第3話 暗闇1人検証



 廃墟ホテルの正面玄関は、ガラス壁が盛大に割られていた。

 床一面に、木の枝やガラス片が飛び散っていて、その上から土埃つちぼこりおおいかぶさっている。長らくこの場に人の手が入らず、放置されてきたことは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。


 吹き抜けの入り口から建物内をのぞくと、まるで暗い洞窟どうくつの前に立っているような不安ふあんを覚える。手持ちの小型ワークライトで周囲を照らし、オカルト研究部は恐る恐る廃墟の中へ歩み入った。


 3人は、廃墟探索用に買った、安全靴を履いている。分厚い靴底くつぞこが、砂利じゃり瓦礫がれきみしめる音だけが、静寂せいじゃくの廃墟内にひびいて聞こえた。カメラをかまえ、曰くのある建物内を、3人は1部屋ずつ回ってレポートしていく。


「うおおああ! また足音が聞こえたぞ! 足音!」


 青ざめたトウゴが、素っ頓狂すっとんきょうな声を上げてあわてふためいている。

 一方、まったく動じた様子もなく、ケイはそれに同意する。


「たしかに聞こえましたね。下の階の方からですか?」


「あっち! さっき上がってきた階段の方からだって!」


「誰かが後からついてきてるような……。オレたち以外に誰もいないですよね」


「静かにして! 音をよく聞いてみようよ!」


 サキに言われ、ケイもトウゴも口を噤む。耳が痛くなるほどの静寂の中、ありえない何かの異音いおんをマイクで拾おうと、耳をました。


 …………トン トン トン……。


 微かに、足音と思しき奇妙な音が、再び聞こえたような気がした。


「また、音がしましたよね」


「風……じゃないと思うけど」


「ヤバすぎるだろ、この廃墟。さっさと帰ろうぜ……!」


 しばらく黙っていると、謎の足音は聞こえなくなった。

 3人は気を取り直して、廃墟の探索たんさくを続けることにする。

 未探索の残りの客室を回りながら、サキが眉間みけんにしわを寄せてぼやいた。


「まずいわね……」


 そのつぶやきを聞き逃さなかったケイが、意外そうに尋ねた。


「珍しいですね。部長が心霊スポットで怖じ気づいたんですか?」


「ん? いや、そういうんじゃないの。まずいのはだかのことよ」


「……?」


 サキは、本日の撮れ高がイマイチだと考えている様子だった。

 ケイは不思議そうに言った。


「今日も、得体えたいの知れない不気味なうめき声みたいな音を拾ってますし。先輩がビビり散らして半泣きになってたり。撮れ高は上々だと思いますよ」


「問題なのは、今日“も”ってところよ」


 サキはこぶしにぎって力説りきせつする。


「誰もいないはずの場所で、声とか足音がする。人の気配がするとか。今まで行ってきた心霊スポットでも散々、経験済みのことじゃない。ぶっちゃけた話、それってもはや“心霊スポットあるある”だわ。私たちは幽霊を撮影に来たのであって、雑音を拾いに来たんじゃないの」


「いやいや。正体不明の怪奇音を、雑音扱いですか……。まあでも、たしかに部長が言う通りかもしれませんね」


「でしょでしょ? 正直なところ、最近のうちの番組は、心霊スポットあるある動画になってて、かなりマンネリ気味なのよね。というか、うち以外の心霊ニューチューバーの番組も、だいたい内容同じ。雑音拾って、声が聞こえただの、キャーキャー騒いでるだけな感じよ」


「なるほど。他の番組と差別化できてない。内容も一辺倒になってる。それが問題ですか。なら、オレがやらせでもしましょうか? 急に憑依ひょういされて、おかしくなったフリをするとか」


 実のところケイたちは、他の動画チャンネルの人たちが、視聴者数をかせぐために、やらせをしていることを知っている。過去に、同系統の心霊番組メンバーとコラボ企画を行った際にも、そういう裏事情を聞かされていたからだ。


 だがサキは、首を左右に振って否定した。


「ダメ! うちの番組はリアリティ番組! ズルして有名になったら、その一度のズルを、以後もずーっと続けていかなきゃいけなくなるわ! やらせはしないの。これはプライドの問題でもあるんだからね!」


 そこは、サキの強いこだわりの部分なのだろう。やらせについて固く禁止してきた。だが悪巧わるだくみすることは、やめていないようだ。

 サキは邪悪な笑みを浮かべ、言った。


「こうなれば、やっぱりメインディッシュの地下大浴場よ。トウゴの1人検証中に、貞子さだこみたいな怨霊おんりょうが派手に現れて、なにか、どぎつい霊障れいしょうを起こすことをいのるしかないわね!」


「そんなのいのんじゃねえ! 頭おかしいのか!」


 サキの独り言の声が大きかったのか、聞こえていたトウゴが、すかさず切れる。

 そうして何だかんだ、入れる客室は全て回りきることができた。

 最後に3人は、地下の大浴場へ向かうべく、階段を降りていく。


 地下大浴場は、かなり大きい場所だった。


 ケイたちがやって来たのは、女湯の方だったが、そこだけでもテニスコートくらいの広さがある。男湯と女湯の境界だった壁は壊れており、今は吹き抜けになって、繋がってしまっている様子だった。その結果、男湯と女湯を合わせて、テニスコート2つ分くらいのスペースになっている。もはや弱いライトでは、最奥を照らし切れないくらいに広い、闇に支配された空間である。


 床に敷き詰められたタイルはひび割れ、ところどころ剥がれていた。

 ネズミのふんやゴミなども転がっている。

 不潔ふけつで汚い場所だ。


「ここ、入ってすぐに寒気さむけがしたぞ……かなり良くねえ雰囲気じゃねえか!」


「変な異臭いしゅうもしますね。どこの心霊スポットにもある“最も危険な場所”、なんだと思います」


「バリバリに怨念が渦巻いてるって感じで、最高よね!」


「やっぱこの女、頭おかしいわ……!」


 よく見れば、女湯の湯船ゆぶねの中央に、何かを燃やしたと思われる、すすけた痕跡こんせきが見られた。ここでは、殺された女性の死体が焼かれたという話がある。


「あそこが、例の現場じゃねえのか……マジで何か燃えた痕跡があるぞ」


「この異臭、もしかして人が燃えた時の匂いが、こびりついたままなんですかね」


「怖いこと言うなよ!」


 サキの指示で、ケイは持ち込んだ三脚さんきゃくを組み立てて、定点カメラを仕掛け始めた。すすけた湯船ゆぶねと、大浴場を一望いちぼうできる角位置に置く。そしてこの場で、番組恒例こうれいの“1人検証”を行うべく。誰が残るのかを3人で話し合う。 


 1人検証――。

 心霊スポットの、いかにも幽霊が出てきそうな場所に1人で居残りをし、

 何分かその場に留まって、心霊現象をカメラに収めようとする試みである。


「クソが……! どうしていつも、俺になるんだあ……!?」


 そして、たくみに言いくるめられたトウゴが、残ることになる。

 トウゴが血の気の失せた表情で立ち尽くしているのを見て、

 サキはニッコリと微笑み、手を振って見せた。


「じゃ、この場での“暗闇1人検証30分”。よろしくね、Tくん!」


「カメラは、夜間撮影ナイトショットモードにしておきましたよ」


「なんで暗くする必要があるんだよ! 今から俺は1人なんだぞ! 明かりくらい点けてても、ばちは当たらねえだろ!」


「もしも幽霊が陰キャだったら、明るい場所に出てきにくいでしょ! あなたが暗い場所にいることで、こっちから歩み寄ってあげるのよ! そうすれば、遭遇そうぐう確率は上がるはず! 視聴者もニッコリよ!」


「おめえは悪魔かよ……!」


「てへ☆ というわけで、私たちは廃墟の外で待ってるから。無事を祈ってるわね」


「何かあったら電話してください。すぐに駆けつけますから」


「こんなとこに置き去りなんて、なんて薄情な奴等だよ。しかも言ってることが、心にもない嘘だってわかってるぞ……!」


 露骨ろこつ不服ふふくそうな顔をしていたトウゴだったが、気合いを入れ直す。

 ひたすら何度も「俺はビビりじゃねえ!」と、自分に言い聞かせていた。

 ケイとサキの足音が遠ざかって行くのを確認してから、自撮じどり棒に乗せた自分のスマホに向かい、宣言する。


「えーっと……。じゃあこれから。殺人事件の遺体処理が行われたと言う、地下大浴場での暗闇1人検証、始めたいと思います」


 トウゴは、持っていた全ての明かりを落とした。


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