第9話 アンノウン・モンスター



 サキは扉を開けて家へ入る。

 玄関には、1つのくつも置かれていなかった。

 この家に人がいないことは、間違いなさそうである。


「正気かよ、吉見よしみ……!」


 サキの背に続いて、トウゴはなんとなくいきおいいで、一緒に侵入してしまっていた。だが自分のそのあやまちを十分に理解しており、青ざめながら警告けいこくする。


「いくらなんでも、これはやりすぎだろうが……! 不法侵入ふほうしんにゅうなんだぞ……!」


「そんなのわかってる。だから動画撮影どうがさつえいはしてないでしょ」


 サキは冷静な口調でこたえた。


 たしかにいつものサキなら、自分のスマホを取り出して、今頃は撮影を開始していそうなものだ。だが、さすがに自重じちょうしているのだろう。だからと言って感心できる状況ではない。


「せっかく、大量のチャンネル登録をかせげそうな、千載一遇せんざいいちぐうの特ダネに巡り会ったのよ? このチャンスをものにするためには、多少の無茶くらいしないと」


「でも、まずいだろこれは……!」


浦谷うらたにが動画の変態だったって言うのは、今のところ私の推測でしかない。だから、確証かくしょうになるものを見つけたいのよ。このまま浦谷を探っていくことが、間違ってないって……!」

 

「…………」


「お願い。これは私の夢を実現するチャンスでもあるのよ! 10分だけで良いから、時間をちょうだい……!」


 サキの眼差まなざしは、大真面目おおまじめである。その覚悟かくごの強さはわかったものの、犯罪行為に加担かたんすることについて、トウゴはどう返事をしたら良いか迷ってしまう。


 ニューチューバーとして、有名配信者になることは、サキの夢だ。

 そのことを、トウゴは以前から散々さんざん、聞かされてきた。今回の調査は、サキにとってお遊びではなく、夢を実現させるための1歩なのだろう。


 2人は今、他人の家へ不法侵入していて、良くないことをしている。

 その状況を理解した上で、サキは敢えて頼み込んできているのだ。


 誰も傷つけない悪事あくじなら――サキのために目をつむっても良いのではないか。

 逡巡しゅんじゅんした後、トウゴはなかばヤケクソ気味にこたえてやった。


「……わかった。10分だけだ。それ以上は待たねえからな。いつ家主が帰ってくるか、わからねえ状況なんだぞ」


「……ありがとう、トウゴ」


「礼は良いから。早く済まそうぜ。浦谷が、廃墟に来た変態だって証拠しょうこを見つけられれば良いんだよな?」


 サキとトウゴは靴をぐと、それを手に持って歩み入った。


 すでに外の陽が落ちていることもあり、屋内はなかなかに暗くなってしまっている。2人はスマートフォンのライトを点けた。


 ライトの向きは、足下方向。

 それが基本だ。


 なるべく窓の向こうへ明かりを漏らさないよう、気をつける必要がある。それは心霊スポット探索中につちかわれたノウハウだった。「廃墟に不審者がいる」のだと、ご近所から警察に通報されないためには、身につけるしかなかった技能とも言える。


 廊下を進んだ突き当たりの部屋は、ダイニングルームになっていた。


「お。家の裏側に出られる窓あるじゃん。最悪、あそこから出れば、帰ってきた浦谷に鉢合はちあわせなくて良さそうだな」


「じゃあ、退路たいろの確保もバッチリね」


「まあ、正面玄関から帰れねえ状況になりたくねえけどな……」


 言いながら、トウゴは部屋の四方しほうへ明かりを向けた。

 ソファにテーブル。そしてテレビ。それ以外に、目立った家財かざいは見当たらない。

 小物やインテリアなどのかざり付けは、一切見当たらない。妙に無機質むきしつな雰囲気だ。


「ミニマリストってやつか? なんか……なにもねえ家だな」


「最低限の家具以外、あんまり物を置いてないみたいね。キッチンにも、食器棚と冷蔵庫があるだけで、なんか殺風景さっぷうけい? 立派な家の外観とは裏腹で、ちょっと意外」


 物が少ない部屋だが、コルクボードに大量の写真が貼られていることに気付く。


 赤ん坊の写真や、小学生の写真。

 どうやら、1人の男の、成長記録せいちょうきろく写真のようである。

 青年期の写真を見ると、見覚えのある面立おもだちが写っていた。


「この顔……。どうやらここが、浦谷ヨウジ先生の家で間違いなさそうね」


「みたいだな。あいつの顔だ」


 ボードの真ん中にピン止めされている1枚が、特に目立っていた。

 どこかの家の庭で撮られた、集合写真のようだ。浦谷以外の人物も写り込んでいる。優しそうな笑みを浮かべた老夫婦ろうふうふ。それにはさまれる位置に立つ、肩を組んだ2人の青年。


「お。こりゃあ、浦谷が写ってる家族写真っぽいな」


「ふーん。家族構成は、両親と、兄弟ってとこかしら。背景に写ってるのは、この家じゃないわね。実家?」


 ゆっくり見ている暇はない。


 1階にはダイニングやバスルーム、それに書斎などしか見当たらないため“私室ししつ”は2階だと見当をつけた。写真を見るのを止めて、サキとトウゴは2階への階段を上った。


 階段を上った先で、寝室しんしつを発見する。

 部屋には、ベッドが1つ置かれているだけで、あとはクローゼットの戸しか見当たらない。


「なんつーか……ここまで物がないと、生活感すら感じねえな。本当に人が住んでるんだよな、ここ?」


 あきれた口調で、トウゴがつぶやいていた。

 その横で、サキはしゃがみ込む。

 ベッドの下になにかあったのだ。

 それを引っ張り出して、ライトで照らしてみる。


「なにかしら……この缶ケース」


 持ち手のついた、長方形のブリキ缶ケースだ。

 パッと見ではわからない位置に、まるで隠してあるような置き方をされていた。

 鍵はついていないようである。サキは恐る恐る、そのケースのフタを開けてみた。


 中から出てきたのは、たくさんの写真である。


「また写真かよ……。ずいぶんとたくさん撮り溜めてるんだな。どれも集合写真ばっかりだけど、これ全部が家族写真なのか?」


 サキはケースから写真のたばを取り出すと、その1枚1枚を確認してみた。

 ほどなくして、ある違和感いわかんを感じた。


「…………え?」


 どの写真も、浦谷家の家族4人を撮影した写真である。

 だが奇妙なのだ。


「これ。さっき下で見た家族写真と、写ってる家族の顔が、どれも“違う”…………?」


 全ての写真に共通しているのは、浦谷ヨウジが写っているという点だけだ。

 それ以外には、一切の共通点がない。

 1枚たりとも同じ場所で撮影されたものはない。

 浦谷と一緒に写っている家族も、全て違う顔である。


 つまり……全ての写真が、別々の家族の集合写真だ。

 そしてなぜか、その全てに浦谷ヨウジだけが写っている。


「どういうことだよ、こりゃ……。どの家族写真にも浦谷が写ってるのに、他の家族の顔は、1枚たりとも同じものがねえぞ。少なくとも、下の階で見た家族写真の連中とは別人ばかりじゃねえか」


「もしかして……これは家族じゃなくて、親戚しんせきの写真なのかしら?」


「いやー。仮に全員が親戚だったとして、いったい何人の血縁者けつえんしゃがいるんだよ。このケースに入ってた写真、ザッと見た感じ30枚はあるぞ。その全部に浦谷が写ってやがる」


 顔色の悪いトウゴが、床に広げた写真の1枚を指さした。


「おい……冗談だろ? 見ろよ、それ」


 古びた白黒の写真である。

 そこに書き込まれた文字を読んで、サキは驚き、息をむ。


「…………1951年?」


「この写真に写ってる浦谷、今の浦谷と同じくらいの年齢に見えるぞ……」


「こんな旧い白黒写真にまで……じゃあ、浦谷は何歳……?」


「……」


「……」


 トウゴもサキも、血の気が失せた表情である。

 冷たい汗が背筋を流れ、緊張で、心拍数しんぱくすうが上がっていく。


「なんかマジでやべえよ、コイツ。本気で気持ち悪い……」


「そろそろ10分経つわね……。撤退てったいしましょう」


 写真を片付けると、サキとトウゴは逃げるように、寝室を後にした。


 無茶をして住居へ不法侵入した2人だったが、ここが浦谷ヨウジの家であるということ以外に、わかったことはない。結局、浦谷ヨウジが、廃墟ホテルに現れた怪人と同一人物だという証拠は見つけられなかった。


 だが……不気味な写真を見るに、浦谷に目をつけたのは、あながち間違いではなかった。今のサキの中には、その自信が生まれていた。


 2階の廊下を進み、階段を降りようとした時だった。


 スマートフォンのライトで照らした階下に――――“人影”が立っていた。


「!?」


 サキとトウゴは同時に目を見開き、胸中でだけ悲鳴を上げた。


 階下から2人を見上げ、佇む1人の男がいた。


 無の感情を貼り付けた長面ながおもて

 ギョロリと見開かれた両目が、暗闇の中でかすかな眼光を発しているように見えた。


 浦谷ヨウジである――――。


 いつ帰ってきたのか。

 玄関の扉が開く音すら聞こえなかった。足音や気配もなかった。

 それとも、浦谷の帰宅に気付かないくらい、探索に没頭ぼっとうしてしまっていたのだろうか。疑問と後悔が、今はただ嵐のように2人の脳内を駆け巡る。


 もう遅い。


 不法侵入の現行犯。犯行を家主に発見されるという、最悪な状況におちいっているのだ。今すぐ逃げ出したかった。だが、下手にここで逃げれば、空き巣として被害届ひがいとどけを出され、サキとトウゴは警察の捜査対象になるかもしれないだろう。


 ならばここは、素直に謝罪して、なにか言い訳をして誤魔化ごまかすしかない。


「あ。あの。私たち……勝手にお宅へ上がってしまって、すいませんでした!」


「すいませんっした!」


 上擦うわずった声で謝罪し、サキは誠心誠意を込めて頭を下げる。

 トウゴも合わせて、深く頭を下げた。


 だが浦谷は無反応である。


 自分の家へ勝手に上がり込んでいた、見ず知らずの他人に対して、おびえるわけでもなく、怒るわけでもない。不気味なまでに、なんの反応さえ示そうとしない。ただ階下から、サキとトウゴをじっと見上げ続けるだけで、言葉も発しなかった。


 生きた心地のしない、無言の長い見つめ合いが続く。

 緊張のあまり、サキとトウゴは全身汗だくになっていた。

 やがてポツリと、浦谷は口を開いた。


「――――2階の“写真”を見た?」


「……!?」


 予期せぬ質問。


 咄嗟とっさに誤魔化すことができず、言葉を失ってしまう。

 苦しい表情で沈黙したサキとトウゴの反応を確認し、浦谷は断定した。


「そう…………。見たんだね」


 見たらどうするつもりなのだ。


 サキとトウゴは、その場で後退あとずさってしまう。


「……?」


 最初は、なにかの見間違いなのではないかと思った。


 スマートフォンのライトが照らす、階下のわずかな空間。 とぼしい明かりの中、無言でたたずむ浦谷ヨウジの頭部から――――“なにか”がえ出た。


「……は……?」


 触手しょくしゅ


 そうとしか呼べない、植物のつるのようなものが生え出てうごめいた。

 1本ではない。

 見る見る間に無数の触手が生え出て、芋虫いもむしのように気色悪くうねりだす。

 浦谷の頭部形状は崩壊し、首から上が、蠢く黒い触手のかたまりと化してしまう。


「うっ、うおおおああ!?」


「きゃああああああああ!」


 2人は、たまらず悲鳴を上げてしまった。


 人間ではない、正体不明な異形の存在。


 それに変わり果てた浦谷は、何も言わずに階段を上がり始める。そうしてサキとトウゴの傍へ歩み寄ってこようとしている。逃げ出そうとした2人の背に向かって、浦谷は右腕を持ち上げた。


 手のひらから勢いよく触手が伸び、サキの足首にからみつく。


「ひぃっ!」


 触手に引っ張られて、サキはその場で転んだ。そのまま階段から引きずり下ろされる。


「やべえ、吉見よしみ!」


 浦谷につかまったサキを助けようと、トウゴは懸命けんめいにサキの手をつかもうとする。だが間に合わなかった。サキはまたたくく間に触手で絡め取られ、浦谷の間近まで引き寄せられてしまう。


 目の前まで迫った浦谷の頭部は、もはや完全に人間のそれではない。

 黒い触手の塊の中を、焦点しょうてんの定まらない2つの目玉が漂っている。間近でよく見れば、それぞれの触手の先端には、植物のつぼみのようなものが付いていた。


 触手の塊の中央に、深い亀裂きれつが入る。

 大きく裂けたそこには、鋭い牙が生えそろっていた。

 巨大な口が現れたのだ。


「いやぁ……!」


 人間を食べようとしている――――!


 今にも、サキの頭からかじり付こうとしているのだ。

 それを理解し、サキは絶望する。

 本当に命の危機を感じた時、心は恐怖に押し潰され、咄嗟とっさに声が出なくなるようだ。今のサキはそれだった。ただ涙することしかできず、眼前まで迫り来る怪物の巨大な口を見ないよう、固く目を閉ざすしかなかった。


 ガチャリ――。


 まぶたを閉じたサキに、その音だけが鮮明せんめいに聞こえた。

 それは自分が食べられる音ではない。玄関の扉が開いた音だ。


「……?」


 再び目を開けたサキは、また奇妙なものを目撃する。


 玄関扉を開けて入ってきたのは、1人の少年である。制服の上に羽織ったパーカー。そのフードを目深まぶかにかぶって、顔を隠した人物だ。手には、大振りなダガーナイフがにぎり込まれている。


 …………誰?


 浦谷の触手は、サキの拘束こうそくいた。

 そうして、予期せぬ新たな来客らいきゃくを警戒するべく、振り向こうとする。

 そんな浦谷の反応よりも早く、少年はすでに駆け出していた。


 浦谷は、頭部から生えた無数の触手を、一斉に硬質化させて尖らせる。正面から迫る敵を迎撃げいげきすべく、それを少年に向けて、剣山のように展開させたのだ。


 だが少年は、玄関の傘立かさたての中から、かさを1本、抜き取っていた。

 それを展開して浦谷の方へかざす。


「!?」


 展開された傘は、浦谷から少年の姿を隠し、見えなくする。

 構わず、浦谷の頭部の触手は、その傘をつらぬいて穴だらけにした。

 だが傘ごと貫こうとした、少年の身体の手応てごたえは感じなかった。

 そうして一瞬だけ、浦谷は敵の姿を見失ってしまう。


 次の瞬間、浦谷の死角しかくとなった傘の向こうから、少年はスライディングしてきた。


「!!」


 ――――肋骨ろっこつの下から、心臓を突き上げる。

 肉薄にくはくしてきた少年は、手にしたナイフを、ためらいなく浦谷の胸部へした。 悲鳴すら上げない浦谷。だが刺された痛みはあるようで、たまらず動きが止まる。


 間を置かず、少年は2度、3度と、何度も浦谷の心臓を刺し続けた。4度目の刺突しとつで、浦谷はひざり、その場に倒れして動かなくなった。


 床上に広がっていく血溜ちだまりの中、倒れている浦谷。

 それを見下ろし、少年はかぶっていたフードをどける。

 怪物の死体を冷ややかに見下ろすその顔は――――雨宮あまみやケイだった。


「頭の構造はよくわからなかったけど。思った通り、人間部分を狙えば、人間と同じように“殺せる”わけか」


的確てきかくな判断でしたね、ケイ』


 奇妙なことに、ケイの胸ポケットのスマホが、ケイを褒めていた。

 まだ状況の急変についていけていないサキが、呆然と尋ねた。


「…………あなた……雨宮くん……なの?」


「ご無事でなによりです、先輩方」


 ケイは普段と変わらない仏頂面ぶっちょうづらのまま、サキへ手を差し出した。

 その手を掴んで、サキはなんとか立ち上がる。2階から唖然あぜんと成り行きを見守っていたトウゴも、やがてゆっくりと階段を降りてくる。


「なにが……どうなってやがんだ。浦谷の頭が化け物になって……それを雨宮が殺して……? ああ、クソ。情報量が多すぎて、状況がよくわからねえぞ!」


「イリアの言ってた住所を下見したみしておくつもりだったんですけど、まさか先輩たちがフライングして、オレより先に潜入せんにゅうしてるとは思ってませんでした。これはやり過ぎですよ?」


「え、あ…………うん。ごめんなさい……?」


「そういうことじゃなくてよ!」


 トウゴは頭をきむしって、浦谷の死体を見下ろす。


「やばすぎるだろ。どうすんだ、これ……! 雨宮は、浦谷って先公せんこーを殺しちまったんだぞ、今。つまりこれって……“殺人事件”なんだよな……?」


「コイツが人間に見えますか、先輩?」


「見えねえ……な」


「なら少なくとも“殺人”ではないです」


 ケイは笑いもせず、当たり前のように断言した。


 いくら相手が人ではないからと言って、人型のなにかを“殺した”ばかりではないか。それなのにケイは、異様なくらいに冷静だった。


 まるで、こうしたことに慣れているかのような態度だ。

 見たことのない、あまりにも冷徹な後輩の目を見て、トウゴは背筋が寒くなる。


 改めて怪物の死体を見て、サキは吐き気を感じているのだろう。

 口を押さえて我慢しながら、涙目でケイへ言った。


「助けてもらったのに、こう言うのもなんだけど……。まずいわ、雨宮くん。死体が出ちゃってるのよ。今回の場合はたぶん、正当防衛せいとうぼうえいってやつになるんでしょうけど、警察へどう説明するか、よく考えておかないと」


「……」


「吉見の言う通りだな。雨宮は悪くねえって、ちゃんと説明できねえとやべえ……。怪物に襲われたなんて言っても、普通は警察も信じやしねえだろうが、まあ、こうして証拠となるキモい死体もあるし。しっかり説明すれば――」


「――――僕としては、それはおすすめできませんねえ」


「!?」


 今後のことを相談していた3人の会話に、見知らぬ第三者が割り込んできた。

 声のした方向。ダイニングルームの方を一斉に振り向く。


 そこには、白衣の見知らぬ中年男が立っていた。


 メガネをかけた、せこけた人物である。

 これまでどこかに潜んでいたのだろうか。まるで音もなく現れた。

 男は人差し指を立てながら、ゆっくりとケイたちに歩み寄ってくる。


「なぜなら警察は“彼等のがわ”なんです。君たちがいくら怪物の死体を見せて、正当防衛を主張したところで、世間に対しては“ただの殺人事件”だったとしか発表されませんよ。君たちは仲良くそろって、少年院しょうねんいん行きでしょう。つまり、もうしたんですよ、残念ながらね」


 近づいてくる男を警戒して、ケイは血濡ちぬれたナイフを構える。

 男は慌てて、両手を振って誤解ごかいこうとする。


「おっと。そこの怪物みたいに、僕を殺さないでくださいね。僕はただの人間。浦谷ヨウジの仲間ではありません」


 男は立ち止まり、それ以上はケイたちに近寄るのをやめた。

 咳払せきばらいして、まずはケイをねぎらった。


「いや~。お若いのに、実に機転きてんいた戦いぶりです。まさか浦谷を殺す人間が現れるとは、僕も想定外でしたとも!」


「誰だ、お前は?」


「名乗り遅れましたね。これは失礼」


 ケイの質問を受け、男はわざとらしくひたいたたいて見せた。

 男は不敵な笑みを浮かべながら、ケイたちを見渡して言った。


「僕の名前は、佐渡さわたりヒロシ。田舎町で開業医かいぎょういをやっている、しがないヤブ医者ですよ」



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