第7話 イリアクラウス



 ――――翌日――――





「――――浦谷うらたにヨウジ?」


 聞き慣れない名を聞いたトウゴは、眉をひそめて聞き返した。

 窓際まどぎわの椅子に座って、トウゴは漫画雑誌を読んでいたところである。

 部室のサボテンに水をやっていたケイも、サキの推論すいろんを聞いて、怪訝けげんな顔をしていた。


「ええ。おそらく間違いないと思うのよね」


 サキは自信に満ちた笑みを浮かべ、手招てまねきしている。

 ケイとトウゴは、サキのそばに近寄り、一緒にPC画面をのぞき込んだ。


「動画に映ってた例の変態をキャプチャして、顔の部分をトリミング。そんで明瞭化めいりょうかしてみたのがこれね」


 PCに表示されているのは、顔写真だ。

 先日せんじつ、撮影された動画の人物を切り抜き、拡大した像である。

 ビットが荒いうえに、ノイズがかかって不鮮明ふせんめいだった変態の面立おもだちは、だいぶ判別はんべつできるようになっている。面長おもながで、キツネっぽい顔つきの男だった。


「おお。ずいぶんと鮮明な顔写真になったもんだな」


「すごい画像加工技能ぎのうです。さすがです、部長」


「もっとめて良いわ。まあ、実際のところ、ママにもちょっと手伝ってもらったんだけど」


「んだよ。プロカメラマンが手伝ったなら当たり前の仕事かよ」


「褒めて損しました、部長」


「あなたたち、おちょくってる?」


 サキは気を取り直し、顔写真をインターネットの検索エンジンへ、ドラッグ&ドロップする。


「で、この顔写真をインターネットの検索エンジンで、画像検索してみたのね。そうすると、広大なネットの中から、この顔写真に最も近似きんじしていると思われる画像を、コンピュータ様が勝手に探し出してきてくれるわけよ」


 検索ボタンをクリックした。 


「結果はこの通り」


 間もなく、いくつかの検索候補が画面へ表示された。

 どれも、ある特定の男の顔写真ばかりである。

 その画像の1つをクリックして、出てきた画面を見たトウゴが感心する。


「ははーん。なるほどなあ。浦谷ヨウジ“先生”のプロフィールページが出てくるわけかよ」


「これって……星成学園ほしなりがくえんの教員一覧ページですね」


 星成学園ほしなりがくえん――――。


 この界隈かいわいにある私立高校である。

 区内の成績優秀者や、金持ちのご子息、ご令嬢が通う、いわゆるエリート進学校だ。卒業生は、だいたいが一流大学への進学者であり、過去に有名な政治家や著名人ちょめいじんを何人も輩出はいしゅつしている名門めいもんである。画面に表示されているのは、その学園の公式サイトだ。


 顔写真付きの、教員紹介ページである。


「うおお……。動画に出てきたキモいオッサンと、たしかに似てる顔だな」


「そうそう。ってことで、動画に出てきた変態は、星成学園の物理教師、浦谷ヨウジだったと推察しているわけ。どうかしら、私のこの推理」


 感想を聞かれたケイとトウゴは、顔を見合わせた。


「どうって言われてもよ……。近くの高校の先公せんこーが、あの廃墟ホテルに現れた、キモおじだったってのかよ」


「なんか身近にいる人すぎて、偶然が過ぎるというか。意外です。いったい教師が、どうしてあんなキモいことしてたんでしょう?」


「それを、これから調べてみるに決まってるでしょ!」


 サキは目を輝かせて、じっとケイを見つめてきている。

 なぜ自分へ熱い視線が送られているのか、ケイは察しがついて、嫌そうな顔をした。


「……なんか部長のその視線。不吉な予感がするんですけど」


「雨宮くん前に、星成学園には知り合いがいるって、言ってたわよね」


「やっぱりそうきましたか……」


「学園の周辺を、私たちみたいな他校生がウロウロ嗅ぎ回ってるのは目立つでしょ? 浦谷の耳に入るような噂に、なりたくないのよね。警戒されちゃうかもしれないし。ここは隠密行動が必要よ」


「オレの知り合いに、浦谷ヨウジのことをコッソリ取材して来いと?」


「やだ~。気配きくばりのできる後輩で助かる~☆」


 星成学園へ、ケイを単独で送り込もうとするサキの提案。

 聞いていたトウゴは、ニヤリと企みの笑みを浮かべた。

 サキに便乗して、気乗りしていない様子のケイをまくし立てる。


吉見よしみにしては、めずらしく良い考えじゃねえか。おい、雨宮。部長がこう言ってるんだ。取材してきてやれよ。ついでに“あの件”も、忘れんじゃねえぞ」


「ん? あの件って、なんのこと言ってるのよ?」


「フッフッフ。まあまあ。吉見くんには関係のない、男同士のデリケートな話だ」


「はあ? なによそれ」


 浦谷ヨウジの情報を集めてこいと、命じてくるサキ。

 そして、意中いちゅうの女子生徒の情報を集めてこいと、圧力をかけてくるトウゴ。

 ケイは、深いため息を漏らした。


「……1対2ですか。ことわれそうにないですね」


 観念かんねんするしか、なさそうだった。





  ◇◇◇




 ケイたちの通う第三東高校から、電車で2つ隣の駅。

 関東圏内は地方と違い、駅間の距離が短いため、そこは近場ちかばと言ってつかえない。


 先輩2人の指令を受けたケイは、星成学園の校門前まで、たどり着いていた。


 夕陽に染まる校舎のどこかから、吹奏楽部すいそうがくぶの練習演奏が聞こえてくる。

 校門のすぐ向こうは運動グラウンドになっており、陸上部と思わしき短パンの生徒たちが駆け回っていた。名門校であっても、放課後の雰囲気はケイたちの学校と、あまり大差がないように感じた。


「――――待たせたね、雨宮くん」


 校門前でぼうけていたケイへ、声をかけてくる人物が現れた。

 振り向けば、その人物は相変わらずのあやしい笑みを浮かべ、ケイを見つめてきている。


 夕陽を浴びて輝く、美しい金髪きんぱつのショートヘア。

 き通るような碧眼へきがん

 上流階級生まれ特有の、上品で優雅な雰囲気をまとった人物だ。首には十字架のネックレスをしている。


 見るからに外国人だ。日本人との混血ハーフというわけでもなく、純粋じゅんすいな海外生まれにしては、日本語が非常に流暢りゅうちょうである。一見して少女のようで、見ようによっては少年にも見える。声も中性的ちゅうせいてきな人物である。


 そして――――どうやら“今日は”、女子生徒の制服せいふくを着ている様子だ。


「……」


 その顔を見るなり、ケイは嫌そうな顔をする。言葉に詰まってしまった。

 最初の出会いが特殊であったため、できることならもう、会いたくない人物であった。


「突然、ショートメッセージで呼び出された時は驚いたよ。まあ、君からの連絡は望むところだったから、問題ないけどね」


 ケイが黙っていると、胸ポケットに入ったアデルが発言した。


『お久しぶりです、イリア』


 イリアクラウス。それが彼女の名前だった。


「やあ、アデル。挨拶を返してくれるのは、君だけだね。ご主人様である雨宮あまみやくんの方は、相変わらずの人見知りのようだ」


『ケイが人見知りだという点について、同意します』


 諸事情しょじじょうあって、イリアはアデルの存在を知っている。

 勝手に話し始めたアデルに対して、ケイは嘆息してしまう。


「……ちょっと黙ってろって、アデル」


『ブーブー。つまらないです』


 ケイとアデルの様子を微笑ましく見ていたイリアだったが、提案する。


「ここは少々目立つ。人気のない、校舎裏こうしゃうらへ案内するよ」


 イリアは、そう言って踵を返した。

 その意見に同意し、ケイは黙ってイリアの背に続き、学園敷地内へ足を踏み入れる。


 案内された先は、雑木ぞうきしげった校舎の裏側だ。薄暗く、特にめぼしい施設もないため、寄りつく生徒は少ない場所のようだ。周囲に人がいないことを確認してから、改めてケイは、口を開いた。


「……久しぶりだな、イリア」


「こうしてわざわざ、ボクと会いに来てくれたのは、あの時の提案について、前向きに考えてくれたということかな? 新しい“獲物えもの”でも見つけたのなら、ぜひボクにも教えて欲しいね」


「そういうわけじゃない……。完全に今日は別件べっけんだ」


「おや。それは残念」


 イリアは、わざとらしく肩をすくめて見せた。

 優雅な態度のまま、妖しい眼差しで、ケイの顔を覗き込んでくる。


「それじゃあ、ますますいったい、なんの用だい? ボクに対して苦手意識を持ってる君が、わざわざボクに会いたい理由が、他にあるとは考えにくいんだけど?」


「……ある人物について調べてるんだ」


「へえ。誰のことかな」


「この星成学園の教員、浦谷ヨウジについてだ」


 その名を聞いたイリアは、腕を組んで少し考え込んだ。

 率直そっちょくな疑問を投げかけてくる。


「どうして調べているんだい?」


「個人的に用があるわけじゃない。うちの動画チャンネルの特集のために、浦谷の情報が必要になった。それだけだ」


 ケイは詳細を言わず、目的だけを伝えた。

 もしもイリアに、廃墟の怪人の話をしたら、厄介事やっかいごとが増える予感がしたためだ。

 面白そうだと思えば、どんなことにも関与したがる性分しょうぶんの人物なのである。

 撮れ高のために無茶をするサキと、タッグでも組まれ日には、たまったものではない。


 イリアは、美しい形のまゆわずかにひねった。

 不思議そうに、ケイへ尋ねる。


「ボクの記憶がたしかなら……君たちの部活動が運営しているのは、オカルト研究部という、都市伝説や心霊を取り扱うネット番組だ。そんな番組の特集で、どうして浦谷先生の情報が必要なのかな?」


「さあな。オレは部長に調査を頼まれただけで、理由までは知らない。オレには、お前という星成学園の知り合いがいる。だから、そのツテを使えないのか、相談されただけだから」


「フーン。そうかい。まあ良いさ」


 ケイがなにかを隠していることなら、お見通しだと言わんばかりの口調である。

 だが些事さじと考えたのだろう。構わず、イリアは自身の胸元に手を当てて語り出した。


「ボクは――“面白い人物”にしか興味がない。だから、この学園の大半の人間に、関心をもったことがない。誰も彼もが、絵に描いたように平凡で礼儀正しい、ただの富裕層のお坊ちゃん、お嬢様にすぎないからだ。興味がないから、同級生の名前も、ほぼ憶えていないよ」


ゆがんでるな」


「ハハ。ボクより歪んでいる君に言われると、なんだか笑えるね」


「……」

 

「浦谷先生についても、詳しいプロフィールなんて知らないよ。そんな教員がいることさえ、今に知ったくらいさ」


「何も知らないってことか。なら、聞く相手を間違えたな」


「そう言うなよ。ボク以外に、話を聞く当てもないんだろう? だから君はボクを訪ねた。救いを求めてね」


 イリアは妖美ようびな笑みを浮かべたまま、ケイに顔を近づけてくる。

 そうして耳元でささやいた。


「せっかく君に“し”を作っておけるチャンスなんだ。見逃す手はないだろう?」


「……」


「それに、君のようなヤツが興味を持っている人物なんだ。なら、ボクも興味が湧いてくるよ。いったいどんな異常者なのか、ね」


 イリアはケイから離れ、スカートをひるがえした。


「良いだろう。ボクも、調査に協力しようじゃないか」


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