2章 真なる知覚

第10話 死体処理


 佐渡さわたりの運転するセダン車は、夜の首都高しゅとこうを走っていた。


「いやはや、ラッキーでしたね~」


 運転席でハンドルを操作しながら、佐渡は後部座席こうぶざせきの3人に語りかけた。


「君たちが浦谷の家へ入ってから、触ったものは、ほとんどありませんでした。指紋などの痕跡こんせきを消すのも簡単でしたし、死体の血液がルミノール反応検査に引っかからないよう、工作しておきましたから。あの場に死体があった証拠は跡形あとかたも無く末梢まっしょうできたと思いますよ?」


 後部座席のケイたちからは、ルームミラーに映る、佐渡のニヤけ面が見えていた。ずいぶんと上機嫌な様子の佐渡をいかがわしく思いながら、サキは隣席のケイとトウゴへ、小声で話しかける。


「ねえ。これって、どういう状況なのかしら……」


「死体を運び出してますね。謎の自称じしょう、医者と一緒に」


 医者だと名乗る佐渡は、まず最初に「ここに我々がいた痕跡を消しましょう」と言い出した。自家用車を、浦谷邸の前にめていたようで、そのトランクから、色々と道具を取り出してきたのである。佐渡は、持ち込んだ薬品やらブラックライトを使って手際良く、黙々と1人で証拠隠滅しょうこいんめつ作業を始めたのだった。


 佐渡がそうしている間、ケイたちは死体を運び出して、車のトランクへ入れておくように指示される。佐渡は黒い死体袋まで貸してくれて、ケイたちはそれに死体を詰めたのである。ついでにケイは、返り血で汚れた、自分のパーカーも丸めてトランクへ放り込んでおいた。


 あらかた作業が終わると、ケイたちは佐渡の車に乗せられて、こうしてどこかへ連れて行かれようとしていた。


「この人にノコノコついてきちゃって、本当に大丈夫なのかしら。証拠隠滅とかに詳しいみたいだから、つい言いなりになってるけど。今どこへ向かってるのか、行き先さえ聞かされてないわよね……?」


「かれこれ40分くらい車で走ってますね。街灯も減ってきましたし、どこかの山奥へ向かってて、死体を埋めに行く途中とかだと思います。オレたちを、どうこうしようとしているわけじゃないと思いますけどね」


「証拠隠滅に死体隠し……ガチに犯罪なんじゃねえか? 俺たちもしかして、だいぶヤベえことに巻き込まれてない……?」


 殺人。証拠隠滅。死体運び。


 あまりにも非日常的な出来事が起きすぎているせいで、まるで現実感がない。

 危険を察知する感覚が麻痺してしまっているのだろうか。今の状況が後ほど、どれだけ深刻な問題を引き起こすことになるのか、想像もできずにいた。今はただ、トウゴとサキの胸中には、不安しかない。


 車窓しゃそうに見える明かりが、だいぶ減った頃。

 佐渡の運転する車は、静かに停車した。


「ようこそ。ここが、僕の経営している佐渡診療所しんりょうじょです」


 辿り着いたのは、郊外こうがいの田舎町。人気のない、雑木林ぞうきばやしに囲まれた施設である。

 佐渡が言うとおり、小さな診療所である。

 たしかに看板には「佐渡」の名がついていた。


 真っ先に車を降りた佐渡に続いて、3人も後部座席から出る。

 扉を開けると、スズムシの大合唱が聞こえてきた。隣接する建物は見当たらず、最寄もよりの民家は、畑をへだてて遠く向こうに、いくつかポツリと見えるだけだ。


 だいぶ田舎のようだ。


「ああ。死体は車から降ろしてください。奥の部屋に診療台しんりょうだいがあるので、その上まで運んでいただけると助かります」


 ぼーっとしていた3人に向かって、佐渡が言った。診療所の玄関戸を開けようとしている佐渡の背へ向け、サキが意外そうに言った。


「……てっきり、死体はどこかへ埋めるのかと思ってたわ」


「ははは。死体処理検定けんていがあったら、それは不合格な答えですね」


「なんだよそりゃ……」


 ぼやきながらトウゴが、ケイと一緒にトランクから死体袋を引っ張り出す。

 玄関の鍵を開けて、佐渡は3人を振り返って語った。


「死体を土に埋めるなら、少なくとも凍結限界とうけつげんかいよりも深く穴を掘らないとです。凍結限界とは、地面が湿気を帯びていて、凍結現象が起きる最大の深度です。この辺の土地なら、それは1メートルくらいですかね」


 ケイは死体の頭を。トウゴは死体の足を持つ。

 重たそうにしながら、診療所へ死体を運搬する2人を見て、佐渡は続けた。


「これは建築学の基礎ですけどね、地面って、凍結すると膨張ぼうちょうするんです。膨張した地面は、埋まっているものを地表へ押し上げる作用を起こします。つまり凍結深度以上の深さに死体を埋めておかないと、そのうち地表に出てきて、誰かに死体を発見されるリスクがあるわけです。人を埋められるサイズの穴を1メートル以上も掘るなんて、素手すでじゃ無理ですって」


「じゃあ、どうするつもりなの?」


「そりゃあもちろん“解剖かいぼう”するに決まってるじゃないですか」


「え!?」


 サキとトウゴは驚いた顔をする。ケイは相変わらずの仏頂面である。

 死体が診療台の上に置かれると、佐渡はその胸部を愛おしそうに撫でた。


「こんな怪物、見たことないでしょう? 人類学的にも、生物学的にも、貴重きちょう検体けんたいと言えますよ。これがどういった生物なのかを解析した後に、私が薬品で死体を処理しておきます」


 当然であるかのように、異常なことを口にする佐渡。

 よくよく考えれば、最初の登場時点から異常な人物である。

 嫌そうな顔をしているサキとトウゴの反応など気にもせず、佐渡は言った。


「僕はね――――浦谷のことをずっと“監視かんし”していたんです」


 かけていたメガネの位置を正し、ニヤリと微笑む。


「過去に、色々とありましてね。人間社会には、浦谷のような、人の姿をした怪物たちが“まぎれている”ことを知ったんです」


 佐渡の発言に驚いたトウゴが、聞き捨てならないとばかりに、口を開いた。


「待てよ! その言い方だと、浦谷の他にもこういう化け物が潜んでるって言ってんのかよ……!」


「ええ。僕は“彼等かれら”と呼んでいます。何者なのか正体はわかりません。彼等が何のために人の姿を装って、人の世界に紛れているのか。その理由を知りたくて、個人的に調査してるわけですよ」


「こんな奴等が本当に……俺たちの身近に、まだ隠れてるってのか……!?」


「浦谷のことは、半年前に見つけました。その正体に迫りたくて、僕は浦谷のことを盗聴・監視してきました。今日も絶賛、浦谷の家を見張っていたのですが、そこへ偶然にも君たちが現れましてね。僕以外にも、彼を調べようとする者がいたことは、素直に嬉しかったですよ。どういう経緯で、君たちが彼に辿り着いたのか、それはこれから聞かせてもらいたいところですけど」


 そこまで話して、佐渡はコホンと、わざとらしい咳払いをした。


「ところで。僕は、君たちの犯罪の証拠を隠蔽し、死体も運搬しました。もう完全に共犯者なわけなので、そろそろ信用してもらいたいのですが。君たちの名前を、聞かせてもらって良いですか?」


 3人は顔を見合わせる。

 互いの顔を見れば、それぞれが佐渡のことを怪しく感じているのは、見てとれた。


 たしかに佐渡は異常者で、うさんくさい大人だ。

 だが自ら進んで、ケイたちの共犯者になったことは事実である。ケイたちと良好な関係を築きたいと考えているであろうことは、信じて良いだろう。


「……第三東高校の2年生。吉見よしみサキ、よ」


「同じ高校の2年、峰御みねおトウゴ」


 2人が名乗った後に、ケイが最後に名乗った。


「1年、雨宮あまみやケイ」


「え? 雨宮……?」


 ケイの名字を聞いてすぐに、佐渡はメガネのはしを光らせた。


「えーっと。雨宮くん、とお呼びしますね。君のスマホに付いている、その赤い花。それはどこで手に入れたものですか?」


 佐渡は、ケイの胸ポケットを指さして尋ねてくる。

 正確には、スマートフォンから生え出ている赤い花、アデルについて聞いてきたのだ。いきなりアデルのことを質問してくる佐渡を警戒し、ケイは濁して答えた。


「……親父から貰ったものですけど?」


「そうですか。これは“運命”というものを感じずにはいられませんね」


「どういう意味ですか」


「僕は、君のお父さんを知っています」


「!」


 佐渡の唐突な告白に、ケイは珍しく驚いた顔をした。


「君のお父さん。つまり、雑誌記者の雨宮セイジさんは、富士の樹海に取材へ行って、その花を持ち帰ってきたのですよね?」


「……どうして、それを知ってるんですか」


「なぜならあの日、僕も、彼の取材に同行どうこうしたからですよ。樹海で一緒に、その花を見つけた仲間です」


 サキとトウゴは、ケイたちの会話を不思議そうな顔で聞いていた。話しについてきていない2人に構わず、佐渡は感慨深く、じっとケイを見つめた。


「考えてみれば、あれからもう6年にもなるんですね……。なら、彼のお子さんが、こうして高校生になっていても不思議じゃありません。お父さんの件は……心底から残念に思ってますよ」


「……」


「浦谷を殺した時の、見事な動きを拝見していましたが、君は、こうした怪物に遭遇そうぐうするのがように感じました。もしかして過去に、浦谷のような怪物に出会ったことがあるのではないですか? なら“彼等”の存在についても、知っていたんですかね」


 核心的かくしんてきな点について、ケイを問い詰める佐渡。

 サキとトウゴの視線を気にして、ケイは言葉を選びながら答えた。


「あなたの言う“彼等”というのが、具体的に誰のことを言ってるのか、オレは知りません。ただ世の中に“怪物”が実在することは。言えることは、それだけです」


「……なるほど。やはり、そうでしたか」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 2人の会話に、慌てた様子のサキが割り込んできた。


「なんか2人だけで納得し合ってるみたいだけど、話しについていけないわ。雨宮くんは、浦谷が怪物かもしれないって、最初から疑ってたってこと?」


「……まあ、可能性はあるかなと思ってました」


「!」


「怪物にも色々と種類がいるみたいなんで、浦谷がどんなヤツなのかは、事前にわかってなかったですけど」


 言葉を失ってしまうサキに代わり、今度はトウゴが、神妙しんみょうな顔で尋ねてきた。


「なら聞きたいんだがよ、雨宮」


「はい」


「お前……どうしてナイフなんか持ってたんだ?」


「……」


「浦谷の家を、1人で下見するつもりだったとか言ってたよな。それだけが目的なら、ナイフなんて必要なかっただろ。お前もしかして、最初から浦谷のことを殺すつもりで……?」


「……相手は、あの動画に出てきた不審者かもしれなかったんです。なにが起きるかわかりませんでしたから、護身ごしんのために持っていただけです」


「…………それが本当なら良いけどよ」


「……」


 3人は黙り込んでしまう。

 意図せず、自分の質問が空気を悪くしてしまったことに気付き、佐渡は焦ってしまう。

 またわざとらしい咳払いをして、話題を変えることにした。


「さて。お互いに、話したいことや知りたいことは色々とありますよね。

 今すぐにでも情報交換を始めたいところですが、実のところ君たちは、

 まだ“準備”ができていません」


「……準備って?」


「まだ“僕と同じものが見えていない”ということですよ」


 なんのことを言っているのか、見当もつかない。


 すると佐渡は手招きで、診療所の奥の部屋へと、3人をいざなう。

 鍵の付いた扉を解錠し、その奥へ案内した。そこは診療所内でも一番広い空間であり、佐渡にとって、最も重要な部屋でもある。


 室内の様子を、見渡したトウゴが呟いた。


「……花だらけ。家庭菜園か?」


 眩くライトアップされた空間。

 その四方に、いっぱいの花が植えられた、無数のプランターが並べられている。

 観賞用として、色とりどりに様々な花が植えられているわけではない。

 その部屋で育成されているのは、ただ1種類のみのようだ。


 部屋中に咲き誇っているのは――――“赤い花”。


「これってもしかして……雨宮くんのスマホケースと、同じ花?」


 サキには、そう見えた。言われたケイ本人も、それに気付いているのだろう。驚いて呆けた顔をしている。


 ふと、佐渡は真剣な表情で3人に告げた。


「これから、君たちに重要な話しをしておきます」


「重要な話しだあ?」


「はい。浦谷のような怪物は、徒党ととうを組んでいるようです。自分たちの存在が、人間社会で公とならないようにしているんです。だから、秘密を知った者には容赦しません。実際に浦谷は、正体を感づかれそうになったから、君たちを襲いましたよね?」


 浦谷は、サキとトウゴに「写真を見たか」と質問をしてきた。

 写真を見られることで、自身の正体が見破られることを恐れた。

 だから攻撃してきた。佐渡はそう考えているようだ。


「そして君たちはもう、浦谷が人間ではなかったことを知っています。だからこれからは――――“眠ったら殺される”のですよ」


「…………?」


 佐渡の言っている意味が、よくわからなかった。


「眠ったら死ぬって……なんのこと言ってんだ?」


「私たちが浦谷の正体を知ったから狙われるって話しは、なんかわかるわ。でも証拠は隠滅してきたし、死体もその……処理? しちゃうんでしょ?ならもう大丈夫なんじゃないの? 私たちが真実を知ってることは、ここにいる4人以外に、誰も知りようがないことよね」


「いいえ。僕たちがおこなったのは、人間の追跡ついせきを回避する作業だけです。もしも今日これから君たちが眠ってしまったら、彼等に気付かれ、命を狙われるようになるでしょう。明日にでも刺客しかくを送られて殺されます。だから“絶対に眠ってはいけない”んですよ」


 佐渡と会話が成立しているのか、自信がなくなってきた。

 困惑こんわくしている3人の態度を気にせず、佐渡は作業台の上に置いてあった、ハンドスコップを手に取る。そうして、プランターに植えられた、赤い花を掘り起こし始めた。


「僕の言っていることは、理解不能でしょうね。今は仕方ありません。ですけど、今夜だけは僕の助言に従って欲しいんですよ。それが、君たちのためなんです」


 足下に置いてあった、古びたランタンを2つ拾い上げる。

 その中に土を詰めて、掘り出した赤い花を移植した。

 佐渡は、花を入れたランタンを、サキとトウゴに手渡した。


「雨宮くんは、すでにこの花を1輪いちりん持っているようですから、お2人には、僕が育てている、この子たちをお裾分すそわけしますね」


「お、おう。どうもっス」


「ありがとう……ございます?」


 花ランタンを受け取り、サキとトウゴは礼を言う。


 すると次に佐渡は、ニコニコと微笑み、白衣のポケットから錠剤じょうざいを取り出す。

 1つずつ、3人に配ってきた。わけもわからず、ケイたちはそれを受け取る。


「眠ってはいけないと言っても、生理現象は止められません。だから今夜は、眠る時に必ず2つのことを守ってください。1つ目。枕元に、その赤い花を置いておいてください。2つ目。就寝直前に、その錠剤を飲んでください」


 言いながら佐渡は、ケイたちに手渡したものと同じ錠剤を自身も飲んで見せた。


「ご覧の通り、飲んでも大丈夫な薬です。危険はありませんから、安心して飲み込んでください」


 謎のルールを提示してくる佐渡に、サキは尋ねた。


「もしもルールを守らなかったら、どうなるの?」


「――――必ず


 佐渡は一縷いちるのよどみもなく、自信満々にそれを断言する。

 物騒な宣告に、ケイたちは思わず黙り込んでしまう。

 

 佐渡は最後に、怪しくほくそ笑んで告げた。


「死にたくなければ、今だけで良いので、僕を信じてください。明日になれば、全てがわかりますから。それまで皆さん、どうかお大事に」





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