深海の羽衣〖質ノ箱〗④


 記憶通りの展開に短いため息をつくと、続きを再現した。


「大変でしょ? この子もいるし。」

「ああそうだね。」


 母の顔が、パッと明るくなった。


「あんたが家にいたとき、家に金を入れなくていいって言ったから、貯められたんだ。だから、それは、あたしが貯めさせてやったってことだ。じゃあ、遠慮することないね、あたしの金だ。」


 母は、記憶と同じように言い、記憶と同じように通帳と印鑑に手を伸ばした。私は母よりも素早く手を伸ばし、通帳と印鑑をつかんで離さなかった。


「家にお金を入れなくていいと言われても、お金を貯めるかどうかは本人次第よ。この時代、百万円も貯めるのは楽じゃないわ。まあ、でも、そんなことはどうでもいいのよ。」


 私は、子育てをした母親の目で、怒りと狼狽の色が見える母の目をまっすぐ見た。


「力になりたいと差し出した相手に、ありがとうの一つも言えないような人に、このお金を渡すつもりはありません。」


 あっけに取られている母の顔を残し、世界がゆがんだ。


 ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼


 私は再び、生きものの気配のない実家の土間に立っていた。年齢は、さっきと同じ二十歳くらいだ。これはおそらく、記憶の再現じゃない。私は神経をとがらせた。


 コトン、と音を立てて、上がりかまちに記憶の箱が現れた。そしてその隣に、コトン、と、別の箱が姿を現した。闇を思わせる色を見て、あの鍵の箱だとすぐに分かった。そして、あの和歌の意味も理解できた。


「……なるほど、そういう意味なのね。」


 私は、目を閉じて深呼吸をした。深く、深く。そして、ゆっくりと目を開けると、私にこんな試練を課している誰かに向かって高らかに宣言した。


「たしかに耐えられないほど嫌気がさしているけれど、これは夢でも現実でもない。私の過去よ。だから私は、ゼウスから与えられた様々な罰を耐えきったプロメテウスのように、自分の過去と戦うわ。」


 そして私は、闇の箱には目もくれず、記憶の箱を手にとって鍵を差し込んだ。

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