1章 オカルト研究部

第2話 心霊ニューチューバー



 学校が終わると、各自、自宅に帰って夕飯を済ませた。

 撮影機材さつえいきざいをリュックに詰めて背負うと、日暮れ前、3人で駅前に集合である。

 そうして、いつものように電車に乗り込んだ。


 車窓から見える風景は、高層マンションの建ち並ぶ都心から、徐々じょじょに寂れた住宅街へと移り変わっていった。やがて田舎駅で降り、しばらく歩いた先に森を見つけた。自動車道からわきへ少しれた道がある。獣道同然の、舗装ほそうされてないそこを進んだ先が、今夜の目的地だった。


 森の中に足を踏み入れると、しげみのあちこちから、スズムシの音が聞こえてくる。人里を離れた暗黒の森で、2人の少年は、手持ちのワークライトを使って周囲を照らした。

 限られた視界の中で、おもむろにリュックを下ろす。そうして中から取り出したのは、一眼カメラやマイクである。機器のバッテリー残量を確認し、2人は慣れた手つきで、カラープロファイル設定や、音量調整を始めた。


 少年のうちの1人。

 見るからにガラの悪いピアスの少年、峰御みねおトウゴが呟いた。


「……なあ、雨宮あまみやよぉ」


「なんですか、先輩」


 トウゴに呼ばれた仏頂面の少年、雨宮ケイは返事をする。

 黒髪、黒目。どことなく冷ややかな目付きをした、クールな印象の少年である。

 作業をしながら耳をかたむけてくれている後輩のケイに、トウゴは歯切はぎれ悪く言った。 


「つかぬことを、聞くんだが」


「つかぬこと、ですか」


「おお。その、なんだ…………おめえよぉ……」


「なにか言いにくいことですか?」


 にまごついているトウゴをれったく思い、ケイは視線を向けた。

 トウゴはほおを赤らめ、恥ずかしそうに問いかけてきた。


「おめぇには、す、好きなヤツはいるのか……?」


「…………!?」


 ケイは目を見開く。トウゴの告白に、衝撃を受けた。

 なんと返事をすれば良いか、一瞬だけ迷ってしまったが、答えなら決まっている。


「すいません、今まで先輩の気持ちに気付かなくて……。でもオレ、先輩のことは恋愛対象にできなくて。気持ちには応えられないです」


「はああああ?! ちっげえよ! そういう意味じゃねえし! クソでか勘違かんちがいしてんじゃねえ!」


 慌ててケイの考えを否定するトウゴ。

 咳払いをし、気を取り直してから話し始めた。


「うちの高校の隣街となりまちに、星成学園ほしなりがくえんあんだろ?」


「ありますね」


「実は俺な。最近、星成ほしなりの女子に一目惚れしちまってよ。お前にも好きな女子がいるなら、俺のこのピュアハートをわかってもらえるかなと思ったわけだ」


「一目惚れですか。先輩がそう言う恋バナするのって、なにげに初ですね」


「おうよ。あれは先週のことだった」


「あ……問答無用もんどうむようで語り始めちゃう感じのやつですか」


「良いじゃねえか、話してえんだ! 黙って聞いとけよ! あの日、俺はいつものようにチャリに乗って通学していた。いつも通り、学校近くのコンビニに差し掛かった時だった。星成の制服を着た、あの子を見かけたんだ。他の女子たちとに一緒に登校してたみてえだが、ひときわ可愛かったぜえ……」


「何のひねりもなく、道すがら普通に見かけて好きになったって話ですか」


「ああん? なんか文句あんのか?」


「いや、別にないです。ストレートな先輩らしくて良いと思います」


「へへ。なんかよくわからんが、めてんのか。れるじゃねえか」


 嬉しそうに、ポリポリと後頭部をいているトウゴへ、ケイはたずねた。


「それで。その子にはもう、声かけたんですか?」


「ば、馬鹿! 声なんてかけられるかよ! 名前すら知らんわ!」


「ええ。なんで居直いなおってんですか……」


 ケイは呆れながら、自分の考えをトウゴに伝えた。


峰御みねお先輩は、学内でも、ずば抜けて頭良くないですよね」


「てめえ、ケンカ売ってんのか」


「でも運動神経抜群ばつぐんだし。顔良いし。普段から女子にモテてるじゃないですか。声かければワンチャンあるでしょ。なんで声かけるのを躊躇ためらうのか、よくわからないんですけど」


「向こうから寄ってくるのと、こっちから寄っていくのは違うの! 恥ずかしいの! 陰キャの雨宮くんになら、よくわかるだろ!?」


「うわ、めんどくさ……。ずいぶんと、こじらせてるコミュ障ですね」


「やっぱお前、ケンカ売ってるだろ」


 トウゴは再び咳払せきばらいすると、今度はびるような視線をケイに送ってくる。

 嫌な予感がして、ケイは頬を引き攣らせた。


「そこで、だな。たしか雨宮は、星成に知り合いがいるって言ってたよな」


「なるほど…………。それが目的でしたか」


「察しが良いじゃねえか。おめえの知り合いのツテを使って、俺のいとしの人の名前を調べて欲しいんだよ」


 ケイの人脈じんみゃくを使って、意中いちゅうの女子のプロフィールを知りたい。

 トウゴが話を振ってきた理由は、それだった。

 こまった顔のケイは、苦々しい口調で応えた。


「あいつのことを知り合い……と言って良いのか。たしかに星成の知人はいますが、オレとしては会いたくない人物というか」


「会いたくない知り合いだあ? どういう関係だ?」


 言いながら、トウゴは思い直す。

 ケイにことわられたくない一心で、ここはゴリ押すことにした。


「ま、まあ細かいことは良い! 俺のために頼むよ! 礼はするから!」


「うーん…………考えてはおきますよ」


「よっしゃ! そうこなくちゃよ! あの子の特徴とくちょうは、後で教えるわ!」


 いまだにしぶっている様子のケイを丸め込み、トウゴは小さくガッツポーズする。 

 2人が他愛たあいのない話をしていると、暗がりの向こうから、懐中電灯の明かりが近づいてきた。

 現れたのは少女である。ショートボブの髪型。メガネをかけた、気の強そうな吊り目の少女だ。

 少女は2人の傍までやって来るなり、肩を怒らせて言った。


「うわ、おっそ! あなたたち、まだ撮影の準備終わってなかったの!?」


「ん? なんだ。もう帰ってきたのかよ、吉見よしみ


 第三東高校オカルト研究部の部長、吉見よしみサキは、ひたいに青筋を浮かべている。

 腰に手を当てながら、部員である2人をしかりつけた。


「もう帰ってきたのかじゃないわよ! 私が下見したみに行ってから、かれこれ15分くらい経ってるんですけど! なにしてたの?! 明日は学校休みで、時間があるからって、ノンビリしすぎ!」


「そんなに経つのか。わりぃ。つい雨宮と話し込んじまっててよ」


「おしゃべりにふけって手を止めるとは、あんたらは女子か!」


「いや、女子はお前だけだろ……」


 サキに捲し立てられたトウゴは、ばつが悪そうにしている。

 急いで準備作業を進めつつ、話を誤魔化すため、トウゴは尋ねた。


「そ、それよか今日はそれなりに大きい廃墟なのに、たったの15分で見て回れたのかよ。すげえ早いな」


「う~ん。1階と地下フロアだけ、ザッとね。全部は無理。とりあえず不法投棄ふほうとうきも少ないし、撮影中に危なそうな場所はなかったわ。コンクリ製の建物だから、床が腐って抜けそうな感じもなかったしね」


「それで、部長。今日の廃墟ホテルは、どんな感じだったんですか?」


「ふっふっふ。よくぞ聞いた、雨宮くん。なかなかに“だか”が期待できそうよ~。たまんないわね」


 サキは目を輝かせ、嬉しそうにほくそ笑む。

 持っていたハイパワーな懐中電灯の光を、背後の暗黒空間へ向けた。

 明かりに照らし出されたのは、真っ暗な森の中に佇む、不気味な廃墟のシルエットである。

 一切の明かりが灯っていない建物には草が茂り、森の中に、長らく置き捨てられていたことが見てとれる。


「噂の地下大浴場だいよくじょうは、本気で不気味な感じだったわ。あそこに定点ていてんカメラを仕掛けて、1人検証やってみたら、今夜こそ“映せる”かもしれないわね」


「よくあんな気味悪いところを1人で下見できるよな、お前。いったいどんなメンタルしてんだよ……」


 強烈な雰囲気の廃墟外観を見ただけで、トウゴは青ざめている。

 そんなトウゴの隣で、ケイが微笑んで言った。 


「そういうことらしいんで。今日も頑張って幽霊を呼び寄せてくださいね、峰御先輩」


「ば、馬鹿! なんでもう俺が1人検証やるみたいな口ぶりなんだよ! クジ引きしろ、クジ引き! 今日は雨宮か、吉見のどっちかにしろって!」


「えー。でもでもー。カメラマンの雨宮くんって、怪奇現象が起きても動じないタイプだし。私も霊感ない方だし。となると、いつもみたいに、ビビりのトウゴが慌てふためく姿を撮影した方が、視聴者ウケ良いと思うの」


「テンパった先輩は、リアクションが面白いって言われてますよ。怪奇現象が映ってなくても、需要じょようがあります。撮れ高です」


「誰がビビりだよ! 今までのは全部わざと! 演技だったっつの!」


「ほー。それは名男優めいだんゆうなこと。じゃあ、やっぱりトウゴ様で決定よね」


「なんでそうなるんだよ! この撮れ高魔神まじんめ!」


「ほっほっほ。私は青春を撮れ高にささげた女。そんなの褒め言葉ね。視聴者が喜ぶものを提供ていきょうしなければ、有名ニューチューバーにはなれないのよ」


 廃墟を背景にする位置へ、ケイが三脚を立てる。

 ハンディカムを乗せて、向きを調整した。

 サキはカメラの前に立ち、仁王立ちで胸を張る。


「よし! オカ研メンバー集合! 今回のオープニング撮るわよ! ほら、トウゴは出演者なんだから、私の隣に来て。早く」


 嫌そうに渋々と、トウゴはサキの隣に立つ。

 ケイはハンディカムのボタンを押し、録画開始ろくがかいしタイミングを教えるべく、2人へハンドサインの合図を送る。

 サキは渾身こんしんの営業スマイルで、レンズに向かって話しかけた。


「さあ、今夜も“オカルト研究部”のお時間がやって参りましたーー☆ 今回のメンバーも、Tくんと部長。カメラマンくんの3人です!」 


 動画を作る上で、3人は本名を使っていない。

 ネット上で身元が拡散かくさんされるのをふせぐ、いわゆるバレ防止のためである。

 サキは部長。

 トウゴはT。

 そしてケイは唯一ゆいいつ、顔出ししないメンバー。カメラくんという呼び名で呼ばれている。


「じゃあ、カメラくん! 今夜の心霊スポットの説明をしてもらえますか?」


 声をかけられたケイは、事前にサキから渡されていたカンニングペーパーを読み上げる。


「はい。今回、我々が訪れているのは、関東某所かんとうぼうしょにある“沢時さわときホテル”です。かつて実際に起きた、ある殺人事件で、女子高生が殺されたのですが、その死体処理のため、犯人が死体を運び込んで、地下浴場で焼いたという話があります。それ以来、地下浴場では、黒焦くろこげになった女性の霊を見たという目撃例が絶えないそうです」


「はあ?! あそこ、ガチで死体を焼いた場所なのか!? 事件現場?!」


「ガチです」


「うっそだろ……。行くのやめとこうぜ……!」


 あまり事前情報を聞かされていなかったトウゴは、ドン引きしている。

 視聴者から、素の反応が面白いと言われるトウゴは、だいたいにぎやかし担当である。

 本気で嫌がっているトウゴの反応を、美味しいと思いながら、サキは自分の背後に明かりを向けた。

 廃墟の巨大さがわかるよう、建物の外周をめるよう、光を沿わせて照らして見せた。


「ここはネットでも有名な、関東屈指のスポットというだけあって、ご覧の通り、雰囲気マウンテンの見た目ですねえ。ぜったい、なにか心霊的なものが潜んでるって感じがします」


 サキはレンズに向かい、動画でお約束になっているセリフを言った。


「それでは未知みちとの遭遇そうぐうを期待して、オカ研、突撃して参ります!」



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