深海の羽衣〖捌ノ箱〗②


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 私は、大きな音を立てて回る洗濯機の前に立っていた。そして、自分のお腹がとても大きく、とても重いことにも気がついた。そうか、私のお腹に娘がいるのか。


 青森と函館を結ぶ『青函トンネル』は、このとき、まだ開通していなかった。私の夫は、冬の間、期間工として現場で働いていた。自宅から仕事場まで片道二時間近くもかかってしまう。いくら運転が得意だとはいえ、路面が凍る季節に車で通勤させるわけにいかなかった。

 当時の私は、いわゆるペーパードライバーで運転ができなかったし、できたとしても、お腹に赤ちゃんがいる体で運転するのは危険だ。だから、夫が働いている間、私の実家で過ごすことにしたのだ。


 あの母親がいる実家だ。何もせずに家にいたら何を言われるか分からない。だから、掃除も洗い物もやったし、幼稚園に通う妹の送り迎えもした。夜は母が営む飲食店の掃除もした。店の掃除はともかく、家事は祖母がやっていたのだけれど、祖父が入院していたこともあって家にいないことが多かった。その分を、当時の私がカバーしていたというわけだ。


「……あまり、無理をするんじゃないよ。」


 祖母の声が聞こえた。振り向くと、紙袋を持った祖母が、心配そうな顔で私に近づいてきた。


「それ、じいちゃんの洗濯物? そこに置いておいて。こっちも洗濯物がまだ残っているから、一緒に洗っちゃうよ。」


 祖母は、ああ……、と漏れるような返事をし、何か言いたそうな目で私を見ると、紙袋を洗濯機のそばに置いた。そして祖母は、洗濯場を出ていった。


 洗濯が終わり、風呂掃除、トイレ掃除をして、妹を幼稚園に迎えに行って一息つくと、電話が鳴った。


「終わったんなら、こっちに来なさい。」


 思った通り、店の掃除に来いというものだ。わたしは、大きく息を吸った。


「嫌よ。」


 そう言って電話を切ったところで、世界がゆがんだ。

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