独りきりで生きてこられなかったと思う。今はじいちゃんもいるけどさ」


 ケイもアデルに応えた。


「オレにとっての家族も――お前だけだよ」


『……』


 しばらくアデルを撫でてやった後、ケイはベッドの上で上体を起こした。


「そろそろ寝るとしよう」


 ベッド脇の小テーブルには、水の入ったグラスと、佐渡からもらった錠剤じょうざいが置かれている。


「……殺されたくなければ、赤花を枕元に置いて、これを飲め、か」 


 全くもって意味不明な要求である。

 そうすることに、いったいどんな意味があるのか。想像もつかない。


 佐渡当人が飲んで平気だったのから、毒などではないだろう。

 だが、なんの薬なのか得体えたいが知れないため、飲むことには抵抗があった。


「…………飲んでみるか」


 ケイはグラスを手に取り、錠剤を口の中へ放り込んだ。




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