第4話 ハプニング
トウゴと分かれてから、しばらく経つ。
撮影準備をしていた時の草むらに戻ってきており、そこで、ケイとサキは並んで立っていた。
現在の時刻が気になり、ケイはポケットからスマートフォンを取り出す。
待ち受け画面の表示を確認して言った。
「もう21時ですか……。先輩の検証が終わったら、急いで片付けて
そうぼやくケイの様子を見ていたサキは、微笑んで言った。
「雨宮くんって、いつもかわいいスマホケース使ってるよね」
「?」
「その、赤い花のやつよ」
ケイのスマートフォンの
一見すると、本当に機械から花が生え出ているようにも見えるが、そういう洒落たデザインのケースなのだろう。サキはそう思っていた。
サキに指摘され、ケイは少しだけ困った顔で、
「ああ……。まあ、そうですね。
「ふーん。男の子に、お花のスマホケースか」
「変ですか?」
「正直なところ、ちょっと変な
「早すぎるプレゼントな気はしますけど、良い贈り物じゃないですか」
「仕事道具が好きすぎて、カメラとレンズを集めすぎなのよねー、ママ」
「レンズ沼ってやつですね。オカ研の撮影で使ってる機材も、ほとんどが、部長に用意してもらったものですもんね」
言われてサキは、うんうんと頷いた。
「そうねえ。機材関係については、本当に助かってるのよね。カメラとか、家にゴロゴロ転がってるから困らないもん。ちなみに今、定点撮影のために置いてきたハンディカムね。
「すごい……高級機材だったんですね」
「雨宮くんに貸してるその一眼カメラだって同じくらいよ? 壊したりしないでね」
「気をつけます」
ケイとサキの会話が
「……ん?」
廃墟の方角から、かすかに明かりが見えた。
気のせいではない。よく見れば、懐中電灯の明かりである。持っている人物が振り回しているせいか、光はあちこちに向かって暴れ回っていた。
「あー……。あれ、先輩ですね」
トウゴだった。
どうやら懸命に、ケイたちの元へ駆けてきている様子である。
サキは頭を抱え、呆れた顔をしてしまう。
「ガチで? 逃げてきたの? あーもう。カメラ回して撮影しないと」
ケイは一眼カメラの電源を入れ、サキは自分のスマホを動画録画モードにする。
トウゴは、息も絶え絶えで駆け寄ってきた。ケイたちに合流すると立ち止まり、その場でゼーゼーと荒い息をする。戻ってきたトウゴが手ぶらであることに、サキは気が付いた。
「ちょっと、トウゴ! 定点カメラ持ってきてないじゃないの! まさか、置いてきちゃったの!?」
「無理! ムリムリムリ無理……!」
完全に血の気が引いた白い顔で、トウゴは激しく首を左右に振っている。
なにが起きたのか、状況が
「どうしたんですか、先輩。これまでにないくらい真っ青ですよ。もしかして、本当に幽霊と遭遇したんですか?」
「違う、そうじゃない!
「…………?」
ケイとサキは
トウゴは荒い息を整えながら、必死に自分の体験を語り出した。
「雨宮たちがいなくなってから、15分くらい経った頃だよ。なんか急に、上の階から足音が聞こえてきたんだって……!」
「足音って……客室でも聞こえてた、ラップ音じゃないの?」
「最初は俺もそう思ったって!
「それガチなの…………?」
思わず尋ねてしまうサキ。
だがトウゴの表情は、冗談を言う余裕などないくらいに、追い詰められて見えた。
「しかも気持ち悪い
「こんな時間に、廃墟のホテルにやって来るような人がいたと……?」
「そう! どう考えてもやべえヤツ! もう俺、パニックになっちまってよ……! 足音がする方とは、逆の出口から急いで逃げてきたんだって!」
「ちょっと落ち着いて! それって本物の幽霊の可能性ない!?」
「はあ?! ちげえって! あれは人だったって! 幽霊だったら怖すぎだっつの! いや、人でも怖すぎだけど!」
「人間だったのかどうか、確認はできてないのよね?!」
「そりゃそうだがよ……! 確認する余裕なんざなかったって!」
サキは考え込む。
「論より証拠が欲しい感じね……。トウゴの話が本当なら、定点カメラにもバッチリ音入ってるでしょ! なら、急いでカメラを取りに戻って確認しないと……!」
「おいおい、やめろって、吉見! 今はマジで戻らない方が良いって!」
トウゴの恐ろしい話を聞いてもなお、
定点カメラを取りに戻るかどうかで揉める2人。
その傍らで、ケイだけは、あらぬ方角を注視し続けていた。
トウゴを振り切って、廃墟へ戻ろうとするサキの手首を――ケイは黙って掴んだ。
「……え? 雨宮くん?」
「部長。カメラは取りに
ケイは冷淡な眼差しを、ある1点へ向けていた。それは、廃墟の建っている方角とは逆である。
暗闇の向こうに、ケイは持っていた懐中電灯の光を向けた。
「あれ、見てください」
トウゴもサキも、ケイの視線の先を見やる。
ケイが見ているのは、廃墟の近くを通っている道路の方角だ。
木々の合間の向こうに目をこらせば、僅かに
その正体に気が付き、サキは思わずぼやいてしまう。
「…………あんなところに“車”?」
ケイの懐中電灯が照らした先で、自動車のテールランプに付いてる
「さっき……ここで撮影準備をしていた時に、あんな車はありませんでした。オレたちが廃墟を探索している間に、誰かが遅れてやって来たんです」
「誰かって……」
サキは背筋が寒くなる。
ケイの言わんとすることを理解したからだ。
「こんな時間に、誰かがこの廃墟ホテルへ来たって言うの?」
「俺たち以外に……なんの用があるってんだ?」
「……」
「……」
トウゴと同じように、サキの表情からも血の気が失せていく。
ゾワゾワと全身に鳥肌が立つ。
「マジでキモすぎるだろ……。いったいこんなところへ、誰が何しに来たってんだよ」
「心霊的な危険じゃなく、犯罪的な危険を感じますね」
部員たちが、暗に撮影中断を訴えてきている。サキはそれを察していた。
敢えて、ここで危険に飛び込んで、すごい動画を撮るという選択肢も、一瞬だけ頭をよぎりはした。だがそれは我慢し、今は全員の身の安全を確保することが優先だった。
サキは決断する。
「……カメラを回収するのは、明日にしましょう。今日は急いで
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