深海の羽衣〖質ノ箱〗③


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 目を開けると、自分の部屋にいた。目の前のテーブルには、雑誌とお茶が置かれている。どうやら、雑誌を読んでくつろいでいたようだ。


「ここは……、」


 部屋をサッと見回した。実家ではなく、一人暮らしをしていたときの部屋のようだ。棚の上に鏡があるのを見つけてのぞき込むと、うっすらと化粧をした、若い自分の顔が映し出された。二十歳はたちくらい、だろうか。私は、自分の頬に手を当てた。


 大人になってからの記憶が再生されるのは初めてだ。いったい、どんな記憶だろう。

 少しの変化も感じ取ろうと警戒していると、激しくドアを叩く音が部屋中に響いた。


 ドアを叩いていたのは、母だった。さっきの場面で赤ん坊だった妹を連れている。

 なるほど、離婚をして、家を出てきたのか。


 母は、どかどかと部屋に入ると、どん、と座った。そして、いかに自分が大変だったか、そして今がいかに大変かを話し始めた。私は、適当にあいづちを打ちながら、母にはお茶を、妹にはオレンジジュースを差しだした。


 この時代、女性が一人で子どもを育てるのは、今よりも大変なことだった。就職しても、賃金は男性よりもずっと少なかった。この年齢になったからこそ、その点についてだけは同情する。


 私は、あのころと同じように引き出しから通帳を取り出した。ページをめくると、このときまで貯めた金額が刻まれている。

 通帳と印鑑を持って母と向かい合って座った。そして、それらを私のそばに置いた。

 記憶を正確に再現するならば、通帳と印鑑は母の目の前に置くのだけれど、私は、あえてそうしなかった。


「ここに、百万円あるわ。これを使って。」


 セリフは、当時を正確に再現した。

 さっきの場面で祖母が記憶と違う行動を取っている。もしかすると、母の行動にも何かの変化があるのかもしれない。

 私は、ごくりと唾を飲んだ。


 母は、当時と同じように私の顔をまっすぐ見ると、

「さすがに受け取れない。自分の子どもの世話になるわけにいかないよ。」

 と、当時と同じ言葉を発した。


 なにも、変わらなかった。


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