深海の羽衣〖捌ノ箱〗①


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 光が消え、そっと目を開けると、海沿いを走る列車に揺られていた。バッグから手鏡を取り出して自分の姿を確認した。二十代前半といったところだろうか。


 客車の天井にある扇風機が、車内の空気に流れ込んでくる海の風をかき混ぜて広げる。私は、窓の外を流れる景色をぼんやりと見た。


 五十代の私が暮らす地方の郊外は、バスは一日に一、ニ本、電車も平均すれば一時間に一本だ。そもそも、最寄りの駅まで徒歩四十分ほどかかることもあるから、過疎と高齢化の進んだこの地の移動は自動車に頼っている。

 当時、自動車は現代いま以上に高級品だったし、運転免許を持っていない人も多かったから、移動は列車や乗り合いバスに頼らざるをえなかった。


 腰をちょっと浮かせ、車両の中をぐるりと見渡した。


「私以外、誰も乗っていないなんて不自然すぎるわ。ということは、記憶と関係ないのかもしれないわね。……実家に向かっているんだろうけれど、思い当たる記憶もないもの。」


 七個目の箱を開けたあたりから、明らかに記憶と関係のないことが起こっている。もしかしたら、と思いバッグの中を見ると、白とオレンジ、二冊の手帳が入っている。私は、オレンジの手帳を開いた。



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 あけの箱 かがやく密箱みつばこ 闇の箱

           いづれの箱にか 天の羽衣


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「朱の箱は記憶の箱のことね。闇の箱は、あの黒い箱でしょうね。かがやく密箱には、まだ出会ってないわね。朱色でも黒でもない、三種類目の輝く秘密の箱に羽衣が入っている、ということかしらね。」


「正解!」


 顔を上げると、セーラー服の女の子が正面に座っていた。オレンジの手帳を手渡した、あの女の子だ。


「あなた……、」


 気配なんてなかった。そもそも、この車両には、私以外、誰も乗っていなかった。


「羽衣が入っているのは、きらりと輝く、つやつやの箱だよ。そしてね、けっこう、近くにあるんだよ。」


 野原一面に咲くタンポポを思わせる少女は、さくら色のくちびるに右手の人差し指をあてた。そして──、


「あなたは、わたし。わたしは、あなた。」


 と、言って立ち上がった。


「待って!」


 どうして、娘の手帳を持っていたの? どうして、私の前に現れるの? どうして? どうして!

 聞きたいことが山ほどある。あの子ともっと話がしたいのに、また消えてしまう!


 少女を引きとめようと、立ち上がったところで、世界がゆがんだ。

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