パンドラの記憶【少女と手帳】


 わたしは、空になったマグカップにミルクだけを入れると、お湯を注いだ。


 通帳の件は、よく覚えている。当時は、本人でなくても、窓口で通帳を使うことができた。あのとき、母を助けたい一心で通帳と印鑑を差し出したのだが、まさかあんな風に言われると思わなかった。


 そういえば、二十年くらい経って、突然、あのときの百万円を返したいって言われたっけ。まったく喜べなかったわ。


「それにしても──、」

 わたしは、深海の羽衣の表紙をじっと見た。

「おばあさまが、気になるわね。」


 主人公の記憶の中なのに、そこに登場する『ばあちゃん』の行動が変化している。それ以外は何も変わっていないのに、どういうことだろう。


 そして、あの少女と手帳だ。

 今度はオレンジの手帳。しかも、娘の、と言っていた。わたしの娘の手帳もオレンジだ。偶然とは思えない。それだけじゃない。物語に登場した、あの不思議な少女とも会ったことがあるような気がする。


 マグカップには、ミルクが半分ほど残っている。わたしは、そこにインスタントコーヒーをサッと入れてかき混ぜると、深海の羽衣の続きを読み始めた。

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