パンドラの記憶【アメリカンコーヒー】


 わたしは、少し迷ってコーヒーの粉を少なめに入れると、お湯を注いだ。そして、口元に運び、冷ましながらすすった。


 物語が頭をかすめる。わたしは、ため息をついた。


 あのときのことは、忘れられるものじゃない。家事でくたくたになったあとで店に呼び出される。


 物語では語られていなかったけれど、店の掃除のあと、お腹がみっともないから帰れと言われたんだっけ。


 あの主人公のように、きっぱりと断ることができていたら、どれだけよかったか。


 母に従うしかできなかった、当時のわたしだけれど、このままだと、わたしもお腹の子どもも無事じゃすまないと思い、戸惑う夫をむりやり連れて、実家を飛び出した。


「笑っちゃうわね。実家に帰らせてもらいます、じゃなくて、自宅に帰らせてもらいます、だなんて。」


 あれは正解だったと、今でも思う。

 そんな昔のことを思い出し、羽衣まであとわずかとなった物語の続きを読み始めた。

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