深海の羽衣〖捌ノ箱〗③
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目を開けると、布団の中だった。軽く目眩がするけれど、世界がゆがんだときの影響じゃないことは、自分がよく分かっている。風邪を引いたのだ。
そりゃそうよね。安静にしているべきなのに、あんなに動いたら風邪も引くわよ。
「おや、目が覚めたかい? あづべ汁、できたよ。」
お盆に汁椀と箸を乗せ、祖母が部屋に入ってきた。
「ばあちゃん、おはよう。いい匂いね。」
お盆を受け取ろうと、ゆっくり体を起こすと、こめかみのあたりがズキンと跳ねるように痛んだ。反射的に、うっ……、と、軽いうめき声を上げた。
「頭が痛いんだろう? 熱はなさそうだから、ちゃんと食べて、風邪薬を飲んで、寝ていなさい。じいちゃんの病院から戻ったら、ばあちゃんが家のことをやっておくから。あの子の送り迎えもやっておくからね。」
祖母は、そう言うと、枕元にお盆を置いて部屋を出ていった。
おかしい。これは記憶と全く違う。私はこの日、だるい体に鞭打って、むりやり家事をこなしたのだ。
祖母は弱い人だった。正しく言えば、権力を振り回す人に弱い人だった。それは年季奉公の経験が影響していると、私は思っている。いくらいい人だとしても、主従関係は絶対だったはず。たとえば、それが理不尽なことだったとしても、従わなければならないこともあっただろう。あくまで想像だけれど、そう考えると、母に対して弱いことも納得できるのだ。
そんな祖母が、祖母だけが、記憶と違う行動を取っている。いったい、どうして……。
私は、歯みがきをして顔を洗うと、祖母が持ってきてくれた汁椀を手に取った。
あづべ汁は、この土地に昔から伝わる家庭料理だ。ひと口大に切った、高野豆腐、人参、ゴボウ、大根、春にビン詰めにしたワラビやフキなどを、出汁のきいた汁で煮て作る。作物の採れない冬に食べる、貴重な野菜摂取方法だったようだ。
身も心も温まり、布団にもぐりこんだ。
目を開けると布団の中だった。体を起こして部屋を見回した。枕元には湯冷ましが入った湯飲みが乗せられたお盆がある。祖母が空になった汁椀を片付けて湯冷ましを置いてくれたのだろう。つまり、さっきの続きだ。
体はだいぶ楽になった。祖母を手伝おうと立ち上がると、地鳴りのような足音が響いた。
「ここにいたのかい!」
私は、声の主に顔を向けた。
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